生物の細胞の表面は,多種多様な糖鎖で覆われている.なかでも,シアル酸という特殊な糖を含んでいる糖鎖(シアロ糖鎖)は,生命の維持に不可欠なあらゆるコミュニケーションを担う生体分子として注目されてきた.しかしながら,研究に必要なシアロ糖鎖は天然に微量にしか存在しないため,いかにして試料を入手するかが長年の課題であった.本稿ではシアロ糖鎖を化学合成により効率的につくる研究と,細胞膜構成分子としてのシアロ糖鎖の機能研究に関して,筆者らの研究を中心に解説させていただく.
アロイド(Aroid)はサトイモ科,サイカド(Cycad)はソテツのことであり,被子植物のサトイモ科と裸子植物のソテツは,発熱植物の中で2大勢力を誇っている.サトイモ科植物は,発熱能力の高い種を多く含み,古くから発熱植物研究の主役であった.一方,ソテツは,発熱と昆虫との関係性が深く,発熱の基本メカニズムを知るうえでも近年注目されている.一般的に,花の温度を外気温に対して0.5°C以上上昇させる能力をもつ植物のことを『発熱植物』と呼び,花の発熱には植物の生殖機構に絡む重要な役割がある.本稿では,この2つの植物グループに焦点を当て,発熱植物の「いろは」から,花の発熱原理・生理的意義に至るまでを概説する.
蚊は,人類の大敵である.蚊に吸血されると,かゆみが生じるだけでなく,生命を脅かすさまざまな伝染病,たとえば熱帯地域では,マラリアなどに感染する恐れもある.そこで人類は古くから植物からの抽出物を使って蚊を化学防御してきた.このような生存戦略をとった動物は,人類だけではない.たとえばオマキザルやハナジロハナグマなどの動物は柑橘類の果実の皮を身体に擦り付け,その忌避効果を利用していることが知られている(1).つまりヒト以外の動物も進化の過程で病原体を媒介する蚊から身を守る化学防御術を身に着けてきたようである.本稿では,ネコでよく知られたマタタビ反応も実は蚊の攻撃から身を守る重要な行動であるという予想外の知見が得られたので(2),この発見に至った経緯を紹介する.
近年,プラスチックによる環境汚染が国際的に大きな問題となっているが,プラスチックに含まれる有機リン系難燃可塑剤による環境汚染も問題となっている.なかでも,塩素を含むリン酸トリス(2-クロロエチル)(TCEP)やリン酸トリス(1,3-ジクロロ-2-プロピル)(TDCPP)は,物理化学的に安定であり,神経毒性や発ガン性などの毒性を有する可能性が報告されたことから,ヒトを含む生態系への悪影響が懸念されている.そこで本稿では,Sphingomonad細菌における含塩素有機リン系難燃可塑剤の分解代謝機構と分解代謝にかかわる酵素に関する知見および複合微生物による無害化について紹介したい.
ダイズは油糧作物に分類されるが,タンパク質含有量も高く,栄養価の高い作物である.ダイズのさまざまな品種の中で長野県在来品種の西山浸(にしやまひたし)98-5は加熱調理すると海苔風味を呈する世界的に見ても稀な品種である.私達は西山浸98-5における海苔風味生成機構を解明する過程でL-メチオニンγ-リアーゼ(MGL)がダイズ種子のL-メチオニン(L-Met)代謝に大きく関与していることを見いだした.MGLは古くから抗腫瘍活性が認められているビタミンB6酵素だが,その機能の全容はまだ明らかになっていない.本稿ではダイズ種子でのMGLの機能に関する私達の仮説を紹介し,MGL活性の操作によってダイズ種子のL-Met代謝経路を改変できる可能性についても議論したい.
筆者はこれまで微生物の有する新規セリン生合成酵素を発見し,セリン生合成経路を特定してきた(1).アミノ酸は生命の誕生と存続に不可欠である.なかでも,セリンおよびそれと密接な関係にあるグリシンの代謝経路は,C1化合物(CO2やメタンなど,炭素1個からなる化合物を意味する)の固定経路と直接つながっている点で興味深い.現存生物におけるセリン生合成経路およびC1代謝経路の多様性と生物間分布を知ることは,初期生命の代謝予測に必須である.加えて,C1代謝は持続可能な社会における物質生産のプラットホームとしても注目されている.本稿ではC1代謝の最新の知見を紹介しつつ,セリン生合成経路解明の重要性を解説したい.
本研究はシロアリを利用した間伐材の資源化と飼料化を図ることを目的として行った.個体数と産卵数の関係を調べ,養殖に最も適切な個体数を明らかにした.また,シロアリ配合飼料を用いて魚を養殖したところ,配合割合を10%とした場合に最も体長が増加した.これは,現在配合飼料として用いられている魚粉と代替可能であることを示唆していた.また,シロアリの脂質成分は,落花生油に近いことも判明した.