心臓大血管手術の周術期にST上昇を来す原因として,心筋梗塞,冠攣縮性狭心症,冠動脈の空気塞栓の他に,稀ではあるが,たこつぼ型心筋症がある.弓部大動脈全置換術中にST上昇を伴って発症した,たこつぼ型心筋症の1例を報告する.症例は71歳男性.検診で胸部レントゲンの異常を指摘された.コンピュータ断層撮影にて最大径68 mmの胸部大動脈瘤と診断され,手術適応となった.術前の心電図では異常所見を認めなかった.経胸壁心臓超音波検査で左室壁運動は正常であった.弁機能に異常を認めなかった.冠動脈造影では右冠動脈に50%の狭窄病変を認めたが,有意狭窄ではなかった.手術は中等度低体温下,順行性脳分離体外循環併用下で循環遮断し,弓部全置換を施行した.Terminal warm blood cardioplegiaを逆行性に注入後,ルートカニューレからエア抜きを行いながら,大動脈遮断を解除したところ,II,III,胸部誘導のST上昇と,経食道エコーで左室壁運動の低下を認めた.術野で右室の壁運動は良好であることを視認した.人工心肺をtotal perfusionで維持する間にSTは徐々に改善し,大動脈遮断解除から62分後に人工心肺を離脱した.閉胸時にSTの再上昇を認めたため,手術終了後ただちに心臓カテーテル室に搬入した.冠動脈造影では術前と著変はなかった.左室造影で心尖部に壁運動低下を認めたため,たこつぼ型心筋症と診断した.ただちにカテコラミンを中止した.術後1日目に血行動態の安定と心電図でSTレベルの改善を確認し抜管した.3日目に集中治療室を退室した.15日目に独歩退院した.本症例のように,術中にII,III誘導でSTが上昇したにもかかわらず右室壁運動が正常の場合,左心不全の鑑別疾患としてたこつぼ型心筋症を念頭にいれて対応することは重要である.
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