[背景] 心臓血管外科領域における置換用血管として中・大口径人工血管を用いた治療成績はほぼ満足できる状況にあるが,小口径血管では早期血栓形成等の問題から自己血管より優れた材料は市場に提供されていない.この研究では,われわれが作製した高静水圧法による脱細胞化血管が有する組織再構築機能等の解析を目的とした.[方法] 移植用脱細胞化血管としてウシ足部動脈を使用した.高静水圧法による脱細胞化処理にて脱細胞化移植血管を作製した.ドナーとして用いたクラウンミニブタ4頭の頸動脈一側に,作製したウシ足部動脈由来脱細胞化血管を移植した.術中ヘパリンを用いたが,術後には抗凝固薬および抗血小板剤の投与は行わなかった.移植1カ月後に血管を摘出し開存性および組織染色学的に評価した.[結果] 4頭全例で移植血管の開存を認めたが,うち1頭の移植血管内には一部血栓を認めた.他3頭においての剖検時の移植血管内の血流は移植時と比べて変わりない結果であった.組織学的評価においても,コラーゲンやエラスチンに問題はみられず,血管壁構造は良好に維持されていた.[結語] 本研究により,抗血小板療法を行わなくても内腔の基底膜を維持している生体由来脱細胞化血管の高機能性が証明された.更なる改良は必要としながらも,既存材料よりも高機能性を有する医療デバイス開発への一助となる可能性が示唆された.
[目的]Stanford A型急性大動脈解離(AAD(A))において,全弓部人工血管置換術(TAR)の際の左鎖骨下動脈再建(LSCA)については,症例によっては,深い視野での操作になり,剥離や吻合に難渋する症例や左反回神経麻痺や血管損傷を含めた合併症のリスクを伴うことも多い.今回われわれは,AAD(A)に対するTARにOpen Stent法を併施する際に,LSCAを再建せずに,Open Stent Graftのstenting portionにLSCAの入口部に合わせて開窓を作製し,遠位吻合を左総頸動脈(Lt. CCA)とLSCAの間(ZONE 2)に行う当院独自の自作開窓型オープンステント法としてIn Situ Fenestrated Open Stent Technique(FeneOS)を考案し,有用な成績が得られたので報告する.[対象・方法]2008年1月から2019年8月までに当院で施行したAAD(A)に対するTAR 144例(男性64名;女性80名,平均年齢71.9歳±12.3)を対象とし,上記FeneOSを施行した群47例(FeneOS群)と通常の脳血管3分枝の再建を行った97例(non-FeneOS群)の2群に分けて分析した.[結果]早期成績として,手術死亡(FeneOS群/non-FeneOS群=4.3%/5.2%)と有意差は認めず,両群ともに満足のいく結果であった.手術時間,選択的脳灌流時間,人工心肺時間,下半身循環停止時間については,FeneOS群で有意に短かった(p<0.05).FeneOS群全例において,術後遠隔期も含め,LSCAの血流に問題は認めず,術後反回神経麻痺も認めなかった.[結語]FeneOSは,LSCAを剥離して再建する必要がないことから,弓部3分枝再建に要する時間の短縮のみならず,左反回神経麻痺や血管損傷を含めたリスク回避において,AAD(A)におけるTAR時の有用な手術手技として選択肢になり得ると考える.
症例は79歳女性.16年前に慢性腎不全により透析を導入した.透析中に意識消失発作があり,経胸壁心エコーの結果重症大動脈弁狭窄症(peak flow velocity 5.00 m/s, peak pressure gradient 99.9 mmHg, mean pressure gradient 59.3 mmHg, aortic valve area 0.9 cm2)とともに,大動脈弁無冠尖から三尖弁に連続する腫瘤を認めたため,感染性心内膜炎が疑われた.発熱もなく,血液培養が陰性であったため抗生剤を中止にした後に待機的に手術を施行した.冠動脈病変も合併していたため,大動脈弁置換術+三尖弁疣贅様構造物除去術+冠動脈バイパス術(大伏在静脈-右冠動脈)を行った.術後経過は良好であった.術後の病理結果は細菌性弁膜症,リウマチ性弁膜症を示唆する所見はなく,石灰化,フィブリン様物質,肉芽腫様変化を認め,calcified amorphous tumor(CAT)と診断された.大動脈弁狭窄症を伴い,大動脈弁から三尖弁に連続したCATは非常に稀である.文献的考察を加えて報告する.
症例は57歳男性,大動脈弁に疣贅を有する感染性心内膜炎の診断で抗菌薬投与を行っていた.入院7日後より心不全症状が出現,入院12日後,起座呼吸を認めた.弁破壊が急速に進行し,高度の大動脈弁逆流を認めたため当科紹介,緊急手術を施行した.弁輪部膿瘍を合併しており,感染巣の十分なデブリットマンを行い,機械弁による大動脈弁置換術を施行した.両側胸腔に大量の胸水を認めていたため,胸腔ドレーンを挿入した.人工心肺からの離脱は容易であり,機械的補助の必要なく手術を終了した.ICUへの移動を待機している間に,酸素飽和度の低下を認めた.酸素飽和度は進行性に低下し,最低で40%台まで低下した.術後胸部レントゲンで両側の肺水腫を認めたため,大量の胸水を除去したことによる再膨張性肺水腫と診断した.人工呼吸の調整では酸素化が維持できないため,Venovenous Extracorporeal Membrane Oxygenation(V-V ECMO)を装着した.酸素化の改善を認め,呼吸,循環動態が安定した.ICU入室後もV-V ECMOによる酸素化補助が必要であった.術後17日目,自己肺の酸素化の改善を認めV-V ECMOを離脱した.術後36日目,人工呼吸管理から離脱した.急速に悪化する両側再膨張性肺水腫の症例を経験した.呼吸管理にV-V ECMOは有用であったため報告する.
脾臓摘出後症例は肺炎球菌やインフルエンザ菌などの莢膜保有菌によって敗血症などの重症感染症に罹患しやすく,Overwhelming Postsplenectomy Infection(OPSI)としてしられている.脾臓摘出後は肺炎球菌莢膜多糖体特異抗体が産生されないことや,循環血液フィルターの欠如のために肺炎球菌など莢膜保有菌感染が重症化しやすく,急激な進行から救命が困難な場合も多い.40歳男性が脾摘後20年目にOPSIから,肺炎球菌による感染性心内膜炎を生じ,救急搬送された.重症心不全であり,心エコーで大動脈弁に疣贅が付着,大動脈弁が穿孔し,高度逆流を認めた.多発脳塞栓症を合併していたが,同日緊急手術を施行し救命しえた.脾摘後症例では,特に莢膜保有菌で敗血症が急激に進行して予後不良になる可能性を念頭に,早期診断と迅速な治療が望まれる.
症例は55歳男性,自殺企図で左前胸部に包丁が刺さって倒れている患者が発見され救急搬送された.エコーで左血胸と診断され,胸腔ドレナージを行った.CT検査を行ったところ,包丁が左肺を貫通し左下肺静脈に包丁先端が位置している所見であった.心嚢液はなく,人工心肺準備下に左開胸での肺切除と左下肺静脈の損傷があれば修復する方針で,仰臥位として,手術を開始した.大腿動静脈を剥離していたところ,急激な血圧低下をきたした.ただちに人工心肺を確立し,胸骨正中切開を行い,出血部位を観察すると左室側壁長軸方向に5 cm程度の損傷があり,拍動性に出血していた.心室細動下に修復術と左肺上葉舌区部分切除を行った.術後経過は良好で第25病日紹介病院へ転院となった.胸部鋭的損傷の場合,心嚢液貯留がなく,一見安定した血行動態であっても,心血管損傷による血行動態の破綻の可能性も考慮し,人工心肺を準備した上での加療が重要である.
大動脈解離は通常は突然の胸痛などを伴うが,稀に症状を認めない場合もある.今回われわれは,術前診断に苦慮した慢性Stanford A型大動脈解離に急性Stanford B型大動脈解離が重複した1例を経験したので報告する.症例は45歳,男性.突然の胸背部痛を認めたために近医に搬送された.造影CT検査で急性Stanford A型大動脈解離と診断されたため,当院転院搬送となり緊急で上行弓部置換術を施行した.術中所見では腕頭動脈起始部と左鎖骨下動脈起始部に2つのentryを認め,上行大動脈壁は肥厚していたが遠位弓部より末梢の大動脈壁には肥厚は認めなかった.病理所見では上行大動脈は中膜外側で解離しており,中膜および外膜には著明な肥厚を認めていた.以上の所見より,慢性A型大動脈解離に急性B型大動脈解離が重複したと診断した.非常に稀ではあるが,発症時に無症状で慢性化した大動脈解離に異時性に新たな大動脈解離を発症する場合があることを念頭に置く必要があると考えられた.
破裂性腹部大動脈瘤(rAAA)に対する腹部大動脈ステントグラフト内挿術(EVAR)術後の重要な合併症の1つに腹部コンパートメント症候群(ACS)がある.これに対しては減張開腹術(OAM)の有効性が報告されているが,その後の閉腹時期,閉腹方法に関しての報告は少ない.今回われわれは,rAAAに対するEVAR, OAM術後に後腹膜血腫除去を併用することにより早期閉腹が可能であった1例を経験したので報告する.症例は79歳女性,rAAAに対して緊急的にEVARを施行した.EVAR終了後にACSを合併しておりOAMを施行した.第4病日に腹腔内圧の低下を確認し,造影CTにてendoleakを認めなかった.同日に後腹膜血腫除去術を併用し閉腹術を施行した.術後経過は良好で自宅退院となった.rAAAに対するEVAR, OAMの際の閉腹術には後腹膜血腫除去術を併用することにより早期の閉腹が可能になるかもしれない.
症例は77歳男性.慢性腎不全による尿毒症に対し緊急血液透析目的に,前医で右頸部よりバスキュラーアクセスカテーテルを挿入された.確認の胸部レントゲンでカテーテル先端が縦隔左側に位置しており,造影CTでカテーテルは右内頸静脈を貫通し右鎖骨下動脈から腕頭動脈を経由して上行大動脈へ留置されていたため,当院搬送となった.手術はVIABAHNにて損傷部をカバーし1時間で終了した.術後より持続的血液濾過透析を施行し,翌日紹介元へ転院となった.医原性動脈損傷に対する血管内治療は直視下手術と比べ低侵襲であり,直達困難な部位でも出血コントロールを付けやすい.また穿刺部以外の創部を作らない血管内治療は,直視下手術ほど創部出血の懸念がないため,本症例のように血液透析のため抗凝固療法をすぐ行う必要がある場合は特に有用だと考えられる.