この研究の目的は,より適切な歯髄処置を行うために,乳歯歯髄炎の波及状態を客観的に,的確に把握できる診査方法を研究することであった.
対象は,健常児81名(2y9mから11y2mまで)において,長坂の乳歯歯髄炎の診断基準に基づいて,生活歯髄切断処置が前提とされた乳歯齲蝕歯100歯であった.これらの歯髄内血液像と摘出した冠部歯髄の病理組織像とを比較し,さらに,処置後の経過観察を行い,歯髄内血液像による乳歯歯髄炎の鑑別診断について検討した.結果は,以下のとおりであった.
1.乳歯歯髄内血液像において,リンパ球の比率は,年齢に関係なく,末消血液像の正常値より高いものが多かったため,乳歯歯髄炎の鑑別の指標になることが示唆された.
2.冠部歯髄の病理組織像において,炎症程度を次のように4分類した:炎症所見を認めない(-),軽度限局性円形細胞浸潤を認める(+),軽度ないし中等度瀰慢性に円形細胞浸潤を認める(++),高度瀰漫性に円形細胞浸潤を認める(〓).それぞれの症例数は,(-)0例,(+)37例,(++)47例,(〓)16例であった.
3.各炎症程度別に,その総数に対する60%以上のリンパ球の比率の割合についてみると,(+)の86.5%と(++)の61.7%は(〓)の0%に比べてかなり高かった.
4.各炎症程度別に,その総数に対する,冠部歯髄切断時に止血困難であった症例の割合をみると,(+)の32.4%と(++)の25.5%は(〓)の62.5%に比べて低かった.
5.生活歯髄切断処置後の臨床的およびX線学的経過観察の結果,不良例は,(+)と(++)では,42例中12例(28.6%),(〓)では,4例中4例(100%)であった.
6.冠部歯髄切断時,止血困難で,しかも歯髄内血液像のリンパ球の比率が57%末満である場合は,生活歯髄切断処置の適応症でないことが示唆された.
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