第四紀研究
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40 巻 , 6 号
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  • 辻 誠一郎
    2001 年 40 巻 6 号 p. 433-434
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
  • 佐原 真
    2001 年 40 巻 6 号 p. 435-444
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
  • 中村 俊夫
    2001 年 40 巻 6 号 p. 445-459
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    1940年代末にLibby(1955)によって開発された放射性炭素(14C)年代測定法は,現在では高精度化が進み,考古学や地質学の研究には不可欠なものとなっている.開発当初は,放射能測定法により14Cの濃度が測定されてきたが,1970年代の終わりに加速器質量分析(AMS)による14Cの直接検出法が開発された.AMS14C測定の最大の特徴は,炭素試料の量が放射能測定で用いられる量の1/1,000以下の数mgCですむことである.現在では,測定試料の状態に応じて両者が使い分けられている.名古屋大学の最新型タンデトロン2号機(HVEE社製AMS14C測定システム)は,ルーティンの年代測定において誤差が±20~±40年,測定の正確度はほぼ±0.5%(年代値の誤差で±40年)と高性能を示す.
    14C年代測定の正確度が高くなるにしたがって,年代値の取り扱いに注意が必要となる.14C年代測定により考古学・地質学イベントの暦年代を決めるためには,14C年代から暦年代への較正が不可欠である.単に14C年代値を,起点である西暦1950年から数え直すだけでは暦年代は得られない.また,高性能AMS14C測定システムを用いて14Cウイグル・マッチングの研究が進んでいる.この方法では,14C年代-年輪年代較正データに示される14C年代値の凸凹を,年代が未知の巨木について測定した100年分以上の14C年代値-年輪番号の変動曲線と絵合わせすることにより,樹木試料の最外殻年輪の暦年代(伐採年代)を高い正確度で決定できる.
  • 奥野 充
    2001 年 40 巻 6 号 p. 461-470
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    テフロクロノロジーと14Cクロノロジーは,火山噴火や縄文遺跡の年代決定によく利用されてきた.より正確な年代決定には両者のクロスチェックが有効であり,試料の形成・保存過程を考慮して年代値が示す意味を検討することが重要である.2つのクロノロジーを用いて検証すると,テフラ直下の埋没土壌の14C年代は,そのテフラの噴出年代を示すことがわかってきた.14C年代はウイグル・マッチング法によって年輪年代学や年縞編年学ともリンクでき,さらに正確な年代を求めることが可能である.泥炭層の14C年代を用いたウイグル・マッチングから,完新世テフラの噴出年代を正確に決定できる可能性がある.
  • 辻 誠一郎, 中村 俊夫
    2001 年 40 巻 6 号 p. 471-484
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    先史時代の一つの集落の構造とその移り変わりを明らかにするために,青森市の三内丸山遺跡において詳細な放射性炭素年代の測定および暦年較正を行った.その結果,三内丸山の集落は放射性炭素年代では約5,100~3,900yrs BPの期間存続したことが明らかになった.また,暦年では約5,900~4,300cal BPの約1,600年間存続したことがわかった.縄文時代前期から中期への移行は,約5,400cal BPであった.円筒土器文化の時期に続く榎林式・最花式・大木10式土器をもつ文化の時期も,大型掘立柱建物や環状配石墓といった施設をもち,三内丸山の集落を支えた重要な文化であったことがわかった.さらに居住開始年代は,クリ林の急増など生態系の急変と一致し,居住と生態系変化が密接な関係にあることが示された.
  • 谷口 康浩, 川口 潤
    2001 年 40 巻 6 号 p. 485-498
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    日本列島東北部を中心に分布する長者久保・神子柴文化に土器が出現する.青森県大平山元I遺跡は,最古の土器を出土した遺跡の一つである.大平山元I遺跡出土土器の表面に付着していた煮炊きのコゲとみられる微量の炭化物を試料として,加速器質量分析計(AMS)による14C年代測定を行った結果,12,680±140~13,780±170yrs BPの年代値が得られた.長者久保・神子柴文化よりも相対的に新しい十和田八戸テフラのAMS14C年代が12,380±110~13,080±60yrs BPであることに照らしてもこれは妥当な年代であり,長者久保・神子柴文化期における土器出現の14C年代は13,000yrs BP以前に遡る可能性が強い.INTCAL98を使用して大平山元I遺跡の14C年代を暦年較正すると15,320~16,540cal BPとなる.これは晩氷期の年代域よりもさらに古い.土器の出現は後氷期に起こった人類技術革新の一つと説明されてきたが,極東地域では最終氷期の寒冷な環境下ですでに土器の使用が始まっていたことが確実となった.長者久保・神子柴文化期を縄文時代草創期に含めている現在の時代区分は見直しが必要である.
  • 児玉 健一郎
    2001 年 40 巻 6 号 p. 499-507
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    縄文時代草創期の南九州は,全国に先駆けて,旧石器時代の寒冷乾燥気候から温暖湿潤な気候に変化したといわれている.近年の発掘調査によって,他地域とは異なる独自の縄文時代草創期文化の様相が明らかにされつつあり,全国的にも注目されている.南九州において遺跡の年代決定の手掛かりとなる鍵層として,黄橙色を呈する薩摩Sz-S(P14)火山灰が重大な役割をはたしている.
    薩摩火山灰にパックされた開地遺跡からは,細石器,石鏃,石斧をはじめとする各種の石器類とともに土器が出土し,住居跡,集石等の遺構も発見されている.土器の中でも隆帯文土器と呼ばれる隆線文系土器群が注目される.これらの土器は地域や時期により分類が可能である.また,石器組成にも独自性がある.
    遺構で注目されるものとして,煙道付炉穴と呼ばれる南九州独自の遺構がある.
  • 今村 峯雄
    2001 年 40 巻 6 号 p. 509-516
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    多くの教科書では,弥生時代の開始は300BCとして記されていが,その根拠は必ずしも明確ではない.本稿では,14C年代からみた縄文時代晩期から弥生時代への移行期の絶対年代について考察する.これまで,14C年代測定された縄文時代晩期から弥生時代にかけての遺跡は非常に少なく,そのほとんどが高精度AMS14C測定以前のもので,誤差が大きいこと,しかもそのかなりのデータは資料選択の不適性さ,遺跡の撹乱などの可能性があり,問題が多いことがわかる.これまでの少数の14C年代測定例からみると,縄文時代晩期と弥生時代の画期は750BC~400BCにある.この時期は,14C濃度がほとんど変化しない特異な時期にあたっており,実年代を精度よく求めることが難しい.今後,測定数を集中的に増加させるとともに,年輪試料を用いた14Cウイグル・マッチングなどの高精度測定への取り組みが要請される.
  • 春成 秀爾
    2001 年 40 巻 6 号 p. 517-526
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    自然環境の変化,大形獣の絶滅と人類の狩猟活動との関連,縄文時代の始まりの問題を論じるには,加速器質量分析(AMS)法の導入により精度が高くなった14C年代測定値を較正して,自然環境の変化と考古学的資料とを共通の年代枠でつきあわせて議論すべきである.後期更新世の動物を代表する大型動物のうち,ナウマンゾウやヤベオオツノジカの狩猟と関連すると推定される考古資料は,一時的に大勢の人たちが集合した跡とみられる大型環状ブロック(集落)と,大型動物解体用の磨製石斧である.これらは,姶良Tn火山灰(AT)が降下する頃までは顕著にその痕跡をのこしているが,その後は途切れてしまう.AT後は大型動物の狩りは減少し,それらは15,000~13,000年前に最終的に絶滅したとみられる.その一方,ニホンジカ・イノシシは縄文時代になって狩猟するようになったとする意見が多いが,ニホンジカの祖先にあたるカトウキヨマサジカが中期更新世以来日本列島に棲んでいたし,イノシシ捕獲用とみられる落とし穴が後期更新世にすでに普及しているので,後期更新世末にはニホンジカおよびイノシシの祖先種をすでに狩っていた可能性は高い.
    縄文草創期の始まりは,東日本では約16,000年前までさかのぼることになり,確実に後期更新世末までくいこんでおり,最古ドリアス期よりも早く土器,石鏃,丸ノミ形磨製石斧に代表される神子柴文化が存在する.同じような状況は,アムール川流域でも認められている.また,南九州でも,ほぼ同じ時期に土器,石鏃,丸ノミ形磨製石斧(栫ノ原型)に加えて石臼・磨石の普及がみられ,竪穴住居の存在とあわせ定住生活の萌芽と評価されている.豊富な植物質食料に依存して,縄文時代型の生活がいち早く始まったのであろう.しかし,東も西も草創期・早期を経て約7,000年前に,本格的な環状集落と墓地をもつ定住生活にいる.更新世末に用意された新しい道具は,完新世の安定した温暖な環境下で日本型の新石器文化を開花させたのである.
  • 小野 昭
    2001 年 40 巻 6 号 p. 527-534
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    更新世末から完新世への移行期は,気候変動による環境の変化と人類の適応行動を考えるうえで,考古学にとっても重要な時期である.しかし,特に近年この時期の14Cの生の測定年代値と較正を施した後の年代の間の開きが,考古学・人類学にとって無視できない問題となって,対応をせまられている.われわれが今後直面するであろう諸問題を,この問題に関して一歩先んじて議論が展開している中部ヨーロッパの事例で検討し,いくつかの問題点を指摘した.特に,考古資料の細分編年と測定誤差,14C年代測定値と較正年代に関する表記上の問題,較正年代と暦年の関係など,今後検討がせまられると考えられる諸点について問題を提起した.
  • 岡村 道雄
    2001 年 40 巻 6 号 p. 535-543
    発行日: 2001/12/01
    公開日: 2009/08/21
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