沿岸域の堆積物を用いた過去数百~数千年という比較的新しい時代を対象としたパレオ研究は,環境や生態系の長期動態とその現状を理解するという点で,今後も第四紀学の発展に重要な役割を果たすことが期待される.ここでは,これまで筆者と共同研究者が行ってきた豊後水道における海洋の温暖化や,豊後水道・別府湾における沿岸域海洋生態系の十年規模変動,イワシ類個体数の長期変動の3つのトピックを紹介し,環境や海洋生態系の長期変動に対する我々の理解が沿岸域のパレオ研究によってどこまで進んだか,どのようなパレオ研究が今後求められるかについて述べる.
日本列島の堆積性海岸の大部分は,波浪の堆積作用が支配的で,砂や礫の海浜を伴う波浪卓越海岸である.そうした海岸での長期間にわたる土砂の堆積により浜堤や海岸砂丘が発達する.浜堤や海岸砂丘の地形や地層には,様々な古環境情報が記録されているが,これまで十分な注意が払われてきたとは言いがたい.近年,砂礫質の堆積物の構造は地中レーダ(GPR)により非破壊・連続的に探査でき,また年代も光ルミネッセンス(OSL)年代測定により得られるようになった.これらの手法を有効に利用することで,日本列島全体に分布する波浪卓越海岸は膨大な古環境アーカイブとなりうる.ここでは,日本列島の波浪卓越海岸における浜堤や砂丘の地理的特性をまとめ,それらの地層と地形が,過去の海岸線移動,海面変動,冬季モンスーン変動,津波などの突発的事象など,古環境の記録としてどのような機能を持つかについて述べる.
紀の川流域に沿って分布する,菖蒲谷層群から採取されたテフラ試料に含まれる火山ガラスの58元素の濃度を,レーザーアブレーションICP-MS法(LA-ICP-MS)を用いて測定した.また菖蒲谷層群の根来断層から採取された菩提峠火山灰層試料の年代を,LA-ICP-MSによるウラン・鉛年代法と組み合わされたフィッショントラック(FT)法を用いて推定した.五條4および菖蒲谷1火山灰層試料の多元素濃度パターンは,それぞれ猪牟田ピンクと恵比寿峠-福田テフラのものと概ね一致した.菩提峠および新池火山灰層試料の多元素濃度パターンは,姶良Tn(AT)テフラのものと似通っていた.しかし,ウラン・鉛法およびFT法によって見積もられた菩提峠試料の年代は1.6~1.3Maであり,ATテフラよりも大幅に古い年代であった.層序関係からは,新池火山灰層もATテフラより古い年代を持つことが推定された.しかし元素パターンに加えて,火山ガラスが完全に水和していない事や,ガラスと共存する頑火輝石の屈折率から,新池テフラ試料は菖蒲谷層群を覆う,より若い地層に由来するATテフラそのものである事が推定された.長屋川テフラの多元素濃度パターンは,ATよりも鬼界アカホヤ(K-Ah)テフラに,部分的に似通ったものだった.
本稿では,鳥浜貝塚から出土した有溝砥石の年代と機能を知るため,同一層準から出土した種実遺体の14C年代測定と有溝砥石の形態測定学的分析を行った.オニグルミ内果皮の年代測定の結果,12,030~11,400calBPの年代が得られ,鳥浜貝塚の有溝砥石が更新世から完新世へ移行する時期に残されたことがわかった.また,有溝砥石の三次元スキャンデータを解析したところ,溝の形状が極めて均一であることがわかった.このような均一な溝は,棒状のものを研磨する時にしか形成されない.したがって,鳥浜貝塚出土有溝砥石も,矢柄のような棒状のものを研磨するために使用された可能性が高いことが予想された.