地球規模で生物の多様性の減少が危惧される現在,生物の多様性と生態系機能の関係を理解することは,私たちが享受できる生態系サービスを保全していく上で非常に重要である.樹木などの植物の光合成による炭素の固定と,菌類などの微生物による有機物分解は,地球上の炭素循環を駆動する2大プロセスだが,植物の多様性と炭素固定能力の関係に比べ,菌類の多様性と分解力の関係は理解が進んでいない.枯死木は生態系において炭素の巨大な貯蔵庫であり,その分解過程は地球上の炭素循環に影響する.本稿では,枯死木を分解する菌類の多様性と木材分解力の関係について,最新の知見を解説する.
ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)という革新的な細胞の開発により,ほぼ全ての細胞を体外で作製できるようになった.ヒトiPS細胞は様々な細胞を作製するための細胞材料として高い価値を持ち,そのため再生医療への応用に向けて精力的に研究が進められている.ヒトiPS細胞を医療応用するためには,製品としての細胞を工業生産する必要がある.その際,細胞製品の品質が同じであることを客観的に規定するための「物差し」が重要となる.しかし細胞は生き物であるため,化学物質とは異なりそもそもヘテロな集団である.また細胞外の環境(培養条件等)によりバラつきや変化を示してしまう.生きている細胞の品質を確認する場合には細胞を回収して試験する破壊試験は望ましくない.そのため培養中の細胞の品質を非破壊的に管理する方法が求められる.筆者らはこれまでヒトiPS細胞の品質を規定する新しい物差し(細胞表面マーカー)と,それを非破壊的に測定する技術の開発を進めてきた.最近筆者らは,ヒトiPS細胞を培養していると出現する未分化状態から逸脱した細胞(逸脱細胞)を,培養上清を用いて非破壊的に測定する技術と,出現した逸脱細胞を選択的に除く一連の技術の開発に成功した.本稿ではこれら2つの技術についてご紹介する.
ヨーグルトは発酵乳の一種で乳を乳酸菌や酵母で発酵した食品である.その起源は紀元前に遡る.世界各地には様々な伝統的発酵乳製品が存在し,その風味と乳酸菌に関する研究が多数報告されている.一方,我が国では1950年以降にヨーグルトの本格的な工業生産が始まり,2000年以降機能性ヨーグルトの登場によって機能性研究が主流となったが,その風味と乳酸菌に関する研究はほとんどない.
我々は,発酵乳に新規な風味を付与する乳酸菌として国産生乳由来の乳酸菌に着目し,その多角的な研究を通して十勝産生乳由来のスターター「十勝ミルク乳酸菌TM96」と,それを使った発酵乳を開発した.本稿ではその一端について紹介する.
発酵茶の高分子ポリフェノールは,加工過程でカテキン類より生成することが知られているが化学構造は長い間不明のままである.本研究ではカテキン類の変化に注目して有機化学的な視点から明らかにすることでその謎の解明を目指した.