第四紀研究
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54 巻 , 5 号
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「更新世・完新世の資源環境と人類」特集号
  • 小野 昭, 工藤 雄一郎, 辻 誠一郎
    2015 年 54 巻 5 号 p. 205-206
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
  • 近藤 康久
    2015 年 54 巻 5 号 p. 207-218
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    生態ニッチモデリング(ENM)は,生物種の既知の生息地点と気温・降水量・標高などの環境因子を入力変数とする機械学習によって,未知の領域における当該生物種のニッチの存在確率を外挿的に推定する手法である.先史人類の行動とニッチ構築には環境因子が大きな影響を及ぼしていたとすれば,ENMは考古学に応用可能である.本稿では,後期旧石器時代の人類集団の生態ニッチを定量的に評価・可視化し,もってその行動戦略を明らかにするために,関東甲信越地方における後期旧石器時代遺跡の大規模データにENMを適用した.具体的には,石器群のちがいが資源獲得戦略のちがいを反映すると仮定して,当該時期の4つの主要石器群(台形様石器,角錐状石器,ナイフ形石器,細石器)の生態ニッチを推定した.ニッチ確率を空間的に算出するにあたっては,最終氷期最寒冷期(21,000年前)の古気候および古地形データを調製し,入力変数に用いた.モデル計算の結果,4つの石器群すべてにおいて南関東の武蔵野台地・相模野台地・下総台地にニッチ確率の高い地域が認められたが,これは都市圏の開発に伴う集中的な緊急発掘調査に起因するバイアスの可能性が高い.また,中部高地の黒曜石産地からの距離が環境因子寄与率の上位を占めることが明らかになった.細かく見ると,角錐状石器,ナイフ形石器,細石器では箱根山地に2か所のニッチ高確率域が認められた.これらは富士川沿いに中部高地と箱根地区を結ぶ黒曜石運搬の「回廊」の一部をなしていたことが示唆される.
  • 島田 和高
    2015 年 54 巻 5 号 p. 219-234
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    上部旧石器時代における中部高地産黒曜石利用に関する研究は,関東平野部など居住地での消費過程に焦点を当てることが多く,中部高地原産地における人類活動の実態と歴史的変遷については十分に議論されていない.本論は,中部高地原産地における上部旧石器集団による土地利用の歴史的変遷を復元する.そのために,以下の三種類の編年を構築ないし援用する.1)中部高地石器群の上部旧石器編年からみた石器群分布の変化,2)黒曜石産地分析のデータベースに基づく中部・関東地方全域における産地別黒曜石利用の変動,3)中部高地の古気候・古植生編年.これらの相関を比較検討した結果,36,000calBP以降の最終氷期における中部高地原産地土地利用の歴史的変遷には,気候要因により隠匿された見かけの遺跡分布や土地利用への規制が生じていることに加え,文化的・社会的な適応による土地利用の変化が認められた.
  • 橋詰 潤
    2015 年 54 巻 5 号 p. 235-255
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    本論は,人類による動物資源の利用にかかわる狩猟行動の変化を捉え,本州中央部における後期更新世末期の環境変動に対する人類の適応行動の一端を明らかにする.動物骨などの遺存が稀な日本列島でも,狩猟具であった可能性の高い石製刺突具の分析から,間接的ではあるが人類による動物資源の利用法の変遷について解明することを目的とする.そのために,約16,000〜11,500calBPの刺突具の欠損痕跡,平面形,横断面形の比較検討を行う.刺突具の欠損痕跡や,横断面形から使用法を推定するTCSA,TCSPの分析を取り入れ,各分析結果を相互に検証した.その結果,晩氷期を遡る木葉形尖頭器は手持ちの突き槍やダートなどの刺突あるいは投射の方法で用いられたと推定されたほか,さらにそれ以外の使用法も推定された.細形尖頭器は主にダート,晩氷期の顕著な温暖化の時期にあたる有茎尖頭器は主に弓矢の鏃,晩氷期後半の石鏃は鏃として用いられたと推定され,晩氷期の顕著な温暖化の時期に,拡大した落葉広葉樹を中心とする森林景観への進出を契機として,弓矢猟を中心とする狩猟法へ変化したと考えられる.
  • 森先 一貴
    2015 年 54 巻 5 号 p. 257-270
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    九州地方では,型式学的研究とともに,放射性炭素年代とテフラ層序に基づいた旧石器時代から縄文時代草創期の編年研究が進展をみる一方,居住形態研究はいまだ発展途上である.本論は道具組織や技術構造と居住形態の相関関係を論じた先行研究を参照し,石器器種多様度・技術多様性・利用石材・遺構組成の分析を通じて居住形態の地域差と通時的変化を論じた.その結果,晩氷期直前には南北九州とも,狩猟活動を主たる生業とした移動生活を送っていたと考えられ,それが北部九州において移動性(移動距離)が高く,南部九州において移動性(移動距離)が相対的に低い居住形態に支えられていたことがわかった.晩氷期温暖期に入っても,北部九州での居住形態は大きく変化しないが,南部九州では定着的居住が急速に進行し,狩猟以外の生業活動へのコストを大幅に引き上げる変化が起こった.これは晩氷期気候変動を背景とする環境変化と人口密度の上昇が背景になっていたと推測できる.
  • 一木 絵理, 辻 誠一郎, 杉山 陽亮, 村木 淳, 宇部 則保, 中村 俊夫
    2015 年 54 巻 5 号 p. 271-284
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    青森県八戸市に所在する縄文時代早期後葉の貝塚である,赤御堂遺跡と長七谷地貝塚から出土した炭化種実および海産動物の14C年代測定を行い,貝塚形成の時期について再検討するとともに,縄文時代の東北地方北部太平洋岸の海洋リザーバー効果および地域補正値(ΔR)を検討した.その結果,これまで海産動物のみの年代値によって捉えられていた貝塚の実年代を明らかにし,両貝塚はほぼ同時期に形成されたことを確認した.海洋リザーバー効果については,同一の地点・層位から出土し同時性が確かな炭化種実と海産動物の試料群を用い,そのセット関係の中で地域補正値を算出した.海産動物の種類によって地域補正値に大きな差が認められ,塩分の違いなどの生息環境が関係していると考えた.地域補正値の算出においては,海産動物として試料群を一括して平均化するのではなく,生息環境ごとに区分して求め,適用することが重要である点を指摘した.
  • 中山 誠二
    2015 年 54 巻 5 号 p. 285-298
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    植物考古学の進展の中で,縄文時代における栽培植物の存在が具体的に議論されるようになってきた.本稿では,レプリカ法による植物種子圧痕の分析結果を踏まえて,当該期の中部高地において,シソ属,ダイズ属,ササゲ属アズキ亜属などの栽培植物が組合せとなって利用されていることを示した.また,縄文時代におけるこれら草本植物の利用および栽培や,クリなどの木本植物の管理や栽培と見られる現象が,集落周辺の二次植生における植生変遷と資源管理の過程で発生し,栽培植物の利用が進展した可能性を指摘した.
  • 羽生 淳子
    2015 年 54 巻 5 号 p. 299-310
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    考古学は,数百年以上にわたる長期的な文化変化の原因・条件・結果を検討するのに適した学問分野である.本稿では,歴史生態学とレジリエンス理論の視点から,生態システムと生業・集落システムの変化をモデル化する.出発点は,生業の専業化と食の多様性の喪失が,システムのレジリエンスの低下につながるという仮説である.この仮説に基づき,東日本における縄文前期〜中期文化の盛衰について,青森県三内丸山遺跡の事例を,食と生業の多様性と生業・集落システムのレジリエンスの観点から検討する.石器組成の多様性が食と生業の多様性を反映していると仮定した場合,得られた分析結果は,食と生業の多様性の喪失がシステムのレジリエンスの低下につながるとする仮説と矛盾しない.このようなアプローチは,多様性維持と環境負荷軽減の問題を重視し,人間と環境の新しい相互関係性の構築を考えるための学際的研究への糸口となり得る.
  • 安 昭炫
    2015 年 54 巻 5 号 p. 311-321
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    鳥取県東部沿岸,青谷平野に位置する青谷上寺地遺跡における地形変遷と植生変遷をレビューし,弥生時代の文化景観の復原を試みた.青谷上寺地集落の立地基盤は約4,400〜3,600yrsBP頃の海退期に集中的に起こった堆積物の流入・堆積によって形成された.この地形発達に伴い,低地部を中心に拡大したスギ林は平野の景観を特徴づけていた.遺跡から出土した膨大な木製遺構及び遺物の大半はスギ材と確認されており,スギ林は集落での生活基盤資源として重要な位置を占めていた.遺跡の隆盛期を迎える弥生時代後期を中心に水田稲作農耕が行われ,水田を含む草地の面積が拡大し,集落と周辺域の景観が一変した.一方で森林面積は縮小し,人間の主な活動域に近い低地・斜面部のスギ林やトチノキ林の面積は減少したと推定した.
  • 細野 衛, 佐瀬 隆
    2015 年 54 巻 5 号 p. 323-339
    発行日: 2015/10/01
    公開日: 2015/12/19
    ジャーナル フリー
    黒ボク土層はテフラ物質を主体とした無機質素材を母材として,湿潤かつ冷温・温暖な気候と草原的植生下で生成してきた土壌である.酸素同位体ステージ(MIS)3以降の黒ボク土層の生成史には人為生態系の観点から2つの画期が認められる.最初の画期(黒ボク土層画期I)はMIS 3後半,後期旧石器時代初頭における“突発的な遺跡の増加期”に連動し,後の画期(黒ボク土層画期II)はMIS1初頭の急激な湿潤温暖化により人類活動が活性化した縄文時代の始まりと連動する.いずれの画期も草原的植生の出現拡大にヒトが深く関わったと考えられるので,黒ボク土層は人為生態系のもとで分布を拡大してきたといえる.
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