第四紀研究
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40 巻, 2 号
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  • 調整池における貝類相の時間的変化
    佐藤 慎一, 東 幹夫, 近藤 寛, 西ノ首 英之
    2001 年 40 巻 2 号 p. 85-95
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    1997年4月に潮止めされた有明海諫早湾の干拓調整池内18定点において,潮止め前1回(1997年3月)と潮止め後2回(1997年5月,8月)実施された採泥調査で得られた貝類標本を同定した.潮止め前,同調査定点ではカワグチツボ・コケガラス・サルボウガイ・シズクガイなど15種の貝類の生息が確認された.これらの種は,潮止め後1ヵ月までは変わらず生息していたが,1997年8月にはほぼすべてが死滅していた.しかしヒラタヌマコダキガイは,潮止め前にはまったく見られなかったにもかかわらず,潮止め後に本明川河口付近で見られはじめ,1997年8月には調整池のほぼ全域で殻長1cm前後の小型個体が非常に密集して生息することが確認された.ヒラタヌマコダキガイは中国大陸からの外来種とされ,1992年に有明海で初めて生息が確認されたが,すでに佐賀県の更新統から本種の化石小型個体が密集して産出することが確認されており,今後の化石記録の再検討が必要である.
  • 井上 淳, 高原 光, 吉川 周作, 井内 美郎
    2001 年 40 巻 2 号 p. 97-104
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    微粒炭は,植物の燃焼によって生成された微細な炭化植物片である.微粒炭は,しばしば堆積物中に含まれており,森林火災などの植物燃焼の歴史を復元する上で重要な試料である.本研究では,集水域が広く,しかも湖盆が長期にわたって安定している琵琶湖の湖底堆積物を用いて,過去約13万年間の微粒炭の連続的な定量分析を行った.その結果,約13万年前~約1万年前は森林火災が少ない時期で,寒暖・乾湿などの気候変化は植物燃焼量(おもに森林火災)増減の主要因ではないと考えられた.また,約1万年前以降から琵琶湖周辺における植物燃焼量は多くなり,火入れなどの人間活動が活発になったことが明らかになった.さらにA.D.1920年頃以降には,微粒炭の増加が認められた.こうした近年の微粒炭の増加は,石炭などの植物質燃料の人為的な燃焼に起因すると考えられる.
  • 西日本の海峡の開口と相対的海水準変動に関連して
    入月 俊明, 増田 富士雄, 宮原 伐折羅, 広津 淳司, 植田 静喜, 吉川 周作
    2001 年 40 巻 2 号 p. 105-120
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    神戸沖の大阪湾で掘削された2本のボーリングコア(OB-1とOB-2)を用いて貝形虫化石を調査した.56試料から52種の貝形虫類が同定された.これらの貝形虫化石群集は数量解析に基づき,5つの化石相に分けられた.すなわち,下位から化石相はBM(湾汽水泥底相),SM(湾奥泥底相),SS(湾奥砂質泥底相),DS(湾中央砂質泥底相),DM(湾中央泥底相)に変化する.約11,000~10,000年以前は閉鎖的内湾奥(水深2~7m)に優占する汽水性種が多産する.約9,700年前に明石海峡が開口し,湾奥から湾中央部の浅海泥底種が増加した.貝形虫群集は大阪湾と播磨灘が水島灘と通じた約8,000年前に変化しはじめた.明石海峡からの潮流が強くなるにつれて,潮間帯や外浜の種が砂質堆積物とともに多量に深い神戸沖の大阪湾に運搬された.潮間帯から外浜に生息する種と湾中央部の深海泥底種の産出個体数が最大になる時期は5,500年前前後である.このことは神戸沖が明石海峡からの潮流の影響を強く受けるとともに,古水深が最大になったことを意味している(最大古水深は約33m).その後,2,000~1,600年前頃からの海退により,これらの外洋性の種は減少し,閉鎖的で有機物の多い湾の泥底に生息する種が増加しはじめた.これらの内湾性種は,明石海峡からの粗粒堆積物の運搬が減り,淀川からの洪水性粘土の供給が増加することにより,さらに増加した.本試料中には,日本の内湾に普遍的に生息するBicornucythere bisanensisが含まれ,その中でM型が大阪湾の南の紀淡海峡から最初に侵入し,その後,約8,350~8,000年前になってA型が優占するようになった.
  • 安井 賢, 小林 巖雄, 鴨井 幸彦, 渡辺 其久男, 石井 久夫
    2001 年 40 巻 2 号 p. 121-136
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    越後平野内陸部の白根地域における沖積層を対象に,ボーリングコアの層相,軟体動物,有孔虫および珪藻の分析を行い,完新世における堆積環境の変化を復元した.その結果,海水の影響を強く受けた動物群が内陸部から初めて発見されたほか,以下のような環境変遷史を編むことができた.(1)約8,600~7,200年前には,縄文海進に伴い外洋水が流入し,塩分濃度の高い内湾が形成された.(2)約7,200年前には白根地域北部で砂堆が成長しバリヤーとなって,内側には汽水の潟湖が形成された.(3)約6,800年前には潟湖が最も拡大した.これは当地域における縄文海進高頂期に相当する.(4)約6,800年前以降は潟湖が埋積され,海岸平野へと変貌していく時期に相当する.(5)この間の約5,500年前,約4,000年前および約2,000年前の計3回にわたり水域が拡大し,このうち5,500年前,2,000年前の2回は海水が浸入した.
  • とくに赤黄色土の絶対年代について
    永塚 鎮男, 前島 勇治
    2001 年 40 巻 2 号 p. 137-147
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    わが国の古赤色土の生成時期に関しては,鮮新世末~更新世初期,中期更新世,後期更新世などの諸説があり,未だ定説が得られていない.この問題を解決するためには,赤色土の生成速度すなわち土壌が発達しはじめてから赤色土の状態に達するまでに要する時間を明らかにすることが必要と考えられる.本研究では,すでに多数の化石サンゴの放射年代測定値に基づいて後期更新世の氷河性海面変動と平均隆起速度が明らかにされている喜界島を対象として,氷河性海面変動曲線と平均隆起速度直線を組み合わせた方法によって,離水サンゴ礁段丘上に発達した土壌の絶対年代を推定することを試みた.得られた結果は,以下のとおりである.
    1.離水後約1,500年間は土壌生成はほとんど進行せず,露岩地の状態が続く.
    2.約3,000年で(A)/R断面を示す固結岩屑土ができはじめる.
    3.約3,500~3,900年経過すると,遊離の炭酸カルシウムの存在下で腐植集積作用が進行し,Ah/R断面を示す初生レンジナ様土が形成される.
    4.約35,000~40,000年の土壌では,遊離の炭酸カルシウムはAh層からほぼ完全に溶脱されるとともに,腐植の分解が始まり,Ah/C/R断面を示すレンジナ様土になる.
    5.約50,000~55,000年の土壌はAh/Bw/C断面を示す褐色レンジナ様土に変化し,この段階では粘土化作用が進むが,粘土の機械的移動は生じていない.
    6.約70,000~80,000年経過すると,遊離の炭酸カルシウムは土層からほぼ完全に失われ,腐植の分解と粘土の機械的移動が進行し,A/Bt/C断面を示すテラフスカ様土が生成する.
    7.約95,000~100,000年経過すると,わずかに塩基未飽和が現れるとともに,赤色化作用が進んでテラロッサ様土が生成する.
    8.約120,000~125,000年経過すると,交換性陽イオンの溶脱がかなり進行するが,塩基飽和度はなお35%より高く,テラロッサ様土と赤黄色土の中間的な土壌が生成している.
    以上の結果から,湿潤亜熱帯多雨林気候地域の離水サンゴ礁段丘上で赤黄色土が生成するためには,約125,000年の年月が必要と考えられる.
  • 藤田 正勝, 河村 善也
    2001 年 40 巻 2 号 p. 149-160
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    山口県美祢市にある宇部興産採石場第1地点から産出した中期更新世のイノシシ化石1点(下顎第3大臼歯)と,広島県神石町にある帝釈観音堂洞窟遺跡から産出した後期更新世のイノシシ化石3点(前頭骨,上顎第2切歯,下顎第4小臼歯)を系統分類学的に記載し,それらの形態的特徴を明らかにした.わが国では確実に更新世のイノシシ化石といえるものは少なく,これらは更新世の本州・四国・九州に分布したイノシシの特徴を知る上で貴重な材料となる.これらの化石を東アジア産のイノシシ類の現生種および第四紀の化石種と比較した結果,現在ユーラシアに広く分布するSus scrofaにその形態的特徴がよく一致することがわかった.しかし,東アジア産化石種の形態に関するデータは十分でなく,今回の化石標本も数が少ない上に保存も悪く,十分な比較が行えなかったので,今回はこれらの化石をS.cf.scrofaとするにとどめる.これらの化石のうち,宇部興産採石場第1地点産のものは,現在の本州・四国・九州に分布するS.scrofaの亜種S.s.leucomystaxのそれより大きく,ほかの中期更新世の化石産地のものとほぼ同じ大きさであった.しかし,帝釈観音堂洞窟遺跡産の化石はS.s.leucomystaxとほぼ同じ大きさであった.今回の研究の結果とこれまでに得られているデータから,S.scrofaやそれに近いイノシシは中期更新世中期にはすでに本州・四国・九州に生息していて,そこから後期更新世にかけて数が減少し,さらに後期更新世後期から完新世にかけては逆に急増した後,この地域の完新世の動物相の主要な構成要素となったと推定される.
  • 金 幸隆
    2001 年 40 巻 2 号 p. 161-168
    発行日: 2001/04/01
    公開日: 2009/08/21
    ジャーナル フリー
    日本海東縁南部に位置する六日町盆地では,これまで活断層に関する十分な研究はなされていなかった.縮尺約2万分の1空中写真の判読,現地調査および断面測量によって明らかになったことは,以下のとおりである.
    六日町盆地の西縁には,上位よりI面,II面,III U面(13,000年前より以前),III L面(13,000~5,000年前),沖積面A(5,000年前より以前),沖積面BおよびC(4,000年前以降)の支流性の河成面が分布する.これらの河成面は活断層によって変形を受けている.盆地南部において石打断層(活断層研究会,1980)が認められていた.本研究では,そのトレースに繋がる断層地形を盆地北西縁において新たに認定し,これら全部を石打断層と再定義する.したがって,石打断層は延長約40km,西上りの逆断層と推定される.盆地中部では,石打断層の累積的な活動が地形的に認められる.河成面の変形から認められる上下変位量は,II面:35m以上,III面:16m以上,沖積面:約4mで,変位速度は0.8~1.0m/kyと見積もられる.また石打断層の変位速度は,盆地南端において約2.0m/kyと最大の値を示す.以上のことから,石打断層は後期更新世以降活発に断層活動を繰り返し,その活動度はA級である.石打断層は,今後も大地震を引き起こす可能性のある活断層である.
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