海洋性ケイ藻類は,多様な水圏に適応し,地球一次生産(光合成)の約20%を担う生物として近年注目された.その結果,21世紀に入ってからゲノムインフラが整備され分子研究の端緒についた生物である.ケイ藻の分子研究は地球環境科学分野だけにとどまらず,バイオエネルギー,有用物質生産,およびナノテクなどの農・工学分野からも注目を集める.一方でケイ藻は,二次共生の謎やその過程で醸成されたユニークな代謝・生理など,基礎生物学の研究対象としてもたいへん興味深い生物である.ケイ藻の環境適応能力を知るうえで,一次生産の基礎となる光合成系およびその環境応答の詳細は最優先課題の一つである.とりわけ,アルカリ度や塩濃度の高い海洋環境でCO
2を海水から取り込み葉緑体内部まで送り届けるシステムの重要性は高い.これまでにも生理学的なアプローチから海洋性ケイ藻がCO
2とHCO
3-の両方を海水から積極的に取り込み無機炭素への親和性が極めて高い光合成を行うこと,およびこの機能はCO
2濃度が大気レベルより低いときに発現されることが報告されている.しかし,これらの機能にかかわる分子は僅かしかわかっていない.本稿では,海洋性ケイ藻が海水から直接HCO
3-を取り込む“CO
2濃縮”の分子機構の一端と取り込まれた無機炭素の流路を制御する分子機構について紹介する.また,海洋性ケイ藻類が環境CO
2濃度に応答してCO
2濃縮にかかわる因子を転写や翻訳後レベルで調節する分子機構についても解説する.
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