第四紀研究
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46 巻, 3 号
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50周年記念シンポジウム『人類の環境を第四紀学から考える
—過去から見た現在と未来』特集号
  • 奥村 晃史, 小野 昭, 熊井 久雄, 町田 洋, 水野 清秀
    2007 年 46 巻 3 号 p. 167-170
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
  • 河村 善也
    2007 年 46 巻 3 号 p. 171-177
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    日本列島を構成する3つの生物地理区(北海道と本州・四国・九州および琉球列島)のそれぞれにおいて,最終氷期と完新世の陸棲哺乳類の動物相と,それらの時期に起こった絶滅現象や移入についてまとめた.北海道では,最終氷期の動物相の構成要素の代表的なものとして数種の大型哺乳類が知られているだけであるが,この時期の北海道には東シベリアからマンモス動物群が南下していたと推定される.それら最終氷期の大型哺乳類は,完新世の初頭までに絶滅したようである.北海道の完新世の動物相は,現在のものとほぼ同じで,この時期に他地域からの動物群の移入は見られない.本州・四国・九州では,最終氷期の動物相の主体は現在もこの地域に分布する現生種が占めている.しかし,絶滅種や現在この地域に分布しない現生種もかなり含まれていて,それらは放射性炭素年代で約20,000年BPから約10,000年BPの間に絶滅したようである.最終氷期の本州・四国・九州には北海道からマンモス動物群の一部が移入してきたが,そのような移入は限定的なもので,当時の津軽海峡には安定した陸橋はなく,短期の不安定な「氷橋」が形成され,そこを通って移入したと推定される.本州・四国・九州の完新世の動物相は,現在のものとほぼ同じであり,この時期には他地域からの動物群の移入は見られない.琉球列島では,最終氷期の動物相は島嶼型の特徴を持ち,中・小型のシカ類などその主要構成要素は完新世の初頭までに絶滅したようである.琉球列島では,最終氷期と完新世を通じて動物群の移入はなかったと考えられる.
  • 堤 隆
    2007 年 46 巻 3 号 p. 179-186
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    本稿では,日本列島の中部・関東地方において,最終氷期末の18,000~16,000 cal BPにみられる後期旧石器時代末の細石刃石器群の黒曜石資源の獲得と供給について述べた.論説の骨子は,遺跡から出土した4,000点を超す黒曜石製石器の産地同定結果である.
    産地同定によると,中部・関東地方に存在する和田・諏訪,蓼科,神津島,箱根,天城の黒曜石産地群の黒曜石は,いずれ9産地のものも細石刃石器群の段階において獲得・供給されていたことが明らかとなった.このうち和田峠産地群や神津島産の黒曜石は,200kmにおよぶ広範囲な供給ゾーンを形成する.この供給ゾーンをどのような状況で黒曜石が動いていくかについて,直接採取・交換・埋込みの獲得戦略がモデル化されている.しかし,当時の社会システムを投影するこのモデルのどれが該当するかについては,今日大きな議論となっている.
    これらの黒曜石利用のなかで,神津島産黒曜石の供給は,細石刃石器群の段階にあって以前より格段に多くなる傾向がある.細石刃技術という石材有効利用の頂点に立った石器製作の技術革新と,航海を伴う海洋域の黒曜石資源の積極的開発が,最終氷期末の環境変動に向き合った日本列島の人類の適応戦略のひとつの姿を示している.
  • 工藤 雄一郎
    2007 年 46 巻 3 号 p. 187-194
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    近年,縄文土器編年の放射性炭素年代に関する研究が著しく進展し,環境変化と人類活動の変化との時間対応関係について議論することが可能となりつつある.本研究では,完新世の約11,500~2,800 cal BPを対象として,これまでの研究で認められている関東平野の環境イベントと,環境変化を高精度で復元した近年の研究を比較した.そして,暫定的にではあるが約11,500,8,400,5,900,4,500,3,000 cal BPのイベント(IV~VIII)を設定し,段階(段階IV~段階VIII)を区分した.また,縄文時代早期初頭から晩期中葉までの各土器型式に関する放射性炭素年代を較正することで,各段階と考古学的編年とを対比した.その結果,段階IV(ca. 11,500~8,400 cal BP)は撚糸文土器群前半から野島式まで,段階V(ca. 8,400~5,900 cal BP)は鵜ヶ島台式から諸磯a式まで,段階VI(ca. 5,900~4,500 cal BP)は諸磯b式から加曽利E4式まで,段階VII(ca. 4,500~2,800 cal BP)は称名寺1式から安行3c式まで,段階VIII(ca. 2,800 cal BP以降)は安行3d式以降の諸型式と対比できることが明らかとなった.
  • 中村 俊夫
    2007 年 46 巻 3 号 p. 195-204
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    第四紀研究の最重要課題の一つである,グローバルな古環境変動の解明と近未来環境の高精度予測を実現するためには,高分解能かつ高精度の年代推定が不可欠である.第四紀研究の編年に利用されるさまざまな年代測定法の中でも,放射性炭素(14C)法は,1940年代の終わりに開発されて以来,頻繁に利用されてきた.
    14Cの新たな検出法として加速器質量分析(AMS)法が1977年に開発された.それまでの,14Cの崩壊で放出されるベータ線を計数する方法とは異なり,AMS法では14C原子を直接検出し計数する.このため,最終段階で必要な炭素の量は数mgですむ.最近では,AMS 14C年代測定は広く利用されており,全世界で稼働中のAMS 14C年代測定実験室は60施設を超え,日本では8施設が稼働中である.
    名古屋大学年代測定総合研究センターでは,日本のAMS 14C年代測定実験室の一つとして,初代のTandetron AMS装置を用いて1983年に定常的な14C年代測定を開始し,第2代のAMS装置が1999年に稼働を開始し,現在に至っている.後者では, 14C標準体(HOxIIシュウ酸)から調製したターゲットについて, 14C/12C比測定の誤差は1標準偏差で±0.2~±0.4%(14C年代の誤差で±17~±30年), 13C/12C比測定の誤差は1標準偏差で±0.03~±0.07%と,高性能を示している.このAMSシステムを用いて,第四紀に生じた事象について,高確度かつ高精度の年代測定の研究を推進している.本報告では,(1)日本産樹木の年輪に記録されている14C濃度変動を,世界的に14C年代較正に用いられているIntCal98やIntCal04データセットと比較し,両者の一致度を調査する研究,(2)木材の年輪年代を,14Cウイグルマッチング法により,高確度かつ高精度に推定する研究,(3)日本列島周辺の海産物試料の較正年代算出のために,周辺海域の炭素リザーバー効果を評価する研究,について述べる.
  • 長橋 良隆, 里口 保文
    2007 年 46 巻 3 号 p. 205-213
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    日本の代表的な海成鮮新・下部更新統では,岩相層序とともに海棲微化石層序に関する研究が数多く行われている.また近年,各地の鮮新・下部更新統を結ぶ新たな広域テフラ層が見いだされている.本論では,各地の鮮新・下部更新統における最近の層序学的研究を紹介した.さらに,広域テフラ層を同時面の指標層として,広域テフラ層と石灰質ナンノ化石・珪藻化石の生層準との関係について整理した.
  • 兵頭 政幸
    2007 年 46 巻 3 号 p. 215-222
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    ガウス-マツヤマ地磁気極性境界(GMB)(約2.6Ma)付近の気候変化に注目して,日本および中国中北部における鮮新・更新世堆積物の磁気層序学,古植物学,古気候学的研究を概観した.大阪層群,会津・山都層群,十勝層群から得られた花粉化石,大型植物化石データによると,ガウスクロン最末期において,寒冷化に伴う過去3~5百万年間で最大規模の植物相変化が起こった.この変化はGMB直下のゾーンで観測され,そこでは温暖種が段階的に消滅し,寒冷種が段階的に出現している.北部日本の十勝では約3.7Maに温暖な気候が始まり,GMB直前まで続くが,その後すぐに亜寒帯気候に戻る.中国黄土高原では,GMBはレス/紅粘土境界(LRB)の5m上から4m下の層位に見つかる.この9mもの層位の違いは,堆積残留磁化機構による磁気固着のずれでは説明できない.気候の地域性に起因した岩相変化があるのかもしれない.日本と同じような強い寒冷化イベントが,黄土高原でもGMB, LRBのいずれよりも下位に観測されている.紅粘土層の帯磁率データは,3.4Maから2.75Maまで続く長期温暖湿潤気候の存在を示唆している.それは十勝の長期温暖化と関連している可能性がある.
  • 大場 忠道, Banakar Virupaxa K.
    2007 年 46 巻 3 号 p. 223-234
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    深海底堆積物コア中の底生有孔虫殻の酸素同位体比カーブは,これまでに数多く報告されてきた.それらは,過去の気候変化と海水準変動にとって充分に確立された信頼のおける指標である.将来の気候で起こりそうな動向を理解するためには,過去の間氷期の記録において最も温暖であった期間を正確に見極めることが必要である.この総説で,われわれは過去の間氷期の温暖な程度を理解するために,過去42万年間のこれまでに報告された9つの高分解能な酸素同位体記録を比較した.その酸素同位体比の変動から描き出された間氷期の暖かさの順番は,海洋同位体ステージ(MIS)5.5>9.3>11.3>1>7.5である.この間氷期の暖かさの順番は,Lisiecki and Raymo(2005)の標準酸素同位体比カーブと,また南極のEPICAドームCの氷床コアの水素同位体比カーブときわめてよく似ている.とくに,MIS 5.5中の最も温暖な期間における相対的な海水準は,MIS 1の期間よりあるいは現在より,おそらく約7±4m高かったであろう.一方,MIS 11.3は,過去の5つの間氷期の中で最も長い温暖期であることが明らかになった.この観察事実は,温暖化が進行している将来の地球環境を予測するためには,MIS 5.5と11.3の詳細な研究が本質的で重要であることを明瞭に示唆している.
  • 増田 富士雄
    2007 年 46 巻 3 号 p. 235-240
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    日本列島の地層の情報は,約40万年前の同位体ステージ11の間氷期が他の間氷期より温暖で長く,しかも海面も高かったことを示しているようだ.この時期の古気候の復元は,この時期が現在の完新世の間氷期とミランコビッチ・フォーシングの要素が似ていることから,将来の気候を予測する上で重要である.
  • 奥田 昌明, 中川 毅, 竹村 恵二
    2007 年 46 巻 3 号 p. 241-248
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    現在の温暖化のアナログになる可能性のある第四紀後期の間氷期群(MIS1,MIS5e,MIS11など)の古気温定量復元を念頭に置いたときの,日本列島表層花粉データセットの現状といくつかの問題点を論じた.いわゆる花粉ベースのモダンアナログ法を琵琶湖45万年花粉記録に適用することにより,MIS11以降の古気温変化の概算結果が得られているが,現状では,年平均気温16℃以上の高温域が復元可能範囲から振り切れ,間氷期の復元精度を低くする結果となっている.この問題を解決するために,日本列島太平洋岸の暖温帯域の表層花粉整備を現在進めている.
  • 増田 耕一
    2007 年 46 巻 3 号 p. 249-255
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    現代世界で「地球温暖化」と呼ばれている問題は,基本的には化石燃料を燃やすことによって放出される二酸化炭素を原因とする気候の変化である.二酸化炭素は,赤外線を吸収しまた射出する能力をもち,したがって気候システムにとって強制作用として働く.これに応答して,気候は暖まることが期待される.気温の応答は,海洋表層の熱容量のために数十年遅れる.また,海水準の応答は海洋全体および大陸氷床の時定数のために千年ほど遅れる.気候が暖まるにつれて,降水量と蒸発量はいずれも全球平均では増加するが,その増加は飽和比湿の増加ほど強くはない.他方,局所的・短期的な大雨による降水量が増加することはほぼ確実である.そして,降水の分布の不均一性が増す.古気候の証拠から,現在予測型実験に使われている数値気候モデルでじゅうぶん表現されていないような急激な気候変化がありうることが示唆されている.そのような「驚き」の可能性を無視すべきではないが,そのようなことが起こる確率についての知識は非常に乏しい.人類社会としては,まず基本的に,現在可能な限りでのシミュレーションモデルを総合して予測される気候の応答に備え,それに加えて,「驚き」の気候変化を含むさまざまな不確かな事件の可能性に備えるのが賢い対応であろう.
  • 中田 正夫
    2007 年 46 巻 3 号 p. 257-264
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    20世紀の全地球的な海面上昇の速度と原因を,地球回転変動と過去140~200年間の海面変化の情報をもつ検潮儀のデータを用いて評価した.検潮儀による海面変化は,極氷床や山岳氷河の融解と地球温暖化に伴う海水膨張に依存するが,地球回転変動は海水膨張には依存しない.これらのことを考慮し,観測値と極氷床の融解による理論値を比較して,20世紀の全地球的な海面上昇を評価した.その結果,平均的な海面上昇速度(ユースタティックな海面上昇速度)は1.3mm/年以上で,南極とグリーンランド氷床の融解がそれぞれ~0.5mm/年程度寄与していることが得られた.しかし,本研究では海水膨張と山岳氷河の影響を独立に評価することはできず,今後の課題である.
  • 佐藤 慎一, 山下 博由, 金 敬源, 松尾 匡敏
    2007 年 46 巻 3 号 p. 265-274
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    大規模干拓事業は,世界中の沿岸域の自然環境に大きな影響をもたらしている.本研究では,韓国西海岸のセマングム海域と日本の諫早湾において,干拓堤防建設に伴う底生生物相の変化を調査・比較した.セマングム海域では,2006年4月に世界最大の干拓堤防が完成した後は,干潟が徐々に乾燥を始めており,2006年6月には多くの貝類や他の底生生物の遺骸が出現した.諫早湾では,1997年4月に干拓堤防が完成し,有明湾からの海水流入が遮断された.ここでも,潮止め後数ヵ月で潮間帯が完全に乾燥し,無数の貝類遺骸が乾燥した泥干潟に出現した.底生生物相の変化は,諫早湾の堤防外側でも確認された.赤潮や貧酸素水塊が頻発し,多くの二枚貝類が1997年以降に急激に減少した.同様の変化は,セマングム干拓堤防外側でもすでに確認されている.これらの結果は,セマングム干拓事業が近い将来,黄海の環境に悪影響を及ぼすことを示唆している.
  • 村上 晶子, 吉川 周作
    2007 年 46 巻 3 号 p. 275-281
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    産業革命以降の人間活動の指標として,球状炭化粒子(SCPs)と球状灰粒子(IASs)が用いられる.離島における溜池堆積物中のこれらの粒子は,長距離輸送の指標となる.日本海上の離島である隠岐諸島島後男池において柱状堆積物を採取し,化石燃料燃焼粒子であるSCPsやIASsを用いて長距離輸送の影響を歴史的に解析した.SCPs・IASsの歴史トレンドは,両粒子とも1950年以降現在に向かって増加傾向を示した.SCPsは1950年頃,IASsは1920年頃から産出しはじめた.これらの粒子の鉛直変化は,人為汚染を示す鉛や水銀の変化ともよく一致する.これは石炭燃焼による大気汚染の増加を示唆し,男池堆積物のSCPs・IASsは石炭燃焼由来と考えられる.大阪湾やイギリス,中国太湖での研究結果との比較から,男池のSCPs・IASsの鉛直変化と太湖の1950年以降の増加傾向が類似することを示唆した.1950年以降に男池に堆積したIASsは,石炭燃焼が増加している中国からの可能性が考えられる.
  • 鈴木 毅彦
    2007 年 46 巻 3 号 p. 283-292
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    日本のテフラ研究は,過去50年間に着実に進歩した.1976年までの最初の20年間に,コイグニンブライトアッシュの認定や対比法に関する基本的な概念や手法が導かれた.1980年代になり,化学的手法に基づくテフラの記載法が飛躍的に発展した.これらは,多数のテフラの認定と識別を可能にし,テフラ層序構築のためのカタログ化にもつながった.中期更新世~完新世にかけては,VEI=7クラスの大規模噴火が九州・北海道の幾つかのカルデラ火山で発生し,その平均的発生頻度は数万年に1回程度である.それら噴火が人間社会や生態系に与えた影響が第四紀研究の諸分野を通じて分析され,その影響の大きさが明らかにされた.後期更新世~完新世に発生した中規模なプリニー式噴火(VEI=4-6)の噴火もおおよそが明らかにされ,カタログ化された.多数の研究は,先史時代・歴史時代を含めてそれら噴火による人間への過酷な影響を明らかにした.その知見は,長期的な噴火予測と火山災害軽減をより確かなものとする.完新世小規模テフラの詳細な層序・編年研究は,いくつかの火山の詳細な噴火史復元に役立った.最近の多数の研究は,中期更新世~鮮新世の広域テフラに注目している.中期更新世のテフロクロノロジーは,噴火の頻度や規模の変化,時間の関数としての噴出率の変化に関してのデータを提供してきた.非火山性の堆積物中に保存されている,より古いテフラの研究は,山体が残されていない火山で生じた大規模噴火の発生を明らかにできる.105~106年スケールのテフロクロノロジー研究は,きわめて長期にわたる火山活動やマグマ噴出率の経年変化を明らかにできる.
  • 藤原 治
    2007 年 46 巻 3 号 p. 293-302
    発行日: 2007/06/01
    公開日: 2008/08/21
    ジャーナル フリー
    大規模な津波は,重大な自然災害の原因としてだけでなく,沿岸での堆積作用の要因としても重要である.津波堆積物は,自然科学と防災工学などの分野で研究され,これらの分野を橋渡しする役割も担っている.大規模な津波はさまざまな場所で,急速かつ大規模な堆積物の移動を起こし,地層の形成や保存に少なからず関わっている.
    地層中の津波堆積物は,海溝型地震と津波の履歴復元に役立っている.この履歴復元は,南海トラフや駿河トラフでは過去約3,000年間,相模トラフでは約10,000年間,千島海溝では約6,500年間に及んでいる.また,北海道東部では,遡上範囲が内陸数kmにも達する歴史・観測記録とは桁違いに大きな津波が,過去に500年程度の再来間隔で発生していたことも津波堆積物の研究から判明した.
    いくつかの課題はあるが,津波堆積物は海溝型地震と津波の履歴を復元し,地震と津波による将来のリスクを評価するのに役立つ.ストームなど他の堆積物との識別や,堆積物から津波の流体力の定量的な復元が可能になれば, 津波堆積物の有用性はさらに向上するだろう.地質学,地形学,地震学,地球物理学,津波工学など多分野の連携によって,こうした問題は解決されると期待される.
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