[背景]近年,各国において医師の労働環境調査が実施され,労働環境と医師の精神衛生状態,そして,こうした環境で生み出された医療の質について検討が行われている.若手心臓血管外科医の労働環境について,詳細なアンケート調査と解析を行い,労働環境改善のためのKey factorを探った.[方法]本アンケート調査は,満40歳以下の若手心臓血管外科医を対象に,労働環境について筆記型アンケートおよびWeb入力型アンケートを行い,修練状況および労働状況の調査(手術業務,周術期業務,労働睡眠時間,資格の申請や更新,将来展望とMotivation,給与,休暇,PrivateのQuality of life,精神衛生)と,労働環境に対する満足度調査を行った.労働環境に関する基礎的16項目(年齢,卒後年数,性別,Subspecialty,外科専門医,心臓血管外科専門医,所属施設,所属施設勤務日数・当直数,所属病院外の勤務日数・当直数,年収,時間外労働時間,時間外申請時間,申請時間との差,ICU専従医によるICU管理の有無)をもとに,労働環境への不満に対する単変量解析,多変量解析を行った.[結果]対象会員1,304人から計327件の回答が得られ,回答率は25.1%であった.回答者の平均卒後年数は8.5±3.5年,男性292人(89.3%),女性34人(10.4%),非回答1人であった.満足度調査ですべての回答に不満がない者は全回答者の14.2%に留まった.一方,満足の回答は,手術業務の項目で最多であった(34.6%).多変量解析において,労働環境のいずれかの不満項目に対して,年齢の増加,卒後年数の増加,女性,外科専門医,血管外科専門,大学病院勤務,所属施設勤務日数の増加,所属病院外の勤務日数の増加,時間外労働時間の増加は有意に不満に寄与する因子であり,年収の増加,心臓血管外科専門医,ICU専従医によるICU管理であることは有意に不満抑制的な因子であった.[結語]本アンケート調査結果の解析より,若手心臓血管外科医の労働環境において,不満に寄与する因子が特定された.医療の質の観点からは,医師への過剰負担を減らすことが望まれ,心臓血管外科領域の重症患者を安全に診療する枠組みとしては,心臓血管外科内および集中治療医や他職種とのInterdisciplinary teamの構築が期待される.労働環境の中で相関し合う心臓血管外科医療の享受者(患者)および提供者の実態把握には,満足度および自己研鑽としての対価,医療の質の定量評価を含めた多面的な解析が,今後望まれる.
Loeys-Dietz症候群(LDS)はMarfan症候群(MFS)よりも若年で大動脈瘤や大動脈解離を発症することが臨床的に問題となる.今回われわれは,大動脈基部置換術7年後に弓部大動脈瘤を生じたLDSの1例を経験したので報告する.症例は14歳女性.7歳時,大動脈弁輪拡張症,上行大動脈瘤に対しFreestyle弁による大動脈基部置換+上行大動脈人工血管置換を施行された.その後TGFBR 1,Exon 9,R487 Qの変異が同定され,Loeys-Dietz症候群と確定診断された.14歳時,弓部大動脈に最大短径70 mmの大動脈瘤を認め再手術の方針とされた.瘤は上行大動脈人工血管遠位から左内頸動脈起始部に至る弓部大動脈瘤であった.左総頸動脈と左鎖骨下動脈の間で遠位側の断端形成を行い,Jグラフト20 mm 4分枝付きを用いて腕頭動脈と左内頸動脈を再建する部分弓部置換術を施行した.術後は有意な合併症なく経過し,2年経過で新たな瘤形成なく経過観察中である.LDSに対する外科治療介入後は,残存大動脈にも新たな病変が生じ得るため,厳密な経過観察が必要であると考えられた.
症例は46歳の男性で,幼少時より心室中隔欠損症(VSD)を指摘されていた.発熱,全身倦怠感を主訴に入院,心エコー検査で,大動脈弁,僧帽弁,肺動脈弁にそれぞれ10 mm以上の可動性を有する疣贅を認め,高度僧帽弁閉鎖不全症,中等度大動脈弁閉鎖不全症および肺動脈弁閉鎖不全症を認めた.緊急手術にて,大動脈弁置換術,僧帽弁置換術,VSD閉鎖術,グルタールアルデヒド処理自己心膜による肺動脈弁形成術を施行した.感染性心内膜炎は通常1つの弁に感染巣を形成する場合が多く,3弁以上に感染が波及することは比較的稀である.また3弁に及ぶ感染性心内膜炎で,大動脈弁,僧帽弁,肺動脈弁に感染をきたすものは少ない.また両心系に及ぶ感染性心内膜炎は心内シャントを有する先天性疾患患者に多く,本症例でもsubarterial-infundibular型心室中隔欠損症があり,欠損孔を通じて感染の拡大が考えられた.早期の外科的介入が感染と心不全コントロールに有用であった.
人工弁置換術後の人工弁感染(Prosthetic Valve Endocarditis:以下PVE)は重篤な合併症であり手術のタイミング,術式の選択に難渋することが多い.今回,大動脈基部置換(Aortic Root Replacement:以下ARR)後のPVE症例に対して,疣贅除去が奏功し良好な結果を得た1例を経験したので報告する.症例は58歳男性.2013年3月に大動脈基部拡張症に対して,ARRを施行した.同年12月中旬,歯科治療後から発熱が継続し,炎症反応の上昇を認めたため入院加療となった.その後一旦炎症は沈静化したが再燃した.血液培養でStreptococcus agalactiaeを検出,経食道心臓超音波で人工弁に付着する疣贅を認めPVEと診断した.その後,諸臓器への塞栓症と感染コントロールが困難となり,2014年1月に準緊急手術を行った.術中所見で弁輪部膿瘍や人工弁縫着部位への感染の波及は認めなかったため,疣贅切除のみを施行した.術後抗生剤治療を継続し,術後3年を経過した現在も感染の再燃を認めていない.AAR後のPVEに対する治療方針につき文献的考察を加え報告する.
症例は75歳男性.73歳時に大動脈弁狭窄症と上行大動脈瘤に対して大動脈弁置換術(生体弁)および上行大動脈置換術を施行した.1週間前からの発熱を主訴に来院し,血液培養にてStreptococcus bovisが検出され,心エコーで人工弁尖に小さな疣贅を認めた.抗生物質治療をすぐに開始したが,上腸間膜動脈塞栓症を発症した.絶飲食管理で症状が消失したため,腸管手術はせずに経過観察することになった.この時点で人工弁尖の疣贅は消失したため,抗生物質治療を継続した.しかし,その後再び人工弁尖に疣贅が出現した.塞栓症再発予防目的に緊急大動脈弁再置換術を行った.術後食事開始とともに腸管壊死を発症し,広範囲腸管切除を要した.術前に上腸間膜動脈塞栓症を発症した場合,周術期の腸管壊死を予防するため,積極的な腸間膜動脈への血行再建を検討する必要がある.
鎖骨下動脈起始異常を伴うKommerell憩室(以下KD)の4例を経験した.症例1,2は右側大動脈弓にKD,左鎖骨下動脈起始異常を合併していた.症例3は左側大動脈弓にKD,右鎖骨下動脈起始異常を合併していた.以上の3例は大動脈弓と同側第IV肋間開胸,循環停止下に下行大動脈置換術を施行した.症例1,2はin situで鎖骨下動脈を再建した.症例3は左鎖骨下動脈を再建しなかったが,左上肢の虚血症状はなかった.症例4は左側大動脈弓にKDおよび右鎖骨下動脈起始異常,急性大動脈解離を合併しており,正中切開,低体温循環停止,選択的脳灌流で上行・弓部置換術,frozen elephant trunk法を行った.上行および弓部大動脈の操作を伴わないKDでは側方開胸でのアプローチ,上行・弓部大動脈操作を伴う症例では胸骨正中切開でのアプローチが推奨される.
症例は69歳女性.6年前に急性大動脈解離に対して上行大動脈人工血管置換術を施行された.Computed Tomography(CT)で人工血管中枢と末梢吻合部の巨大仮性瘤とIV度大動脈弁閉鎖不全症(AR)を認めたため当科を紹介され,手術の方針となった.手術は二期に分けて行った.一期目はAR,中枢吻合部仮性瘤に対して大動脈弁置換術,仮性瘤パッチ閉鎖術を施行した.さらに二期目で行う予定のTotal debranch Thoracic Endovascular Aortic Repair(TEVAR)の準備として人工血管-左鎖骨下動脈バイパス術を追加した.人工心肺からの離脱時に右冠動脈狭窄が疑われたため右冠動脈バイパス術も追加した.二期目では左腋窩動脈への人工血管から左総頸動脈,右鎖骨下動脈へのバイパス後に末梢側吻合部仮性瘤に対してTEVARと腕頭動脈のコイル塞栓術を行った.術後経過は良好であった.上行大動脈人工血管置換術後の重症ARを伴う吻合部仮性瘤の外科的治療は非常にリスクが高いが,術中術後ともに大きなトラブルなく安全に治療を完遂し得た.
症例は60歳の男性で主訴は右下肢の200 m歩行での間歇性跛行であった.Ankle-brachial pressure index(ABI)は0.60と低下を認めたが,心血管疾患の危険因子や下肢の外傷の既往は認めなかった.右膝窩動脈以下の拍動触知は不能で,CT検査では右膝窩部に造影効果のない多房性の腫瘤があり,膝窩動脈が圧排されている所見を認めた.MRI検査ではT1強調像で低信号,T2強調像で高信号に描出される膝窩動脈を圧迫する嚢腫性病変を認めた.さらに下肢血管造影では右膝窩動脈にくちばし状の高度狭窄を認めた.これらの画像検査より膝窩動脈外膜嚢腫と診断した.手術は後方アプローチで膝窩動脈に到達した.外膜嚢腫を切開すると,黄色のゼラチン様の内容物を認めた.術前検査で膝窩動脈狭窄部中枢に血栓形成を認めたため,動脈内膜病変があると考え,外膜嚢腫で圧迫された膝窩動脈を自家静脈にて置換術を施行した.術後ABIは1.10と改善し術後経過は良好であった.
われわれ心臓血管外科医が当たり前に行っている基本的手技は,施設間の差異が大きいにもかかわらず,基本的であるがゆえに議論されることが少ない.今回われわれは,胸骨正中切開にテーマを絞り全国64名のU-40支部幹事にアンケート調査を行った.本コラムを明日からの診療に役立てていただきたい.