日本心臓血管外科学会雑誌
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51 巻, 6 号
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巻頭言
Editorial Comment
原著
  • 重冨 杏子, 伊藤 丈二, 小谷 真介, 田端 実
    2022 年51 巻6 号 p. 334-338
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    [目的]2021年8月1日に低リスク重度大動脈弁狭窄症(AS)患者に対する経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVR)が保険収載となり,今後さらに低リスクTAVR症例数は増加するものと予測される.外科手術リスクスコア4%未満のAS患者における患者背景とアウトカムについて検討した.[方法]2016年1月から2021年6月に当院で実施されたTAVR 463例のうち,低リスクスコア(STS-PROM score 4%未満かつEuro SCORE Ⅱ 4%未満)であるものの,なんらかの理由でTAVRが実施された69例を対象に後方視的調査を行った.[結果]69例の平均年齢は81±4.5歳で,女性36例であった.TAVRが選択された理由には,85歳以上の超高齢(14例,20%),Clinical Frailty Scale 4以上のFrailty(35例,51%)以外に,上行大動脈石灰化や放射線加療後,間質性肺炎や抗ミトコンドリア抗体関連筋炎による2型呼吸不全といった因子があった.他疾患術前や家族介護のため早期退院・回復を要する因子が6例,推定生命予後1年以上5年未満を2例に認めた.また本人やご家族の強い希望でTAVRが選択されたケースが3例あった.ICU滞在日数,TAVR後在院日数の中央値はそれぞれ,1日(1~11日),5日(3~40日)で,手術死亡は認めなかった.遠隔期の観察期間中央値は893日(36~1,834日)で,Kaplan-Meier法で1年生存率は99%,2年および3年生存率は97%であった.遠隔死亡3例の死亡原因は,敗血症性ショック1例,死因不明1例,人工弁感染性心内膜炎後感染性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血1例であった.フォローアップ期間中に大動脈弁への再介入および心不全入院はなかった.[結論]以前のTAVRの適応基準で判断されていることから,手術ハイリスク因子が含まれており患者背景は悪かったが,当院での低リスクスコアAS患者に対するTAVRの短期・中期アウトカムは良好であった.今後,TAVRの適応の一定条件が取れ低リスク患者に拡大することで,ASに対する短期・中期アウトカムは向上する可能性が示唆される.長期アウトカムについては引き続き検討を要する.

  • -手術助手を行った場合の医師との比較検討-
    齋藤 真人, 山﨑 琢磨, 田辺 友暁, 栃木 秀一, 建部 祥, 一森 悠希, 丁 毅文
    2022 年51 巻6 号 p. 339-344
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    [背景]近年,心臓血管外科周術期管理に診療看護師を導入する施設が増加しているがその成績を評価した報告は限られている.[目的]診療看護師が介入した心臓血管外科手術の周術期成績を明らかにすることで有用性の評価を行う.[方法]当院で2019年4月1日から2021年5月31日までに行われた開心術のうち第一助手を診療看護師が行った患者をNP群,第一助手を医師が行った患者をDR群として後方可視的に周術期データを調査した.患者の内訳はNP群99名,DR群109名が対象となった.[結果]両群の患者属性に有意差を認めなかった.手術時間(min)(304.4±92.7 vs. 301.4±86.8:p=0.947),30日以内死亡(n)(2 vs. 2:p=0.923),ICU滞在日数(day)(5.72±4.42 vs. 6.65±5.43:p=0.302),術後合併症発生に関しても両群に有意差を認めなかった.在院日数(day)(18.6±6.7 vs. 23.0±9.8:p<0.001),人工呼吸器管理期間(h)(19.7±22.6 vs. 28.8±50.2:p=0.047),はNP群が有意に短かった.[考察]NP群とDR群を比較すると手術成績は同等であった.医師のみで周術期管理を行う場合よりも診療看護師を加えたチームで患者管理を行うことで,人工呼吸器管理時間の短縮とそれに伴う早期離床を可能にし,在院日数が短縮したと考えられた.これにより診療看護師は医師の直接指示・監督下に手術助手を含めた周術期管理を安全に行える可能性が示唆された.

症例報告
[成人心臓]
  • 坂井 亜依, 山本 宜孝, 中堀 洋樹, 齋藤 直毅, 片桐 絢子, 上田 秀保, 木村 圭一, 飯野 賢治, 村田 明, 竹村 博文
    2022 年51 巻6 号 p. 345-349
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    心外膜ペーシングワイヤーに関連した合併症の発生率は約0.09~0.4% と報告されており,時に血管内や気管内への迷入,感染性心内膜炎や敗血症といった重篤な合併症を引き起こす.今回,心臓手術後に心嚢内に遺残した心外膜ペーシングワイヤーが肺動脈内へ迷入した症例を経験した.症例は66歳男性で,6年前に狭心症に対して冠動脈バイパス術を施行し,心外膜ぺーシングワイヤーを右室前面に縫着した.術後8日目にペーシングワイヤーの抜去を試みたが抵抗があり,皮膚直上で離断した.術後6年目にCTで偶発的にペーシングワイヤーの肺動脈内への迷入を認めたため,経カテーテル的にペーシングワイヤーを抜去した.心臓術後に心外膜ペーシングワイヤーが心嚢内に遺残した場合には定期的な画像フォローを行い,関連する合併症の発生に注意が必要である.

  • 森 陽太郎, 髙島 範之, 三輪 駿太, 松林 優児, 南舘 直志, 榎本 匡秀, 神谷 賢一, 鈴木 友彰
    2022 年51 巻6 号 p. 350-353
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は72歳女性,心雑音を指摘され,大動脈弁狭窄症と診断された.中等症のため経過観察されていたが重症ASに進行し,労作時呼吸苦も出現してきたため,手術適応と判断され当科紹介となった.手術は外科的大動脈弁置換術を施行した.術中大動脈を切開すると,大動脈弁弁尖,大動脈内膜,僧帽弁前尖左室側の石灰化に一致するように黒色色素沈着を認めた.生体弁INSPIRIS (Edwards Lifesciences LLC, Irvine, USA)21 mmを留置し,手術は問題なく終了した.手術所見より先天性疾患や結合組織疾患を疑い,病歴,身体所見を再度聴取しなおし,文献検索を行った結果アルカプトン尿症が最も疑われた.確定診断のため術後に尿中有機酸スクリーニング検査を行い,確定診断に至った.アルカプトン尿症の発生率は25万から100万人に1人と推定されおり,きわめて稀な疾患である.チロシン代謝経路のうちホモゲンチジン酸(HGA)をマレイルアセト酢酸へと代謝するHGA-1,2- ジオキシゲナーゼが遺伝的に欠損することにより活性が低下し,HGAが体内に蓄積し,組織に沈着する常染色体潜性遺伝の遺伝形式を示す先天性代謝異常症の1つである.文献的考察をふまえてここに報告する.

  • 高柳 涼, 鈴木 正人, 渡邊 隼, 大堀 俊介, 鈴木 亮, 森本 清貴, 横山 秀雄, 伊藤 寿朗
    2022 年51 巻6 号 p. 354-358
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は76歳の女性.大動脈弁置換術+僧帽弁交連切開術(39年前),再大動脈弁置換術+僧帽弁置換術(28年前)の既往がある.労作時息切れと下肢浮腫を主訴に来院され,同時に黄疸を伴う溶血性貧血も認められた.心エコー検査で大動脈弁,僧帽弁の弁周囲逆流,大動脈弁輪部に大動脈から左房へ吹く血流が認められた.弁周囲逆流による心不全,溶血性貧血と診断し,3度目の弁置換術の方針とした.術中所見では,大動脈弁を除去するとaorto-mitral fibrous continuity(AMFC)の大半が高度に石灰化し穿孔も認められたため,人工弁の再縫着は困難と判断しCommando手術を選択した.無冠尖と左冠尖の交連部に向かって大動脈切開を延長し,左房天井まで切開を拡大した.僧帽弁を除去し,後尖の弁輪をウシ心膜パッチで形成して新たな僧帽弁を縫着した.舟形に形成したウシ心膜パッチをAMFCに相当する僧帽弁輪に縫着した.一方のパッチで左房天井を閉鎖したあと,大動脈弁を縫着した.もう一方のパッチを利用して大動脈切開部を閉鎖した.術後経過は良好であり,心エコー検査で弁周囲逆流などは認めなかった.

[大血管]
  • 後藤 新之介, 三岡 博, 中井 真尚, 鈴木 貫大, 川口 信司, 内山 大輔, 宮野 雄太, 山田 宗明, 寺井 泰彦, 野村 亮太
    2022 年51 巻6 号 p. 359-362
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は56歳女性.偽腔開存型A型解離にて上行大動脈置換術を施行7年後,CTにて解離性弓部大動脈瘤拡大(55 mm)を呈し手術適応と判断された.右鎖骨下動脈起始異常(aberrant right subclavian artery, ARSA)を合併しており,同部位の安全な処理方法について検討を行い両側腋窩動脈への弓部分枝再建を用いたオープンステントでの弓部置換を行う方針とした.手術は,まず両側腋窩動脈へ7 mm人工血管J-graftを吻合し,右腋窩動脈と大腿動脈からの送血,大腿静脈からの脱血で体外循環を確立し開胸後に右房脱血を追加しtotal flowとしcentral coolingを開始した.咽頭温19度にて循環停止とした.左鎖骨下動脈の中枢側で大動脈を離断し,左鎖骨下動脈は中枢側で結紮.左総頸動脈・左鎖骨下動脈間で大動脈吻合口を形成しオープンステントを挿入し,大動脈の外周にフェルト短冊を用いて断端形成を行いJ-graft 22 mm 4分枝管を用いて末梢側大動脈吻合を施行した.大動脈中枢吻合後,大動脈遮断解除を行い,左総頸動脈,腕頭動脈,左右腋窩動脈を順次再建した.術当日抜管し術後合併症なく経過した.術後造影CTにて起始異常の右鎖骨下動脈からのType II endoleakを確認したため,術後11日目に右鎖骨下動脈起始異常部の塞栓術を施行した.術後Follow up CTにて弓部大動脈瘤の縮小を確認した.ARSAを伴う弓部大動脈瘤に対する手術においてオープンステントを用いた弓部大動脈手術は有用な術式と考えられた.

  • 大原 勝人, 鈴木 俊也, 芹澤 玄, 関根 祐樹
    2022 年51 巻6 号 p. 363-367
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は61歳の男性.トラックの荷台で作業中に転落し,腹部を打撲した.直後から両下肢の脱力および腰痛を認め,当院に救急搬送となった.腹部所見より外傷性腹部大動脈瘤破裂による急性下肢動脈閉塞と診断した.発症から3時間半で人工血管置換術を行った.血流再開後(発症6時間半)も虚血再灌流障害やコンパートメント症候群の所見はみられず,両下肢の血流も良好であった.左下肢遠位のしびれと筋力低下が軽度残存したものの,術後経過は良好で9病日に自宅退院した.

[末梢血管]
  • 梅田 璃子, 中島 智博, 伊庭 裕, 保坂 到, 大川 陽史, 安田 尚美, 柴田 豪, 川原田 修義
    2022 年51 巻6 号 p. 368-371
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は88歳男性.右腎盂癌に対し腹腔鏡下右腎尿管摘除術後に,誤嚥性肺炎と敗血症を発症した.中心静脈栄養のために,右内頸静脈から外径12Gの中心静脈カテーテル(CVC: Central Venous Catheter)が留置された.翌日,点滴接続の際に拍動性の逆血を認め,造影CTにて右内頸静脈から挿入されたCVCが右鎖骨下動脈に穿通し,CVC先端は上行大動脈内に達していた.圧迫止血,経皮的止血デバイスによる止血.直視下止血,血管内治療を対応として検討したが,われわれは血管内治療を選択した.全身麻酔下に右腋窩動脈アプローチで末梢用ステントグラフトGORE® VIABAHN® VBXを留置し,周術期に合併症を認めずに経過した.CVC留置に伴う動脈挿入を起こした際には血管外科医へのコンサルテーションが推奨され,治療方針に関する明確な指針は存在しない.動脈穿通部位,血管走行,年齢や合併症,全身状態などを考慮し,十分な検討をした上で適切に治療法を決定できたと考えられる.

  • 眞鍋 嘉一郎, 川尻 英長, 小林 卓馬, 沼田 智, 神田 圭一, 夜久 均
    2022 年51 巻6 号 p. 372-375
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    症例は89歳男性.右大腿内側拍動性腫瘤を主訴に来院し,CTで右大腿深動脈瘤(DFAA)を指摘された.高齢でclinical frailty scale scoreは6(moderately frail)であり,既往歴として慢性閉塞性肺疾患があった.そのため侵襲度を考慮して外科的血行再建術や瘤結紮切除術ではなく,血管内治療を選択した.小口径ステントグラフトによる血行再建術は中枢側のlanding zoneが十分に得られないために,瘤中枢側結紮術と末梢側コイル塞栓術を組み合わせたhybrid治療を行った.術後経過は良好であり,CTではDFAAは描出されていない.

各分野の進捗状況(2021年)
第52回日本心臓血管外科学会学術総会 卒後教育セミナー
  • 野村 耕司
    2022 年51 巻6 号 p. i-vi
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    小児の冠動脈疾患には,①冠動脈開口部の異常,②冠動脈起始部と走行形態の異常,③冠動脈本幹の異常,④冠動脈終末端の異常,の4種類がある.このうち小児期に外科的介入を要する6疾患について述べる.具体的には,①開口部異常を伴う1疾患,大動脈弁上狭窄症に伴う左冠動脈狭窄,②起始部異常を伴う3疾患(左冠動脈肺動脈起始症,完全大血管転位症,先天性冠動脈起始異常症),③本幹の異常を伴う1疾患(川崎病罹患後の冠動脈瘤),④終末端の異常を伴う1疾患(冠動静脈瘻),についてそれぞれ術式を含めて述べる.

  • 和田 賢二, 高梨 秀一郎
    2022 年51 巻6 号 p. vii-xi
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    冠動脈バイパス手術の端側吻合と一概に言ってもたくさんのステップがある.冠動脈病変の評価,吻合部位やグラフトの選択,グラフト採取方法,グラフト走行の決定,人工心肺の有無,そして吻合方法.吻合方法には,視野展開,実際の吻合部位の決定,冠動脈剥離,冠動脈切開,虚血の回避,視野の確保,グラフトの長さ・走行の決定,グラフトのトリミングそして運針方法と,1つの冠動脈端側吻合でも多くのエッセンスが詰まっている.昨今ではFAME 3 trialが示したように,MACCEの1年発生率はFPRガイド下PCT群10.6%,CABG群6.9%で(HR 1.5,90%Cl: 1.1~2.2)であり,冠動脈多枝病においてCABGはFFRガイド下の第2世代DESに勝るMACCEの成績をあげている1).ますます確実に安定したCABGの技術が求められる時代になってきている.実際の吻合中に陥る困難な場面でのbailoutを克服してこそ,初めて安定したCABGの技術と言える.今回はいくつかの想定されうる実際の吻合中に陥る困難な場面について解説していく.

  • 松宮 護郎
    2022 年51 巻6 号 p. xii-xvii
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    大動脈弁位活動性心内膜炎では,弁輪から周囲に感染が波及し弁輪周囲膿瘍や仮性瘤,心腔への瘻孔形成などの多彩な病態を呈することが多く,高度心不全や臓器障害をきたす前に手術を施行することが重要である.外科治療においては,十分な感染巣や壊死組織のデブリードメントの後に弁輪や周囲組織を再建する.多くの場合は基部置換術を施行する必要があり,弁の選択にはホモグラフト,ステントレス弁,compositeグラフト,ロス手術などがあるが,その優劣についてはいまだに議論がある.

  • 南方 謙二
    2022 年51 巻6 号 p. xviii-xxv
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー
  • 岡田 健次
    2022 年51 巻6 号 p. xxvi-xxx
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー
  • 宿澤 孝太, 大木 隆生
    2022 年51 巻6 号 p. xxxi-xxxv
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー
  • 山岸 敬幸
    2022 年51 巻6 号 p. xxxvi-xl
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー
  • 竹村 博文
    2022 年51 巻6 号 p. xli-l
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー
  • 小宮 達彦
    2022 年51 巻6 号 p. li-liii
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    経験の少ない術者が,僧帽弁置換術を安全確実に行うための,基本的解剖,特に弁輪構造について解説し,手術手技については,具体的な運針方法を説明した.手術を正しく理解して実践することで,人工弁手術合併症の発生を防ぐことができる.

  • 森田 紀代造
    2022 年51 巻6 号 p. liv-lxviii
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    現在までに臨床導入された心筋保護法には多くの組成・方式があるがいずれも有効性や安全性に遜色なく,その選択は理論的特徴や基礎臨床研究よりもむしろ施設や術者の好みに委ねられてきた.このため心筋保護はすでに確立した術中手段としてその基礎理論の重要性や臨床的な検証が軽視される傾向にある.しかし現代の心臓外科においては手術適応拡大による重症例や拡大手術症例の増加,MICSの導入や修練外科医の教育などを背景に,予期しない長時間心停止あるいは心筋保護灌流不均衡など想定外の事態において,心筋保護法が生死をわける事態をまねくことも稀でない.また最近ではさまざまな心筋保護に関する前向きランダム化比較試験randomized controlled trial(RCT)が報告されるようになり不十分ながら客観的検証に基づくエビデンスがようやく構築されつつある.このため心臓血管外科医にとって学術的意義のみならず医療安全の観点からも心筋保護理論の習熟と最新情報の周知はきわめて重要であることが再認識されるにいたった.現在開心術のための臨床的心筋保護法とは,心筋保護液組成crystalloid/blood cardioplegia,心筋保護液温度cold/warm/tepid, 投与方式continuous/intermittent(multidose)/single dose,投与経路antegrade/retrograde deliveryなどさまざまな要素によって構成されるハートチーム全体で連携すべき総合的補助手段である.本稿では代表的な心筋保護法についてその適正な選択のための基礎的理論と臨床成績を概説するとともに,Del Nido cardioplegia,Microplegiaなど新たな心筋保護戦略,比較臨床研究結果などの最新の臨床知見を紹介する.

  • 内田 徹郎
    2022 年51 巻6 号 p. lxix-lxxvi
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    胸部大動脈とくに弓部大動脈の手術では,脳合併症を予防するため,安全かつ確実な術中の脳保護が不可欠である.体外循環を使用した弓部大動脈手術の脳保護法として,弓部分枝に循環用のカニューレを挿入して脳灌流を行う選択的順行性脳灌流法(selective antegrade cerebral perfusion: SCP),脳はじめ全身を18~20℃まで冷却する低体温循環停止法(hypothermic circulatory arrest: HCA),HCA下に上大静脈から脳灌流を行う逆行性脳灌流法(retrograde cerebral perfusion: RCP)がある.SCPは,至適灌流条件に関するさまざまな歴史的変遷を経て,生理的で時間的制限の少ない,比較的安全な脳保護法として,わが国で最も汎用されている.脳血流の自己調節機能が期待できる灌流圧下限の40~60 mmHg,灌流量9~12 ml/kg/min,さらに最近は25~28℃の中等度低体温下のSCPによる弓部置換術を採用する施設が多い.HCAは,超低体温下の酸素消費量減少による脳保護効果を基本とする.特別な体外循環回路や脳循環カニューレを必要としないため,簡便で術野はシンプルだが,適切な脳保護には厳しい時間的制約がある.RCPは,HCAの最大の問題である脳虚血の時間的制約を延長し得る脳保護法として導入された.しかし,さまざまな基礎的,臨床的研究の結果,RCPはSCPに比較して,必要な脳灌流を担保することが困難とされた.現在のRCPの位置付けは,短時間のHCAにおける補完的脳保護作用と弓部分枝内に落下した粥腫や血栓の逆行性排出に有効な脳保護法として用いられている.最適な脳保護法の選択と同様に,脳塞栓症の原因となる塞栓源を弓部分枝に飛散させないための対策も重要であり,カニューレの選択,挿入部位および遮断部位を適切に判断する必要がある.とくにshaggy aortaでは,粥種塞栓による脳梗塞のリスクが高いため,SCPを確立した後に体循環を開始するbrain isolation法が行われる.また手術中の脳虚血性変化を早期に検出すべく,近赤外線による脳内局所酸素飽和度がモニタリングされている.世界をリードするわが国の良好な弓部大動脈手術の成績は,適切な脳保護法のもとに手術が施行されていることに他ならない.さまざまな時代背景で変遷と改良を重ね,進歩してきた各種脳保護法の優劣を単純に論ずるのではなく,それぞれの優位性と限界を十分に認識した上で,病態に応じた各脳保護手段を適切に使い分けることが重要と考える.

  • 墨 誠
    2022 年51 巻6 号 p. lxxvii-lxxxii
    発行日: 2022/11/15
    公開日: 2022/11/30
    ジャーナル フリー

    食生活の欧米化と高齢化に伴って高齢者の末梢動脈疾患(PAD)は増加している.PADの治療は血管内治療(EVT)の急速な進歩に伴い,バイパス術などの外科的血行再建術よりEVTが行われる機会が多くなってきた1).EVTのみで完遂する場合もあるが,総大腿動脈を含む腸骨動脈病変や複合病変の場合,ハイブリッド治療が必要な場合も多い.ハイブリッド治療を行うことで低侵襲治療となり,合併症の低減や手術時間短縮になる可能性がある.今回,PADに対するハイブリッド治療に関して解説する.なお,ESC/ESVS2017のガイドラインを受け,日本循環器学会/日本血管外科学会合同ガイドラインとして末梢動脈疾患ガイドラインが2022年改定され,下肢閉塞性動脈疾患はlower extremity artery disease(LEAD)と称し,上肢閉塞性動脈疾患はupper extremity artery disease(UEAD)と称することなった2).本稿では,主にLEADに関しての内容だが,まだ馴染みが薄いと判断しPAD(LEAD)と併記させていただく.

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