第四紀研究
Online ISSN : 1881-8129
Print ISSN : 0418-2642
ISSN-L : 0418-2642
39 巻 , 3 号
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
  • 青木 賢人
    2000 年 39 巻 3 号 p. 189-198
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    木曽山脈北部の千畳敷カールおよび濃ヶ池カールのカール底に分布するターミナルモレーン上に露出する複数の巨礫に対し,宇宙線生成核種の一つである10Beを用いた露出年代測定法を適用し,モレーン構成礫の生産年代を測定した.AMSによる10Be測定から得られた露出年代値の多くが17~19kaを示し,両モレーンは最終氷期極相期に形成されたことが示された.また,両モレーンは構成礫の風化皮膜の厚さが等しく,モレーン構成礫の風化皮膜の厚さを用いた相対年代法(WRT年代法)による年代推定結果と矛盾がないことが確認された.
  • 伊藤 友彦, 伴 かおり, 両角 拓, 當眞 陽子, 柳井 清治, 鴈澤 好博
    2000 年 39 巻 3 号 p. 199-214
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    北海道北部に分布している後期更新世の広域風成塵起源の堆積物について,野外調査からその層序,分布を明らかにした.広域風成塵起源と考えられる風成粘土層は,下部粘土層と上部粘土層の2層に区分され,その堆積時代はそれぞれ約110kaから20ka,および約20kaから10kaまでの最終氷期である.また平均層厚は,下部粘土層で約130cm,上部粘土層で約30cmである.粘土層は20μm以下の微細な粒子が卓越し,鉱物の分析から,広域風成塵と共通な石英,長石類に加えて,粘土鉱物としてイライト,バーミキュライト,スメクタイト,カオリナイトなどが確認された.また,これらと同層準の粘土層から抽出された微細石英粒子のδ18O値は14.2~20‰である.こうした点から,北海道北部で従来「重粘土」と一括されてきた風成粘土層は,広域風成塵にその起源を求めることができ,後期更新世を通して連続的に供給されたことが明らかとなった.風成粘土層の堆積速度は14~30mm/kyrであった.
  • 岡本 透, 大丸 裕武, 池田 重人, 吉永 秀一郎
    2000 年 39 巻 3 号 p. 215-226
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    下北半島北東部の太平洋岸には,砂丘砂や泥土に覆われたヒバの埋没林が各所に認められる.この埋没林の形成期は,約2,600~2,000年前,約1,000~850年前,約500年前,および現代である.調査地域に分布する砂丘砂中に認められる埋没腐植層の年代は,14C年代値と白頭山苫小牧火山灰の年代から,約5,300年前,約2,700年前,約1,000~900年前,約600~500年前,そして約200年前に区分された.埋没腐植層の年代により,調査地域に分布する砂丘の形成期は,約5,000年前以降,約2,500年前以降,約1,000年前以降,約600年前以降,約100年前以降と推定された.約2,500年前以降は,砂丘の形成期の年代とヒバ埋没林の形成期の年代とがほぼ一致するため,ヒバ埋没林の形成には砂丘砂の移動が大きく関与している.約2,600~2,000年前のヒバ埋没林は,その年代と分布から,約3,000~2,000年前の小海退にともなう砂丘砂の移動によって形成された.約1,000年前以降に形成された砂丘については,人為的影響によって形成された可能性がある.
    一方,調査地域周辺には,約700~500年前の製鉄遺跡が数多く分布し,江戸時代後期にも南部藩などによって製鉄が試みられている.砂鉄採取のための砂丘の掘り崩しや,製鉄用の木炭を得るための沿岸部における森林伐採といった人為的影響によって,約600年前以降と約100年前以降に砂丘砂の移動があった.それにともなって,約500年前,現代の年代を示すヒバ埋没林が形成された.
  • 藤井 純子, 中島 正志, 石田 志朗, 松尾 征二
    2000 年 39 巻 3 号 p. 227-232
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    山口県の中央部に分布する宇部火山灰層の古地磁気測定を行った.宇部火山灰層は,阿蘇4火砕流堆積物の周縁相であり,その下部層と上部層はそれぞれ阿蘇カルデラ西側の八女軽石流および鳥栖オレンジ軽石流に対比されている.
    下部層の9地点と上部層の11地点で,安定な古地磁気方位が得られた.それぞれの層平均磁化方位はDm=1.7°W,Im-46.9°N,α95=2.5°とDm=0.9°W,Im=43.4°N,α95=3.3°になり,偏角はほぼ同じであるが,伏角に3.5°の差が見られた.この下部層と上部層の磁化方位の差は,地磁気永年変化に起因すると推定される.
    下部層の平均磁化方位は,大分県の阿蘇-4Aおよび全国各地の阿蘇4火山灰のそれと良く一致する.上部層は,阿蘇-4Aと阿蘇-4Bの磁化方位の中間的な方位を示す.
  • 澤 祥, 太田 陽子, 渡辺 満久, 鈴木 康弘
    2000 年 39 巻 3 号 p. 233-240
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    庄内平野東縁南部松山町の活断層は,活断層研究会(1991)により確実度IIIとされていたが,更新世後期から完新世に活動を続けた長さ約7kmの活断層であることが明らかになった.これを松山断層とよぶ.松山断層は,撓曲変形と断層背後での逆傾斜を変位地形の特徴とし,東上がりの逆断層と考えられる.松山断層の鉛直平均変位速度は0.2~0.7m/kyrsである.松山断層は酒田衝上断層群の位置とほぼ一致し,酒田衝上断層群の第四紀後期の活動の現れと解釈される.
  • 2000 年 39 巻 3 号 p. 243-274
    発行日: 2000/06/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
feedback
Top