本研究の目的は,マウスピース型咬合誘導装置による反対咬合の被蓋改善のメカニズムを検証することである。そのため,歯の移動を有限要素法によってシミュレーションした。
片側の上下歯列について,歯の有限要素法モデルを作成した。歯は剛体と仮定した。歯根膜は,線形弾性体と仮定した。顎骨は剛体と仮定した。誘導装置の有限要素法モデルは,歯科用CT で撮影した断面画像から作成した。歯列に誘導装置を装着し,上顎を固定した状態で下顎を前方へ移動させた。歯の移動は,次のようにしてシミュレーションした。歯に力が作用すると,歯根膜の弾性変形によって歯が動揺する。この動揺と同じ方向に歯が移動すると仮定して,歯槽窩を移動させた。この計算を繰り返して歯の移動をシミュレーションした。1 回の繰り返し計算ごとに下顎を0.1 mm 移動させた。
シミュレーションの結果,反対咬合が被蓋改善されるメカニズムが検証された。すなわち,反対咬合の歯列に誘導装置を装着すると,下顎が後方へ移動して構成咬合位になる。これが元の位置に戻ろうとする際,下顎前歯には舌側方向の力が作用し,上顎前歯には唇側方向の力が作用した。これらの力によって,下顎前歯は舌側傾斜し,上顎前歯は唇側傾斜した。上下の切縁が反対方向に移動して,反対咬合が被蓋改善された。前歯はやや圧下された状態となった。他の歯は,ほとんど移動しなかった。
著者らは上唇小帯の切除に対する治療方針決定の一助となることを目的に,3 歳から5 歳までの幼稚園児あるいは保育園児448 名を対象に,上唇小帯の形態と付着位置の変化について正常型および異常型(以下Ⅰ型からⅤ型)に分類したところ,以下の結果を得た。
1 .上唇小帯の正常型と異常型の出現率は,すべての年齢において正常型は異常型に比べて高値を示したが,増齢的に正常型の割合は減少した。
2 .各異常型の出現率は,Ⅰ型がすべての年齢において最も高かった。Ⅱ型はすべての年齢においてⅠ型に次いで高く,増齢的な増減の方向性は認められなかった。Ⅲ型は,増齢的に倍以上に増加した。Ⅳ型は増齢的な増減の方向性は認められなかった。Ⅴ型は5 歳で出現が認められた。
3 .正常型と異常型(Ⅰ型,Ⅱ型,高位付着肥厚型)の出現率は,3 歳において正常型が有意に高く,高位付着肥厚型が有意に低く,5 歳において高位付着肥厚型の出現率が有意に高い傾向にあった。 これらより,3 歳では異常型の主体がⅠ型とⅡ型であり,変動しにくい型であるⅣ型とⅤ型ではないことから,上唇小帯異常が認められたとしても経過観察を行うことが適切であると考えられた。
5 歳では高位付着肥厚型の出現率が高い傾向にあるため,上唇小帯異常が継続する可能性が考えられることから,永久前歯交換期に認められる正中離開や口唇閉鎖機能に影響を及ぼすことを念頭に置いた対応が求められることが示唆された。
近30 年の間,小児を取り巻く環境はめまぐるしく変化している。このような社会構造の変化の中で,高次医療機関である大学病院小児歯科の役割も変化してきており,多様なニーズへの対応が求められている。今回2015 年から2017 年における初診患者の実態について調査し,1989 年,1999 年の過去の調査と比較・検討を行い,以下の結論を得た。
1 .初診患者の年間平均患者数は1,264 名で,過去2 回の調査(1989 年839 名,1999 年750 名)よりも増加していた。
2 .初診時年齢は1 歳が最も多く,次いで2 歳,3 歳の順であった。過去2 回の調査と比較すると,経年的に受診年齢の低年齢化がみられた。
3 .患者の居住地域は当病院周辺地域からの来院が66.3%を占めていた。
4 .来院動機は齲蝕が最も多く,全体の28.2%を占めていた。過去の調査と比較すると,齲蝕は減少傾向にあるが常に最も多い主訴であった。齲蝕以外の主訴では,外傷に次いで萌出異常やその他が10%を超えており,主訴の多様化が認められた。
5 .紹介患者数は年々増加しており,全体の66.1%を占めていた。
この30 年の間に小児歯科がより専門的な分野として認められ,求められるように変化してきたものと考えられる。また,社会の変化により患者本人だけでなく家庭環境等を加味しライフスタイルをふまえた口腔衛生指導が求められている。今後も小児歯科臨床において,専門性と多岐にわたるニーズに対応する能力が不可欠であると示唆された。
入院中や在宅移行時の高度医療依存児に対して,医科と歯科との連携状況や歯科との連携必要度を調査する目的で,首都圏にある周産期母子医療センター(総合周産期母子医療センター:30 科,地域周産期母子医療センター:70 科)にアンケートを行った。回収率は,55.0%であった。
入院中に連携できる歯科は,総合周産期母子医療センター87.5%(院内歯科),地域周産期母子医療センター66.7%(院内歯科)であった。しかし,実際に連携を行っている場合の平均値は,総合周産期母子医療センター23.8%(中央値10.0%),地域周産期母子医療センター21.7%(中央値10.0%)と低値であった。 退院時に連携できる歯科は,総合周産期母子医療センター13.6%,地域周産期母子医療センター23.3%であった。実際に連携を行っている場合の平均値は,総合周産期母子医療センター22.0%(中央値10.0%),地域周産期母子医療センター13.5%(中央値10.0%)であった。入院中と退院時の連携必要度の平均値は,総合周産期母子医療センター68.8%(中央値80.0%)と70.0%(中央値90.0%),地域周産期母子医療センター平均値48.5%(中央値50.0%)と60.8%(中央値70.0%)であった。
今回の調査結果から,入院中や退院時の高度医療依存児に歯科は必要とされているが,実際に連携している割合が明らかに少ないことが確認できた。今後,医科と歯科との医療連携の促進や,病院内や在宅で高度医療依存児に対応できる歯科側の環境整備が重要であることが示唆された。
大学病院小児歯科の役割について確認するため,2015 年度から2018 年度の本学小児歯科外来における初診患者の実態調査を行い,以下の結論を得た。
1 .初診患者数は1,757 人であり,前回調査と比較し増加した。そのうち乳幼児は1,149 人(65.4%)と過半数を占めた。初診患者の居住地域は仙台市内1,154 人(65.7%)が最多であった。
2 .紹介患者の総数は1,562 人(88.9%)で,紹介元は歯科開業医1,133 人(72.5%)が最多となり,その主訴は齲蝕治療588 人(51.9%)が過半数を占めた。
3 .初診患者の主訴は齲蝕治療783 人(44.6%)が最多で,次いで歯列咬合249 人(14.2%),歯数異常178 人(10.1%)と続いた。
4 .初診患者の一人平均齲蝕歯数(乳歯)は5.02 であった。年齢別の一人平均齲蝕歯数は乳歯および永久歯において全年齢で平成28 年歯科疾患実態調査より高値であった。
本調査から,小児歯科の高度な専門性が認知され,特に低年齢児の齲蝕治療に対して需要が高いにも関わらず,一般開業医だけでは十分な対応が難しい現状が推察された。本学小児歯科が果たすべき役割は,高次医療機関として歯科開業医や医科と高度な連携を図ることだけでなく,教育機関として小児歯科専門医の育成や一般開業医の再教育など,多岐にわたると考えられた。
日本の小児齲蝕は減少傾向にあるが,世界的にみれば依然大きな問題である.特に,Early Childhood Caries(ECC)と呼ばれている乳幼児における早期齲蝕が大きな注目を浴びている.国際小児歯科学会(International Association of Paediatric Dentistry, IAPD)は2018 年11 月にタイのバンコクにおいて,このECC をテーマとした初めてのGlobal Summit を開催し,多くの専門家や関係者がECC について議論を重ねた.このIAPD Bangkok Declaration はその結果として作成された.本稿はIAPD からの要請を受け,国際渉外委員会でそれを翻訳したものである.