[背景]心嚢液の貯留はさまざまな原疾患による臨床所見であり,薬物治療で効果が得られない場合や心タンポナーデをきたす場合には外科的なドレナージが推奨される.外科的ドレナージは,開胸・開腹によるもの,胸腔鏡・腹腔鏡によるもの,剣状突起下アプローチなどさまざまな報告がある.[目的]われわれは難治性心嚢液に対して局所麻酔下で剣状突起下アプローチによる心膜腹膜開窓術を選択してきたが,その成績について報告する.[対象]2011年4月から2022年6月までに難治性心嚢液に対して心膜腹膜開窓術を施行した5例を対象とした.年齢は61±14歳,男性が2例(40%)であった.併存疾患は自己免疫性疾患が4例 (全身性エリテマトーデス1例,強皮症2例,IgG4関連疾患1例) (80%),濾胞性リンパ腫が2例(40%)であった.併存疾患に対してステロイドが2例(40%),免疫抑制剤が4例(80%)に投与されており,心嚢液の治療目的にコルヒチンが3例(60%)に投与されていた.開窓術の前に心嚢穿刺ドレナージが4例(80%)に施行されていた.[手術方法] 仰臥位にて,局所麻酔下に胸骨下縁の皮膚を切開し,剣状突起を切除した.径40 mm以上の心膜腹膜開窓をおいた.以前は横隔膜面の開窓のみであったが,最近は横隔膜面の開窓と連続した心嚢膜前面を切除し心嚢を開放している.[結果]手術時間は36±15分であった.合併症は1例で術後出血を認めた.手術死亡,入院死亡は認めなかった.術前投与していたコルヒチンは術後全例中止することができた.術後の平均フォロー期間は2.7年(0.5~5.9年)で,全例で心嚢液の再貯留を認めなかった.[結語]剣状突起下アプローチ心膜腹膜開窓術は,局所麻酔下でも安全に施行することができ,十分な大きさで開窓することで難治性心嚢液に対する低侵襲かつ有効な治療法となると考える.
[背景]「医師の働き方改革」の施行が2024年4月に迫っている.心臓血管外科は時間外の救命手術が多く,年間960時間,月100時間未満の時間外労働の上限(A水準)の達成は困難と予想される.当院では以前から積極的なタスクシフティングを行い,術後管理はclosed ICUで集中治療医が担当することで外科医が手術に集中できる環境を構築してきた.2021年の当院の心臓血管外科常勤医は5名で,このうち4名が急性大動脈解離に対する緊急手術の執刀を担当する.どの2名の組み合わせでも緊急手術対応が可能となったことで,定期手術あるいは時間外オンコールの人員配置の自由度が増した.この体制における当院での労働環境と急性大動脈解離の手術成績を報告し,心臓血管外科における働き方改革について検討する.[対象]2021年1月から12月までの1年間に当院で緊急開胸手術を要した急性大動脈解離39例を対象に手術成績を検討した.常勤医5名の執刀症例数(および第一助手数)はそれぞれ7例(13例)/9例(6例)/12例(3例)/11例(7例)/0例(10例)であった.その他,同期間中に緊急でステントグラフト治療を要した急性大動脈解離は8例あった.同期間での当科の救急患者(急性大動脈解離以外も含む)応需率は100%であった.結果は中央値[四分位範囲]もしくは症例数(%)で表記した.[結果]年齢69歳(60.5~75.5歳),女性19例(48.7%).Stanford A型が36例(92.3%)で,うちDeBakey II型は8例(22.2%).術前ショック状態8例(20.5%),malperfusionあり13例(30.8%).術式はTAR 19例/PAR 8例/HAR 12例(Bentall手術2例を含む)で,併施手術はAVR 5例/CABG 2例/TEVAR 1例/下肢動脈形成術2例/右半結腸切除1例.手術時間400分(328.5~495.5分),体外循環時間194分(169.5~239.5分),心停止時間108分(88~128分),選択的脳分離時間125分(50.5~147分),下半身循環停止時間46分(36.5~55.5分).入院死亡3例(7.7%),脳梗塞5例(12.8%),遅発性不全対麻痺1例(2.6%).術後挿管期間1日(1~4日),在院日数は23日(18~27日),自宅退院は25例(64.1%)だった.[労働環境]1カ月あたりのオンコールは12,13回.常勤医5名の時間外労働の最長は年間480.5時間,月間68.5時間で,時間外手当は全額支給された.夜勤明けの勤務免除も可能であった.[結語]当院での急性大動脈解離の手術成績は全国平均と比較しても良好であった.術者を固定しないことで柔軟な緊急対応が可能となり,定期手術やオンコールの人員配置の自由度が増し,地域のニーズに応えながらも働き方改革と手術の安全性の両立が可能と考えられた.
症例は男児.在胎22週の胎児エコーで左腎嚢胞,先天性心疾患を疑われ母体紹介された.在胎36週5日体重2,282 g,Apgar 8/8点で出生し,ファロー四徴症,肺動脈弁欠損,肺動脈弁逆流,左上大静脈遺残,右側大動脈弓,cervical archと診断した.生直後に人工呼吸管理となったが日齢9に抜管した.日齢26頃よりSpO2の著明な低下を認め,気管支鏡検査で狭窄所見は軽度であることから,肺血流減少がチアノーゼの主因であると判断した.低体重であり単一冠動脈を認めたため姑息術を先行する方針となったが,cervical archであり通常のブラロック-タウジッヒシャント(BT shunt)は解剖学的に困難のため,日齢49にセントラルシャント(central shunt)+主肺動脈結紮術(main pulmonary artery (mPA) ligation)を行った.チアノーゼは改善し呼吸状態は安定していたが,造影computed tomograhpy(CT)で左肺動脈拡大傾向と左主気管支の圧排所見を認め,気道症状増悪が予想されたため日齢87にRastelli型手術+両側肺動脈縫縮術を行った.術後呼吸状態は安定し術後10日に抜管した.日齢136に在宅高流量鼻カニューレを導入した上で自宅退院した.
症例は70歳女性.急性肺塞栓にて前医救急搬送され治療されたが,入院中の経胸壁心エコーにて大動脈弁無冠尖に紐状構造物を指摘され,乳頭状弾性線維腫の疑いで当院紹介となった.術前評価では大動脈弁に機能異常を認めなかったため腫瘍切除のみの予定であったが,術中所見として術前に指摘されていた構造物のほかに,無冠尖・左冠尖の弁尖に細かな異常な毛羽立ちが多発しており,大動脈弁内に固着した腫瘍多発が疑われたため大動脈弁温存は不可能と判断し大動脈弁置換術を施行した.生理食塩水に浸したところ腫瘍はイソギンチャク様の特徴的な形態を示した.他部位に認めた毛羽立ちも花冠状に広がった所見であった.病理診断は肉眼的に正常と思われた右冠尖を含めた大動脈弁三尖すべてに乳頭状弾性線維腫の所見を認め,同腫瘍の多発と確定診断を得た.左冠尖,および無冠尖の副病変に関しては後方視的にエコー画像を評価しても発見は困難であり,手術時の細部にわたる肉眼的観察が非常に重要であった.また腫瘍多発を疑った場合,正常と思われる弁尖にも不顕性に腫瘍が存在することもあり注意が必要である.
症例は82歳,男性.発熱と平衡障害を主訴に救急外来を受診した.頭部MRI検査で微小出血を伴う急性期多発脳梗塞と診断され入院となった.血液検査で炎症反応の上昇を認め,血液培養検査でStreptococcus oralisを検出した.経食道心臓超音波検査で僧帽弁前尖弁輪部に13×11 mmの疣腫を認めたが,弁間線維体への明らかな波及は認めなかった.中等度の僧帽弁閉鎖不全症と軽度から中等度の大動脈弁閉鎖不全症を認めた.早期手術介入が考慮されたが予測手術死亡率が高く,内科的治療を先行させる方針とした.入院12日目に再度経食道心臓超音波検査を行った結果,疣腫は弁間線維体を経て,大動脈弁輪までの進展を認めた.大動脈弁閉鎖不全症は中等度に増悪した.内科的治療では感染性心内膜炎の制御は困難であると判断し,準緊急で手術を行った.右側左房切開でアプローチし,僧帽弁前弁中央部から前尖弁輪部にかけて疣腫を認めた.僧帽弁輪の温存は困難であると判断しManouguianの切開に準じたCommando手術で大動脈弁輪,弁間線維体,僧帽弁輪に広がる感染巣を完全除去することができた.除去した構造物を1枚の舟型ウシ心のう膜パッチを用いて補填し,新たな弁間線維体を作製して二弁置換術を行った.感染性心内膜炎の再発を認めず,術後34日目に自宅退院となった.術後1年経過し,経胸壁心臓超音波検査で感染性心内膜炎の再発は認めず,両人工弁の弁周囲逆流も認めていない.
症例は46歳男性.CTで肺動脈主幹部から左肺門部さらに肺内に浸潤性腫瘤を認め,集学的治療目的に当院紹介となった.手術は肺動脈腫瘍摘出術,左肺全摘出術,右室流出路および肺動脈再建術を行った.右室流出路再建はウシ心のう膜パッチを用い,肺動脈再建には生体弁によるコンポジットグラフトを用いた.術後は重篤な合併症なく経過し,第22病日に独歩退院した.腫瘍の病理組織学的所見は肺動脈内膜肉腫であった.肺動脈内膜肉腫に対して,左肺を含めて腫瘍全摘出術を行い,右室流出路から右肺動脈にかけてコンポジットグラフトを用いた再建が有用だった1例を経験したので,文献的考察を含め報告する.
症例は45歳男性.後尖逸脱(P2)を伴う重症僧帽弁逆流症に対し僧帽弁形成術を施行した.胸骨正中切開直後,アナフィラキシーショックに陥り,緊急で体外循環を開始した.人工肺(A社製品)流入部の圧上昇を認めたため,即座に同社製同種の人工肺に交換した.しかし再度,圧上昇を認めたためB社製の人工肺を使用した人工心肺回路に交換した.その後は圧上昇なく体外循環を維持でき,手術を終了した.初回手術55日後に僧帽弁形成術の際のルートベント挿入部に生じた仮性瘤に対して修復術を施行することとなった.麻酔導入後,前回同様アナフィラキシーショックに陥ったが,循環維持可能であった.前回手術で流入部圧上昇を認めなかったB社の人工心肺で体外循環を開始したが,圧上昇を認めたためB社の人工肺に交換した.その後は圧上昇なく体外循環を離脱できた.人工肺流入部圧上昇の原因は不明であった.本症例は異なる2社の人工肺を用いたが,原因不明の人工肺流入部圧上昇を3度も認めた稀な症例であるため,報告する.
症例は67歳男性.前医で肺癌経過観察中のCTで胸部大動脈瘤を指摘され,精査加療目的で当院紹介となった.広範囲にSevere shaggy aortaを伴う最大径68 mmの遠位弓部大動脈瘤であり,手術による脳梗塞,脊髄虚血のリスクが高いと考え,二期的ハイブリッド手術の方針とした.初回手術はbrain isolation法を用いたelephant trunkを伴う全弓部置換術を施行,術後経過は良好であり,初回手術から26日後に二期的手術として胸部大動脈ステントグラフト内挿術(TEVAR)を施行し,38日目に合併症なく独歩退院した.Shaggy aortaを伴う遠位弓部大動脈瘤に対して二期的ハイブリッド手術を施行し合併症なく治療しえた1例を報告する.
Stanford A型急性大動脈解離では,偽腔閉塞型の一部を除き,原則として人工血管置換術が選択される.一方,entryを下行大動脈に認める逆行性A型大動脈解離における手術ハイリスク症例に胸部大動脈ステントグラフト内挿術(Thoracic endovascular aortic repair, TEVAR)が検討される場合があるが,広範囲に偽腔血栓閉塞を認め明らかなentryが確認されない症例に対する有効性は明らかではない.近位下行大動脈偽腔内に限局的に造影効果を認めるStanford A型大動脈解離に対してRelayPro NBSを用いたTEVARが奏功した1例を経験したので報告する.症例は83歳女性.Stanford A型急性大動脈解離と診断されたが,上行弓部大動脈偽腔の血栓閉塞を認め,手術ハイリスク症例であるため保存加療の方針となった.しかし,入院1週間後のフォローCTで近位下行大動脈に限局的な偽腔血流と上行大動脈の拡大を認めた.明らかなentryは不明であったが近位下行大動脈の偽腔開存による上行大動脈拡大を疑い,RelayPro NBSを用いてzone 3 TEVARを施行した.周術期合併症なく術後15日後に自宅退院となった.術後2カ月に行ったCT検査にて上行大動脈の偽腔縮小を認めた.
症例は81歳男性.79歳時にB型大動脈解離に対し,ステントグラフト(SG)留置術を施行された.術後偽腔は縮小し,経過良好であった.術後2年半後に背部皮下腫瘤切除を施行され,その2週間後にMRSA敗血症をきたした.CT上SG周囲にairを伴う軟部陰影の増大を認めSG感染と診断された.SG抜去,in-situでの下行大動脈置換術の予定で臨んだが,瘤への高度肺癒着と片肺換気での酸素化維持困難のため,瘤切開,膿瘍ドレナージのみを行った.瘤内の持続洗浄とドレナージ,抗生剤投与を継続したが,感染兆候は改善せず,術後6日目に肺癒着部の動脈瘤を放置し,遠位弓部から肺門部前面を通し,腹部大動脈に吻合する非解剖学的バイパスを施行した.SGはすべて摘出し,大動脈瘤内の膿瘍,内膜を極力切除し,残存瘤内に大網を充填した.術後速やかに感染徴候は改善し,52病日に退院となった.幸い術後2年間は感染の再燃なく経過している.In-situでの下行大動脈置換が困難なステントグラフト感染に対し,本術式は外科的再建術のオプションとして有用とであると考えられる.
症例は79歳女性.嘔吐,意識消失を認め前医救急搬送.左片麻痺,意識レベル低下を認め,脳卒中を疑いCT perfusionが施行されたところ,Stanford A型急性大動脈解離に右頸動脈領域のCerebral malperfusion合併の診断となった.当院転院搬送後,ただちに上行大動脈人工血管置換術を施行した.術前CT perfusion所見より再灌流による神経学的症状の改善が予測され,神経学的合併症なく救命し得た.
症例は52歳男性.呼吸苦および全身倦怠感を自覚し前医を受診した.精査の結果,尿毒症と診断され緊急透析のために右内頸静脈より12 Frのバスキュラーアクセスカテーテル(VAカテーテル)が留置された.胸部X線検査でVAカテーテルの走行異常に気付かれ,造影CT (computed tomography) 検査が施行された.VAカテーテルが右内頸静脈を貫通後に右鎖骨下動脈を穿通し,上行大動脈内まで達していたため当院へ搬送された.全身麻酔下に両側上腕動脈の間でpull-through法を用いてGORE VIABAHNを挿入し,右鎖骨下動脈損傷を治療した.術後造影CT検査で出血がないことを確認し,術後第2病日に紹介元病院へ転院した.今回われわれは,医原性右鎖骨下動脈損傷に対してpull-through法を用いて血管内治療を行った1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
[背景]2021年にフィブリノゲン製剤の心臓血管外科手術への適応拡大は公知申請に該当すると判断されたが,日本心臓血管外科学会が行う調査によって医療現場で適正使用可能と判断が得られた後に,別途通知を受けることとなった.フィブリノゲン製剤の使用実態調査は課せられた調査の1つである.[方法]フィブリノゲン製剤の使用実態調査を,2021年12月に心臓血管外科専門医認定機構認定修練施設551施設で行い,375施設(68%)から回答を得た.[結果]フィブリノゲン製剤は375施設中98施設(26%)で使用されていた.対象となる手術は大動脈手術(胸部・胸腹部)(50%),心臓再手術(24%)が多く,術中フィブリノゲン値測定は77%で行われており,フィブリノゲン製剤使用のトリガーは,<150 mg/dl;30%,<100 mg/dl;20%,出血傾向;40%であった.一方,クリオプレシピテートが院内作成可能な施設は39施設(10%)に留まり,使用している施設は34施設(9%)であった.フィブリノゲン製剤使用申請は107施設(29%)が予定,40施設(10%)が状況をみて判断するとの回答であり,予想されるフィブリノゲン製剤の年間使用症例は10例未満;52施設,10~19例;50施設,20~49例;31施設,50~99例;12施設,100例以上;2施設であり,最大4,860例と予測できた.[結語]フィブリノゲン製剤およびクリオプレシピテートの使用実態調査を行った.術中フィブリノゲン値測定は約8割の施設が行っており,適応拡大後の年間使用症例は,最大5,000例と予測できた.クリオプレシピテートを院内調整している施設は約1割と少数であり,今後の周知と調整率の向上が望まれる.
専門医取得・維持のための症例数確保は若手心臓外科医のキャリアプランにとって重要なポイントであるが,都市部では施設が集中し症例が分散してしまう,逆に地方では施設が少ない上に医師不足もあり症例が増やせないといった地域格差が影響しているとの意見がある.現状で都市部への集中・地方の過疎はどの程度あるのか,またどの地域が過密でどの地域が過疎なのか.各医療圏の人口と心臓外科修練施設数とを比較し,心臓血管外科の地域格差を調べた.またそこから見えてきた問題点の改善策の1つとして,都市部の若手医師を過疎地域に分散することで若手のキャリアアップにつなげるプランを提案したい.