[背景]破裂性腹部大動脈瘤の外科治療における開腹手術とステントグラフト内挿術(EVAR)の無作為比較試験であるIMPROVE trialでは,早期ADL回復においてEVARの優位性が報告された.[目的]解剖学的適合症例は,基本的にEVARを第一選択とする当施設の破裂性腹部大動脈瘤の治療方針を後方視的に検討した.[対象と方法]2013年1月から2020年12月までの8年間に緊急手術を施行した破裂性腹部大動脈瘤35例を開腹手術群(O群)17例とEVAR群(E群)18例に分け,手術成績を比較検討した.平均年齢はO群76.2±8.6歳,E群78.8±6.5歳[p=0.319],男性は開腹群15例(88.2%),EVAR群15例(83.3%)[p=0.679]であった.開腹手術を選択した理由は,ショートネックやアクセス不良等の解剖学的理由が14例(82.4%)であった.[結果]E群に病院死亡はなかったが,O群では5例(29.4%)に死亡を認めた[p=0.013].死亡例はいずれもEVAR困難な解剖学的形態ゆえ開腹手術を選択した症例であった.遠隔期の大動脈関連死亡は,急性A型解離を発症したE群の1例に認めた.[結論]破裂性腹部大動脈瘤に対するEVAR first-line strategyに基づいた外科治療はおおむね許容しうる成績であった.一方,破裂性腹部大動脈瘤の約半数はEVAR困難な解剖学的形態を呈するため,EVAR時代においても開腹手術の重要性は揺るがないと考える.
症例は1歳3カ月,7.9 kg,女児,肺動脈閉鎖-心室中隔欠損(PA-VSD)に対して,25生日にcentral shuntを施行した.肺動脈発育不良であることから11カ月時にpalliative Rastelli operationであるRV-PA conduit(10 mm ePTFE valved conduit)吻合のみを施行した.術後の呼吸・循環動態は安定していたが,術後8日目に正中創から排膿があり緑膿菌を検出した.造影CTでは縦隔および導管周囲にlow density areaが存在しており,術後縦隔洞炎と判断し術後10日目にデブリードメント・局所陰圧療法を開始した.局所陰圧療法開始1カ月後,創部培養陰性および炎症反応正常化を確認し胸骨を閉鎖した.抗生剤投与終了後,血液培養陰性を確認し自宅退院となったが,10日後に40°Cの発熱のため再入院となった.造影CTでは縦隔洞炎および吻合部破綻の所見はなく,エコー上もconduit内に疣贅等はなかった.抗生剤の投与を継続しながら様子観察したところ,再入院2カ月後のCTでRV-PA conduit中枢側仮性瘤を認め翌日緊急手術となった.手術は右総頸動脈・内頸静脈を用いて人工心肺を確立,電気的誘発心室細動下にRV-PA conduit交換(12 mm ePTFE valved conduit),二期的胸骨閉鎖とした.術中組織培養は陰性であり,6日後に大網充填・胸骨閉鎖を施行した.抗生剤投与終了後も発熱・炎症反応再上昇がないことを確認し自宅退院となった.現在大網充填後15カ月経過しているが,感染徴候の再燃なく外来経過観察中である.
本邦では稀な刺傷による鋭的心臓損傷を2例経験したので報告する.2症例とも刃物による胸部の自傷行為による外傷で救急搬送された.症例1は66歳女性,胸腹部に多発する刺傷を認め,JCS300,ショックバイタルを呈していた.CTで肝損傷,左内胸動脈損傷の他,左室前壁損傷が疑われたため緊急手術を施行した.左室前壁に心腔に達する損傷を認め,フェルトプレジェットを併用した縫合閉鎖と組織接着剤で修復した.術後1日目には抜管でき,神経学的異常所見も認めなかった.術後11日目のCT検査で冠動脈損傷や仮性瘤の形成は認めず,術後12日目に精神科専門病院へ転院となった.症例2は88歳男性,前胸部に2 cm長の刺傷を認め,CTで急性期出血を疑う心嚢液貯留があり,心臓損傷が疑われた.しかし心腔からの造影剤漏出はなく,意識清明で状態が安定していたことから,心膜損傷と判断して保存的治療を選択した.約12時間後のCT検査で心嚢液はすでに減少していた.その後も再貯留なく経過し,11病日の心臓超音波検査で心嚢液は右室側に少量のみとなった.18病日に精神科専門病院へ転院となった.
症例は81歳,男性.非弁膜症性心房細動に対し,左心耳閉鎖デバイスを用いた経皮的左心耳閉鎖術を施行された.左心耳でデバイスを展開した直後に心タンポナーデによるショック状態となったため,経皮的心肺補助装置を導入し心嚢ドレナージ術を施行された.しかし,持続的出血のため止血困難と判断し緊急開心術を行った.左心耳よりデバイスの一部が露出し損傷していたため左心耳切除術を施行し,さらに経中隔アプローチで左房内から左心耳の縫合閉鎖を追加し確実な止血を得て救命に至った.デバイスを用いた経皮的左心耳閉鎖術による合併症の発生率はかなり低率ではあるが,合併症が発生した場合に備えてハートチームによる迅速な対応をできる体制を確保しておくことが重要である.
症例は50歳,男性.13年前よりヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染に対して抗HIV治療を開始した.9カ月前に胸痛を認め急性心筋梗塞の診断で,#6に経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行されるも服薬を自己中断していた.7カ月前に再度胸痛が発症し,緊急の冠動脈造影検査で前回のステント内に血栓を認め,PCIが施行された.残存病変に対するPCI時にアナフィラキシーショックを伴う造影剤アレルギーを認め治療をいったん中止した.ステロイドの前投与および造影剤の変更も行いPCIを試みたがアナフィラキシーショックを認めたためPCIを断念し,冠動脈病変も3枝病変に進行したことから手術適応とされた.術前の頭部MRI検査ではHIV感染症関連血管障害に伴う重度の脳血管障害を認めたため,心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)を施行した.術後脳血管障害・細菌感染等の合併なく術後10日目に転院となった.HIV感染症関連血管障害に伴う重度の脳血管障害を有する患者に対してOPCABを施行し,術後脳血管障害・細菌感染等の合併・後天性免疫不全症候群の発症等なく良好な成績を得られた症例を経験したので報告する.
症例は67歳女性,15年前に骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndromes : MDS), Tolosa-Hunt症候群にてステロイド内服中に縦隔膿瘍を発症し左開胸ドレナージを施行した.術後創部は潰瘍形成し壊死性膿皮症と診断された.ヨウ化カリウム投与とステロイドパルスを施行し約3カ月後,瘢痕を残し上皮化した.2年前より心不全症状を認め,重症大動脈弁閉鎖不全症と診断された.手術適応と考えられたが,感染,皮膚症状を含めた合併症のリスクが高いと判断し経過観察されていた.しかし心不全症状が悪化し右小開胸によるMICS-AVRを施行した.術後経過は良好で術当日抜管し,合併症なく術後12日目に自宅退院した.縦隔炎,創部合併症のリスクが高い症例に対して右小開胸によるアプローチは有用であると考えられた.
永久気管瘻を有する症例に対しての胸骨正中切開による開心術は,縦隔炎を主とした術後感染の観点から避けられることが多い.また連合弁膜症に対しての胸骨部分切開による手術報告も散見されている.今回胸骨逆L字切開により切開創上縁と永久気管孔との距離をとり,大動脈弁置換術,僧帽弁置換術,三尖弁輪形成術を施行し得た症例を経験したため報告する.
症例は45歳男性,40歳時に僧帽弁形成術および冠動脈バイパス術が施行された.術後にMRSE敗血症を合併したが,抗菌薬投与ですみやかに炎症所見は改善し退院した.外来経過観察中,炎症の再燃は認めなかったが,徐々に僧帽弁狭窄が進行し,術後4.5年頃から労作時息切れも出現した.再手術が検討されていたが,術後4.7年目に脳梗塞を発症した.心原性脳梗塞症を疑い,精査を施行したが明らかな塞栓源は指摘できなかった.その後の4カ月間に2回脳梗塞を発症し,再検した経食道心エコーで僧帽弁位人工弁輪に疣贅を疑う所見を認めた.炎症所見は乏しかったが,血液培養検査でMRSEが検出され僧帽弁形成術時に検出された菌と同一株の可能性があった.以上より人工弁輪感染と診断し,再手術を施行した.再手術所見では人工弁輪は3カ所の疣贅部分以外は厚い仮性内膜に完全に被覆され,それに連続するパンヌスの増生により僧帽弁口の狭小化を認めた.3カ所の疣贅は人工弁輪を縫着した縫合糸に付着していた.手術は人工弁輪を除去後,機械弁による僧帽弁置換術,三尖弁輪縫縮術を施行した.術後は長期間抗菌薬投与を行い,感染の再燃,脳梗塞の発症は認めていない.本症例は初回僧帽弁形成術周術期に発生した人工弁輪感染後の慢性感染の1例と考えられた.
症例は77歳女性.これまで5度のpercutaneous coronary intervention(PCI)を施行されている.運動耐用能の低下を認め心臓超音波検査を行ったところ,severe aortic stenosis(AS)が増悪傾向にあり心不全の悪化を認めた.ステロイドユーザーでもあり,ハートチームで症例検討を行ったところ,ハイリスク症例であることからpercutaneous cardiopulmonary support(PCPS)使用下で経大腿(TF)-transcatheter aortic valve implantation(TAVI)を行う方針とした.PCPSの送血管は右鎖骨下動脈に留置し,脱血路は左大腿静脈に留置した.送血開始後に送血圧の上昇を認め,経食道超音波(TEE)で確認すると右腕頭動脈解離を起源とする逆行性Stanford A型大動脈解離を認めた.これまでハートチームでTAVI中の合併症に対するシミュレーションを重ねており,チーム内でイメージが共有できていたため,経心尖(TA)-TAVI conversionを即座に判断し,かつTAルートを使用しエントリー閉鎖を施行した.術後は大きな問題なく経過し,現在外来で経過観察中である.合併症に対するシミュレーションをチーム全体で重ねることで,スムーズかつ安全にトラブルシューティングを行うことが可能である.
症例は64歳男性,右下腿の疼痛と運動麻痺が出現し,右下肢急性動脈閉塞症の診断で当院紹介となった.造影CTで右膝窩動脈以下の完全閉塞所見と,近位下行大動脈に結節状の血栓を認めた.心房細動を認めていたが,血液検査では凝固系異常を来しうる基礎疾患は認めなかった.血栓塞栓症再発の危険性があったため,大腿動脈-大腿静脈バイパス(F-F bypass)による部分体外循環,内視鏡補助下に約10 cmの左第5肋間小開胸で近位下行大動脈内血栓摘出術を施行した.病理所見で血栓と確定診断され,同時に採取した大動脈壁の内膜にアテローム変性を認めた.術後は合併症なく経過し,義肢を作製し自宅退院となった.直接経口抗凝固薬(アピキサバン)と抗血小板薬(アスピリン)を継続し,術後2年間再発なく経過している.
症例は70歳,男性.主訴は胸背部痛,腹痛,両下肢痛.来院後の臨床症状経過・造影CT所見から腸管・下肢・脊髄虚血を伴う急性A型大動脈解離と診断した.上行大動脈の偽腔は血栓閉塞しており,entryは近位下行大動脈に認め,明らかなre-entryは認めなかった.胸部下行大動脈から腹部大動脈にかけて真腔は高度に狭小化,腹腔動脈,上腸間膜動脈は狭小化した真腔から分枝,多数の肋間動脈は部分血栓化した偽腔から分枝していた.人工血管置換術によるentry閉鎖では偽腔灌流が低下し肋間動脈の血流が低下してしまうこと,腸管虚血評価も必要であったため,開腹での腹部大動脈開窓術を行った.術後造影CTで真腔拡大と偽腔の良好な血流を認め,臨床症状も改善を認めた.術後経過は良好で術後30日に退院した.急性A型大動脈解離に対してはentry切除を行う人工血管置換術が第一選択だが,上行大動脈が保存加療可能であり多臓器のmalperfusionを伴う場合,外科的開窓術は有用な治療選択肢であると考えられた.
症例は76歳男性.発熱,咳嗽を主訴に前医を受診した.唾液PCR検査によりCOVID-19肺炎と診断され,自宅療養中に酸素化悪化があり当院入院となった.単純CT検査でCOVID-19に特徴的な両側胸膜下優位のすりガラス影に加え,偶発的に上行大動脈瘤を指摘された.呼吸状態の悪化を認めており,COVID-19の治療を優先することとした.酸素吸入が必要であったが人工呼吸管理は要さず3週間で自宅退院となった.その後器質化肺炎にて再入院し,ステロイド加療を行った.退院後労作時呼吸困難の残存はあったが呼吸機能検査はDLCO低値を除き正常であった.COVID-19治癒後より8週間後に上行大動脈瘤に対し上行大動脈人工血管置換術を行った.呼吸状態の悪化は認めず,合併症なく退院となった.COVID-19治癒後患者において予定開心術の至適時期は不明である.COVID-19治癒後8週間で開心術を行い呼吸状態の悪化なく良好な転帰を得た症例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
症例は41歳,Marfan症候群の男性.36歳時に急性大動脈解離(DeBakey I型)に対して大動脈基部置換術と弓部大動脈人工血管置換術を施行された.5年後に,下行大動脈に残存する解離性大動脈瘤が拡大傾向となり治療目的に当科に紹介された.下行大動脈のエントリー閉鎖目的にステントグラフト治療を行ったが,術後15日目に突然の背部痛が出現し,CT検査にて偽腔拡大所見を認め,切迫破裂と診断した.緊急で胸腹部大動脈人工血管置換術を施行し,術後は対麻痺なく経過良好であった.その後のCT検査にて肋間動脈からのtype IIエンドリークによる瘤径拡大を認め,原因と思われた肋間動脈のコイル塞栓とn-butyl-2-cyanoacrylate(NBCA)の瘤内注入療法を行い,最終的には瘤内の完全な血栓化が得られた.A型解離の術後やB型解離慢性期の残存解離の瘤化に対する治療方針については議論のあるところであり,症例ごとに最適な治療方針の検討が必要である.エントリー閉鎖後は本症例のように残存する開存偽腔からの吹き上げ血流により,瘤径が急速に拡大する可能性があり,より瘤径の大きい症例やステントグラフト留置部位より末梢にエントリーが残存する症例では,エントリー閉鎖後の厳重な経過観察と状況によって早期追加治療が必要であると考えられた.
症例は60歳,男性.当院で偶然施行したCTにて35 mm大の嚢状の左鎖骨下動脈瘤を指摘され,当科紹介となった.身体所見として多数の神経線維腫とカフェ・オレ斑を認め,また同胞内発症もあることからvon Recklinghausen病(vR病)と診断した.鎖骨下動脈瘤については胸骨正中切開で開胸し,上行大動脈から大伏在静脈を用いて左腋窩動脈にバイパスし,瘤に流入する血管をすべて結紮した.vR病には血管病変を合併することが知られているが,孤立性鎖骨下動脈瘤は稀である.破裂した際の救命率は低く,背景にvR病による血管の脆弱性があることから,早期に診断・手術することが重要である.