乳歯列期反対咬合小児に対して機能的矯正装置ムーシールドによる治療を行い,治療前後における上顎歯列の変化を左右計14 か所について,歯の移動方向と移動距離から三次元的に分析し,臨床的効果について評価した。対象は,機能性反対咬合を示し,本装置で治療を行い咬合が改善した小児20 名からの治療前後の歯列模型を対象とした。
1 .水平方向(x 座標)では左右に拡大する方向で変化し,前後方向(y 座標)は前方への有意な変化が認められ(p<0.000),乳中切歯ほど変化が大きかった。上下方向(z 座標)は,乳前歯部で上方へ,乳犬歯は変化なく,乳臼歯は挺出する方向への変化を示していた(p<0.000)。
2 .総変化量は,前歯Am 点が最も大きく平均1.4 mm であり,Do, Eo 点が平均0.7 mm と臼歯部では小さかった(p<0.000)。
3 .変化方向について,θx は,計測点間に差はみられず,θz はAm 点での-0.6 rad の変化(歯頚側方向)から乳犬歯部での0radに近い値,さらにEo 点での+0.6 rad の変化(挺出する方向)まで,一定方向の有意な変化が認められた(p<0.000)。
4 .各計測点とセファロ分析結果との相関では,∠FHOcc とREo 点の総変化量およびθx との間に,それぞれr=-0.482, r=-0.502 の負の相関が認められ,Eo の変化と咬合平面角との間に負の相関が認められた。
以上より,乳歯列反対咬合は,本装置により,上顎乳前歯は前上方へ変化しながら側方にも拡大し,乳犬歯は外側へ,また臼歯部は外側へ拡大しながら挺出する方向へと乳歯列反対咬合が改善している様相が明らかとなった。
本研究は積分値移動曲線法を用いて,口唇口蓋裂(CLP)児における口唇形成術前後の口腔周囲筋活動の変化と筋協調パターンの特徴について検討を行ったものである。 被検児はF 大学病院に通院中の片側性完全唇顎口蓋裂児10 名である。計測は口唇形成術前,術後,術後 3 か月の計3 回行い,吸啜運動時の口腔周囲筋活動を計測した。口腔周囲筋活動は左右側頭筋(LR, TM)と咬筋(LR, MM),唇裂とは反対側(健側)の口輪筋(OM),舌骨上筋群(SM)の6 筋に双極表面銀電極を貼付し記録し,TM とMM は健側のみを分析対象とした。また,被検児と同様の有弁型人工乳首を使用している4 か月の健常乳児8 名と比較検討を行った。 その結果,ピーク時筋活動量については,OM は術前と比較し,術後と3 か月後で有意に増大していた(p<0.05)。SM は3 群とも健常乳児と比較して有意に小さい値を示した(p<0.05)。ピーク時間割合については,SM は1 吸啜サイクルの後半にピークがある健常乳児に対し,CLP 児は3 群とも中盤付近に位置していた(p<0.05)。CLP 児のSM の積分値移動曲線は起伏が不明瞭であり,口腔周囲筋協調パターンは健常乳児と異なっていた。 以上より,CLP 児は口唇形成後にOM の活動が活発になるのに対し,SM は術後も活動は小さいままであり,ピークが不明瞭であったことから,健常乳児とは異なった筋協調パターンで吸啜運動を行っていることが示唆された。
歯科診療における安全かつ快適な治療の提供は歯科医療従事者の重要な使命である。歯科恐怖は小児期に与えられた疼痛・騒音などの負の経験が引き金となることが報告されていることから,とりわけ小児歯科診療においては,患児のストレスを把握し,適切な行動調整を含めた治療環境を提供することが重要となる。今回著者らは,チェアサイドにてリアルタイムに心理的ストレスをモニタリングできる方法の開発を目的として,歯科診療中の小児患者の自律神経活動および脳活動の記録解析を行い,それらの指標が小児の内的ストレスや情動の把握に有用であるかを検討した。 当科を受診した小児11 名を対象とし,コンポジットレジン修復治療中の,自律神経活動と脳波の各周波数成分の分析を行い,各治療内容における変動を安静時と比較検討した。交感神経活動では,浸潤麻酔,ラバーダム防湿時に有意な上昇が認められ,副交感神経活動では,診査,表面麻酔,浸潤麻酔,ラバーダム防湿,タービン・マイクロモーターコントラアングル型(以下コントラと略)による切削時に有意な低下が認められた。この自律神経活動の変動から,浸潤麻酔,ラバーダム防湿で特にストレスが高まることが示された。一方,脳波では,コントラによる切削中にθ波の低下傾向,表面麻酔と浸潤麻酔施行時にβ波の上昇傾向が認められ,麻酔時およびコントラ切削時に緊張感や不安感が高まることが示唆された。本結果から,自律神経活動および脳波をリアルタイムに解析,モニターすることにより,歯科治療中の小児患者の情動を客観的に把握可能であることが示された。 今後これらの指標を組み込んだリアルタイム診療モニタリングシステムを構築することにより,小児歯科医療の質向上への寄与が期待される。
心拍変動解析は操作が簡便で侵襲も少なく,また測定精度と時間分解能に優れ,定量化が可能である。そのため自律神経機能の評価法として多く用いられている。歯科診療中の連続した歯科諸刺激に対して自律神経機能を評価するために,直近60 秒間の短時間解析データを用いた方法が開発されている。本研究では歯科諸刺激による診療中の小児の情動変化を評価することを目的とし,心電図と皮膚電気活動(Elec trodermal activity;以下EDA)を同時に測定した。また,併せて外部行動評価も行った。その結果得られた心拍数(以下HR)とRR 間隔の変動係数(以下CVRR)および心拍変動の短時間解析データから高周波成分(High Frequency>0.15 Hz;以下HF)および低周波成分(Low Frequency 0.05~0.15 Hz;以下LF)を分解し,その比であるLF/HF と皮膚電気活動波形の反応様式について比較し,次の結果を得た。
1 )外部行動評価には表れない小児の情動変化が皮膚電気活動と心拍変動に反映された。
2 )診療開始前の処置説明時に情動変化があるグループはその後の治療において情動変化を認める場面が多かった。
3 )心拍変動解析の結果,診療開始前に情動変化があったグループは処置説明時,浸潤麻酔時と抜歯時においてCVRR が安静時よりも有意に高かった。HF, LF, LF/HF においては,いずれの処置でも有意差は認められなかった。
4 )心拍変動解析のCVRR とLF/HF は処置説明時,浸潤麻酔時においてEDA の変動様式と類似した傾向が見られた。
以上の結果から,自律神経機能の評価をすることは歯科診療中に内在する情動変化を評価するために有効であることが示唆された。
本調査は,卒乳に関する保護者の意識を調査することを目的として行った。保健所で実施された1 歳 6 か月児健診を受診した小児の保護者348 名を対象として,アンケート調査を行い,卒乳に関する保護者の意識に関する実態調査を行った。また,それらの小児の齲蝕罹患状態についても調査した。その結果は以下のとおりである。
1 .授乳をしている小児は114 名,卒乳している小児は234 名であり,授乳している小児の割合は32.8%であった。
2 .授乳している小児では,母乳を飲んでいる小児(83 名)が多く,夜寝る時(79 名)や夜中(53 名)に飲ませているものが多かった。今後の授乳をどうするかについては,これからも続けたいと考えているもの(79 名)が多かった。授乳を継続する理由は,子どもが欲しがるから(53 名)が多かった。
3 .卒乳している小児では,自然に卒乳したもの(137 名)が最も多かった。卒乳した理由は,幼児食をしっかり食べるようになった(109 名)が多かった。
4 .卒乳している小児234 名のうち齲蝕に罹患しているものは16 名(6.8%)であったのに対して,授乳している小児114 名のうち25 名(21.9%)が齲蝕に罹患しており,授乳している小児の齲蝕罹患率が有意に高かった。
これらの結果から,卒乳は小児の摂食機能の発達に合わせた保育によりスムースに行えるのではないかと推察された。また,1 歳6 か月時に卒乳していないと,齲蝕に罹患する危険性が高まることが示唆された。
歯の外傷を主訴として歯科を受診する患児は稀ではなく,年齢が低いことや,今後の成長・発育を考慮しなければならないため,その扱いは多様である。今回我々は,歯の外傷の防止策の啓発や,歯科医療従事者の診断および処置の充実化を図ることを目的として,2012 年4 月より2015 年3 月までの3 年間に,歯の外傷を主訴として当科を受診した小児の実態調査を行い,以下の結論を得た。
1 .受傷歯は,乳歯242 名381 歯,永久歯104 名178 歯であり,乳歯・永久歯ともに男児の方が女児より多い傾向が認められた。
2 .受傷時年齢は,乳歯では1~3 歳,永久歯では7~9 歳に多かった。
3 .受傷から来院までの時間は,当日よりも翌日以降に来院する患児が多く,また,半数以上の患児が近在の医科または歯科を受診してから当科に来院していた。
4 .受傷原因は,乳歯・永久歯ともに転倒が最も多いが,年齢が上がるにつれ衝突の割合も高くなる傾向にあった。
5 .受傷部位は,乳歯・永久歯ともに上顎乳中切歯および中切歯が圧倒的に多かった。
6 .乳歯では脱臼が半数以上を占め,その内訳は,振盪・動揺が最も多く,永久歯では破折が最も多く,その中でも歯冠破折が大半を占め,歯根破折は少なかった。
小児を取り巻く環境の変化に応じて様々な情報が飛び交う今日,口腔疾病構造の変化を分析し,適切な情報を発信することは重要なことである。当分野では,1992 年から1996 年までの5 年間,1997 年から 2001 年までの5 年間,2002 年から2006 年までの5 年間における初診患者の実態について報告してきたが,今回は2007 年から2011 年の5 年間調査を行い,以下の結論を得た。
1 .初診患者の年間平均来院数は629 名で,過去3 回の調査(第1 回調査324 名,第2 回調査462 名,第3 回調査569 名)よりも増加していた。
2 .初診時年齢は3 歳が最も多く(12.2%),6 歳未満が全体の約55%を占めていた。
3 .通院距離は半径5km以内が最も多く(30.5%)占めていた。しかしながら半径15 km 以上の者も26.0 %を占めていた。
4 .初診時主訴は齲蝕・痛みが約40%と最も多かったが,前回調査(約50%)より大幅に減少していた。
5 .df 歯数は歯科疾患実態調査の結果より高い値を示した。
6 .紹介患者は全体の34.2%を占め,前回調査(33.4%)よりやや増加していた。年齢では4 歳児,通院距離では半径5~10 km が最も多かった。
7 .心身障害者は全初診患者の2.0%を占めた。
本学歯科医療センター小児歯科外来では,歯科治療の際に特別な対応が必要な心身障害児や不協力児に対して,その患者の治療に対する協力状態により全身麻酔下での歯科治療を選択している。平成21 年1 月から平成27 年12 月までの7 年間に当科を受診し,全身麻酔下での歯科治療を行った症例を対象として実態調査を行い,平成元年の当科の調査結果と比較検討した。
1 .症例数と年齢分布:82 名(男性53 名,女性29 名)の患者を対象に,のべ87 回行われた。処置平均年齢は12 歳5 か月であり,過去の報告と同程度であった。
2 .患者の内訳:対象患者の51%が障害児・障害者であり,その多くは精神遅滞であり,過去の報告と同様であった。
3 .処置内容と処置歯数:1 症例当たりの平均処置歯数は乳歯10.5 歯,永久歯7.6 歯であり,コンポジットレジン充填が乳歯6.8 歯,永久歯5.6 歯で最も多く,過去の報告と同様の傾向を認めた。
4 .処置時間:平均処置時間は2 時間13 分であり,過去の報告より処置時間は短縮していた。
5 .本県のような面積の広い地域においては,とくに地域の開業医と大学の連携が重要であると考えられた。
過剰歯は,発生頻度が15%程度であり,その大半が上顎前歯部に生じ,上顎小臼歯部に生じることは比較的稀である。今回我々は,11 歳8 か月の男児の上顎小臼歯部に両側性に過剰歯を認めた1 例を経験した。患児は,上顎第一小臼歯の萌出が遅いことで,近隣の歯科医院を受診し,精査のために撮影したパノラマエックス線写真にて過剰歯を発見され,当科に紹介された。患児は特に自覚症状はなく,歯科用コンビームCT(CBCT)にて上顎両側小臼歯に近接して存在する過剰歯を認めた。今後の永久歯列への影響を考慮し,早期の過剰歯摘出が必要であると判断し抜去を行った。本症例では,上顎右側については,第一小臼歯と過剰歯の形態が類似しており,大きさも同程度であったため,どちらを抜歯するかの判断が必要となったが,CBCT 像を基に,抜歯後の歯の配列の有利さ,歯根の彎曲状況などを考慮して抜去する歯を決定した。術後1 年経過して上顎右側第一小臼歯がやや頬側に転位して萌出してきたが,歯列は概ね良好で,今後の咬合状況について経過観察中である。
臼傍結節は第二,第三大臼歯に片側性に一つ認められことが多く,第一大臼歯における報告は稀である。今回,我々は齲蝕の精査を主訴に来院した10 歳女児において,萌出遅延を示した上顎第一大臼歯に左右対称的に2 個ずつ結節を認めるという極めて稀な症例を経験したので報告する。 本症例では,上顎左右第一大臼歯の萌出遅延が認められ,特に左側が遅れていたため開窓を行った。萌出していた右側第一大臼歯では頬側面に2 個の臼旁結節がみられ,開窓後に萌出してきた左側第一大臼歯でも頬側面に右側第一大臼歯よりさらに大きな2 個の臼傍結節を認めた。臼傍結節を呈する歯においては,歯冠部が複雑な形態を呈しているため齲蝕に罹患しやすいばかりでなく,歯周疾患にも罹患しやすい。また,臼傍結節内に固有の歯髄腔を有している例や正規の根管と連続している例など様々な症例が報告され,歯髄感染を生じると歯内治療の困難さも考えられるため,齲蝕予防処置を行いながら定期検診を継続することが特に重要と考える。
今回,著者らは,8 歳の女児の上顎前歯部に発現した含歯性嚢胞を経験した。治療法は,埋伏した上顎左側中切歯,側切歯,犬歯の保存を目的とし,開窓術を選択した。術後1 か月より嚢胞腔の縮小化がみられ,術後7 か月で上顎左側中切歯と側切歯が自然萌出したが,萌出位置がかなり低位であったため,牽引処置が必要であった。牽引には,セクショナルブラケット装置,トランスパラタルアーチおよび0.014 inch Ni Ti アーチワイヤーを用いた。装置装着から1 年5 か月後,上顎左側側切歯の上方に犬歯が自然萌出したため,チェーンタイプエラステックを用いて歯列内へ誘導した。装置装着から2 年10 か月後,上顎前歯の叢生および捻転が改善したため装置を撤去した。装置撤去時のエックス線写真より,上顎左側中切歯,側切歯,犬歯はいずれも健全な歯根形成が確認された。 本症例では成長・発育への影響を考慮し,早期に誘導処置を行うことで良好な結果が得られた。
Hunter症候群はムコ多糖症Ⅱ型に分類されるX 染色体連鎖劣性遺伝の非常に稀な疾患である。この疾患はグリコサミノグリカン分解酵素の欠損が原因で発症し,体内代謝産物が不完全に分解された状態で全身に蓄積され,様々な障害を引き起こす疾患である。 今回われわれは,8 歳8 か月の男児で齲蝕を有するHunter 症候群患児の歯科治療を経験したので報告する。本症例は通常の管理による歯科治療では血中酸素飽和度が著しく減少し,また全身麻酔下集中的歯科治療では気道抵抗が上昇し換気不能を引き起こした。本症例から,疾患の特徴を把握し,予後を考慮した治療計画をたてることが重要である。
エプーリスは歯肉部に限局した腫瘤の総称で成人に多く小児に少ないと報告されている。今回我々は歯肉の腫脹を主訴に来院した1 歳3 か月女児において,頬側のエプーリスを摘出したところ,良好な経過が得られたが,1 年8 か月後,初発病巣とは異なる舌側部に腫瘤を認めたため再度摘出術を行った稀な症例を経験した。 初診時,患児の下顎右側乳中切歯,乳側切歯間に米粒大,弾性軟,有茎状の腫瘤を認めた。線維性エプーリスの臨床診断のもと,局所麻酔下で通法に従って摘出術を行った。術後良好に経過していたが,処置7 か月後に初発病巣とは異なる下顎右側乳中切歯舌側歯頚部の中央に腫瘤が認められた。経過を観察していたが腫瘤の増大が認められたため,初発病巣除去から1 年8 か月後に再度摘出術を施行した。両腫瘤の病理組織学的診断は線維性エプーリスであった。 現在,処置後2 年を経過しているが,再発は認められず良好な経過が得られている。
今回我々は,歯原性腫瘍によって引き起こされた下顎第一大臼歯萌出障害に対し,萌出誘導を行った 2 例を経験した。それぞれの症例について,萌出障害の原因,発見時期,治療法と治療期間について比較し考察を行った。
症例1,2 ともにパノラマエックス線および歯科用コーンビームCT 所見において,埋伏した第一大臼歯歯冠周囲に境界明瞭な透過像が確認され,嚢胞または腫瘍性の病変が疑われた。臨床的所見と切除した組織の病理学的所見から第一大臼歯歯胚の発育異常による歯原性腫瘍と診断された。
症例1 では,腫瘍の開窓および牽引処置を行い,牽引開始から約16 か月で萌出誘導を完了した。また,症例2 では,腫瘍の開窓およびオブチュレータ―使用によって,約12 か月後に萌出誘導を完了した。現在,萌出した第一大臼歯周囲に腫瘍病変は疑われず,今後も慎重に経過を追う予定である。