第四紀研究
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47 巻 , 4 号
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「瀬戸内海の変遷—自然,環境,人」特集号
  • 兵頭 政幸, 加藤 茂弘, 松下 まり子, 佐藤 裕司
    2008 年 47 巻 4 号 p. 221-222
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    瀬戸内海は本州・四国・九州に囲まれ,紀淡・鳴門・関門・豊予の4つの海峡を通して,外洋とつながっている.領海法では,さらに紀伊水道も含めて瀬戸内海と定義している.この地域は,豊かな海の幸と穏やかな気候に恵まれて,古くから人が居住し,文化的・経済的活動が活発に繰り広げられてきた.また,多島海・白砂青松で形容されるその美しい景観を構成する島嶼と海域およびその展望地は,国立公園法が施行された3年後の1934年に瀬戸内海国立公園として,雲仙国立公園(現 : 雲仙天草国立公園)・霧島国立公園(現 : 霧島屋久国立公園)とともにわが国最初の国立公園に指定された.しかし,一方で,高度経済成長期(1954~1974年)における活発な重化学工業生産活動の結果,水質の汚染,赤潮の大量発生,それによる漁業被害などが深刻化し,1973年に瀬戸内海環境保全特別措置法が制定された.この法律は,対象域を豊後水道にまで広げて,水質環境のみならず,海浜など自然景観の保全をも目的としている.このように瀬戸内海は,2つの法律で自然環境の保全が求められている.では,第四紀学は瀬戸内海の自然環境の保全に対してどのような貢献ができるのか.そのような問いかけに対する答えとして,「第四紀学の視点で瀬戸内海の自然と環境,およびそれらと人類とのかかわりの変遷を解明し,この地域の学術的価値も高める」ということを提案したい.このことは,将来の自然環境の活用や環境保全のあり方を考える上で必ず役立つであろう.
    このような趣旨に基づき,2007年9月2日に神戸大学においてシンポジウム「瀬戸内海の変遷—自然,環境,人」が開催された.地質学,地理学,地球物理学,古生物学,植物学,考古学,海洋環境行政と広範な視点から,瀬戸内海域における自然の変遷,環境,人間活動を概観して現状の理解を深め,この地域の今後の研究の方向性を探求した.内容はおもに(1)瀬戸内海の形成史・テクトニクス,(2)古環境変遷・海面変化と先史遺跡群の動向,(3)人為起源の環境問題,からなる.全部で11の講演があり,以下に各講演の概略を紹介する.本特集号では,そのうち6講演を論文として掲載した.
    松原(2007)は,1980年代末以降の年代測定や微化石の研究に基づく再検討により,中新世とされていた第一瀬戸内累層群(笠間・藤田,1957)の年代が始新世~漸新世に修正されたことを紹介した.同累層群を構成する神戸層群の火山灰からは,約31~37 MaのF-T年代と36~37 MaのK-Ar年代が報告され,哺乳類化石と渦鞭毛藻化石も始新世を示している.岡山県牛窓地域の前島層や,児島湾や倉敷市内の地下の海成層でも,始新世~漸進世の年代が報告されている.さらに貝類化石群集は内海ではなく外洋の影響を受ける海であったことを示していることから,松原(2007)は「第一瀬戸内海」という用語そのものの廃棄を主張した.第一瀬戸内累層群の年代と堆積環境の修正は,準平原問題など中国山地~瀬戸内海域の地形発達史研究に対する重要な問題提起となる.
    地震学の分野から,瀬戸内海域の東端に位置する近畿三角帯のネオテクトニクスに関する新しいモデルが提唱された.近年,西南日本下に沈み込んだフィリピン海プレート(フィリピン海スラブ)の形状が震源分布や,地震波トモグラフィーなどから明らかにされてきた.三好・石橋論文は,伊勢湾から琵琶湖にかけてゆるやかに沈み込む尾根状の高まりをもった地震性スラブ(伊勢湾—湖北スラブ)の存在に注目し,このスラブが,沈み込むにつれて沈降域を内陸側に移動させ,その結果として古琵琶湖層群の堆積場を北方へ移動させたと考えた.一方,東進する西南日本リソスフェアが伊勢湾から琵琶湖にかけた地域で伊勢湾—湖北スラブでせき止められ,この付近が一種の衝突帯になったため,近畿三角帯で顕著な東西圧縮場が生じたと考えた.これらのネオテクトニクスに関する解釈は,西南日本における堆積盆の古環境解析にも新たな問題提起をするものである.
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  • 三好 崇之, 石橋 克彦
    2008 年 47 巻 4 号 p. 223-232
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    西南日本下には,駿河—南海トラフからフィリピン海プレートが沈み込んでいる.近年,地震学的な方法によって,フィリピン海スラブ(スラブ : 沈み込んだ海洋プレート)の形状に関する研究は大きく進展した.その成果のひとつは,伊勢湾から琵琶湖北方にかけて,ゆるやかな角度で傾斜し尾根状の高まりを示すフィリピン海スラブ(「伊勢湾—湖北スラブ」と命名)の存在が明らかになったことである.伊勢湾—湖北スラブは,陸のプレートの地殻と接しており,この領域は近畿三角帯の東縁付近にあたる.古琵琶湖層群の分布は,伊勢湾—湖北スラブとの対応がよく,沈み込みに伴って古琵琶湖層群の堆積場が北方へ移動したと考えられる.東進する西南日本リソスフェアは,伊勢湾から琵琶湖にかけての領域で下部地殻が伊勢湾—湖北スラブと接するために抵抗を受け,この付近が一種の衝突帯になっていると考えられる.そのため,近畿三角帯では顕著な東西圧縮場が生じているのであろう.
  • 加藤 茂弘, 岡田 篤正, 寒川 旭
    2008 年 47 巻 4 号 p. 233-246
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    瀬戸内低地帯東部を構成する大阪湾周辺の活断層,とくに六甲山地や淡路島中・北部の活断層や大阪湾断層帯について記述し,それらとの関連において,第四紀における大阪堆積盆地や播磨灘の形成過程を検討した.大阪堆積盆地は約3.3~3.5 Maに形成されはじめ,約1~2 Maには大阪湾断層帯や六甲—淡路島断層帯などの活動開始により,隆起部の淡路島を境にして大阪湾側(狭義の大阪堆積盆地)と播磨灘側(東播磨堆積盆地)に分断された.約1 Ma以降は,大阪湾北西部の活断層帯で右横ずれ断層運動が顕著となり,六甲山地以西の地域の西への傾動運動が始まった.東播磨堆積盆地は,高塚山断層などの活動により約1 Maまで沈降を続けたが,断層運動の衰退と西への傾動運動により,それ以降は隆起域に転じた.一方,約1 Ma以降の傾動運動により西播磨平野や播磨灘の中・西部は沈降域(播磨灘堆積盆地)となった.約0.4 Maの高海面期には,六甲—淡路島断層帯の右横ずれ運動により局地的な低下域となった明石海峡を通じて,播磨灘にはじめて海水が侵入した.その後の播磨灘では,高海面期毎に海域が南西へと拡大していき,最終的に現在の播磨灘が形成されたと考えられる.
  • 佐藤 裕司
    2008 年 47 巻 4 号 p. 247-259
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    瀬戸内海東部,播磨灘沿岸において,局地的な地殻変動量を差し引いた完新世海水準変動を明らかにした.本論文では,御津町で採取されたコアの分析から,最終間氷期(海洋酸素同位体ステージMIS 5.5)の相対的海水準高度を求め,調査地点の地殻変動量を推定した.既存の4地点(垂水,玉津,高砂,赤穂)の完新世相対的海水準の観測値に御津町コアのデータを加え,観測値から各地点の局地的地殻変動量を差し引き補正した.そして,それらの補正観測値をもとに,播磨灘沿岸域における完新世海水準変動を復元した.その結果,海水準高度は約8,000 cal BPには標高約-3 m, K-Ah降下時には約-1 mであった.高海水準期は約7,000~5,300 cal BPに認められ,その間の海水準高度は約+1.0 m(最高で約+1.5 m)であった.その後,海水準は低下し,3,800~3,000 cal BPに約+0.5 m, 2,700~2,100 cal BPには標高約0 mになったと推定された.
  • 三島 稔明, 寺井 誠, 兵頭 政幸
    2008 年 47 巻 4 号 p. 261-272
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    大阪湾の海水組成と海底堆積物の磁気特性の分析を行い,初期続成による酸化鉄鉱物の溶解と硫化鉄鉱物の形成に,海水環境が及ぼす影響を考察した.大阪湾の海水構造は,夏場に湾奥部で密度成層が強くなり,海底に貧酸素水塊が形成されていたが,湾奥部だけではなく,海底が溶存酸素に富む湾中央部でも,表層堆積物はフランボイダルパイライトとグレイガイトが形成される還元的な環境であった.これは,湾に多量に供給される有機物を分解するために,溶存酸素が堆積物のごく表層で消費されるためと考えられる.一方,海底の溶存酸素とヘマタイトの含有率との間に,明瞭な対応関係が見られた.これは,溶存酸素に富み,酸化鉄の溶解があまり進んでいない湾中央部では,ヘマタイトが選択的に溶け残っていることを反映していると考えられる.ヘマタイトの含有率の磁気的指標であるS比が,大阪湾では海水環境の指標となる可能性がある.
  • 辻本 彰, 安原 盛明, 山崎 秀夫, 廣瀬 孝太郎, 吉川 周作
    2008 年 47 巻 4 号 p. 273-285
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    大阪湾の現生底生有孔虫の分布を,TOC・TN・TS濃度などの底質項目と比較検討し,富栄養・貧酸素環境の指標(Ab-Espp index)を抽出した.大阪湾の柱状堆積物中に認められる底生有孔虫化石群集のAb-Espp indexを調べ,大阪湾における過去150年間の底生有孔虫・貝形虫化石記録との比較を行い,過去150年間の富栄養化過程を解明した.
    20世紀初頭以降の都市化に伴う富栄養化の進行は,大阪湾の柱状堆積物中に認められる底生有孔虫・貝形虫に克明に記録されている.20世紀初頭以降の富栄養化に伴って,Ab-Espp indexは急激に増加し,底層水の貧酸素が頻繁に発生した1970年代にピークを迎え,栄養塩類の排出規制が進んだ1980年以降は減少傾向を示した.一方,貝形虫の個体数は20世紀初頭以降急激に減少している.このような記録は,環境変遷と人間活動との関係を長期的かつ連続的に解読するために重要である.
  • 廣瀬 孝太郎, 安原 盛明, 辻本 彰, 山崎 秀夫, 吉川 周作
    2008 年 47 巻 4 号 p. 287-296
    発行日: 2008/08/01
    公開日: 2009/05/14
    ジャーナル フリー
    大阪湾において採取された柱状堆積物の珪藻分析を行い,過去約120年間の珪藻遺骸群集組成変化を明らかにし,環境の人為改変・汚染が群集に及ぼした影響を検討した.珪藻群集組成は,1900年頃,1960年頃および1980年頃に顕著な変化を示した.これらの変化は,それぞれ明治時代の干潟の干拓,戦後の高度経済成長期の沿岸域埋め立てと栄養塩の流入負荷の増大,および近年の沖出し埋め立てによる人為負荷物質輸送システムの変化など,人為改変・汚染に応答したものであると考えられる.また,1960年以降のChaetoceros属の休眠胞子の増加は,大阪湾における環境の人為改変・汚染の指標となることが示唆された.
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