生命機能を化学の言葉で理解するには,タンパク質の構造を決めることが望まれる.中でも,細胞のシグナル伝達やエネルギー代謝,その他の細胞の生理機能を理解する上で鍵となる膜タンパク質について,その分子機構を理解できるような高い分解能で構造解析する必要がある.そのためには,電子顕微鏡を用いた構造研究は一つの良い手法である.しかし,電子顕微鏡を用いて生物試料を観察しようとすると,電子線による試料損傷のために,像のシグナルとノイズの比(S/N)はきわめて悪くならざるを得ない.そのS/Nを向上させるためには,像の平均化操作を行なう必要がある.平均化の一つの有力な方法として,単粒子解析法(先月号参照)が広く用いられるようになっている.単粒子解析法は結晶を作製しないで,立体構造を解析できることから,非常に多くの生物学的研究課題に応用され始めている.しかし,現状ではこの単粒子解析法で,同じ試料を解析したとして発表された構造がまったく異なっている例が散見される.また,現状では解析できる分解能が比較的低いこともあって,確かな原子モデルを解析するためにはこの方法の進歩を待たなければならない.
電子線結晶学は,膜タンパク質が生理的な条件である脂質膜にある状態で,高い分解能の構造を解析でき,構造に基づいて生理機能を理解するための最適の方法であるので,構造生理学という新しい学問分野を切り開くのに中心となる手法であると信じて研究を進めてきた.ここでは,電子線結晶学を用いた膜タンパク質の構造と機能研究の数例を解説する.
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