最近Mark氏
1)は纎維素を薄い酸で短時間煮沸,加水分解處理を行うと著しく結晶化の起ることを報告している。筆者もこの現象を確認した。しかし觀測される結晶化量の中にほ眞に酸處理中に起るもののほかに,その後の脱溶媒中に起るものが含まれて居り、とくに後者が著しく、酸處理の條件を適當に選べば,その間に起る結晶化を僅少にとどめ得ることを知見した。纎維素の微細構造を酸加水分解の速度から判定する方法については色々と批判されでいるが,最近Mark氏は纎維素を薄い酸で短時間,煮沸加水分解を行い,その比容積の變化から酸處理によつて結晶化の起ることを認めた。從つて酸加水分解法で結晶領域を定量する場合にはこの結晶化量に對する考慮が必要であると述べているまた酸加水分解法で求めた結晶領域量が餘りにも大きいのもこの結晶化が原因であろうと考えた。酸處理によつて結晶化の起ることはIngersoll氏
2)のX線的研究で認められている。筆者も極めて穏かな條件で酸加水分解を行う場合,減量が殆んど認められないにもかかわらずその吸濕量が顯著に低下すること,
3)或いは加水分解の條件(酸の濃度,分解温度等)の相違によつて結晶領域の量が變化すること
4)を知見したが,これらの現象も加水分解中に起る結晶化と關係があるのかもしれない。
一般に高分子化合物の重合度が低下すると結晶化し易くなることはよくしられている。
5)纎維素の場合でも,加水分解を受けると連鎖分子に新しい末端が生成し,そのために非平衡位置に固定されていた分子部分がその拘束をとかれ.熱力學的に安定な位置に轉位する。即ち結晶化の機會が與えられることになる。このような機構で加水分解の過程においてMark氏の指摘しているような著しい結晶化が起ると,これは酸加水分解の致命的な缺陷となる。しかしここで考えねばならないことは結晶化にはかなりの時間を必要とすることである。Ingersoll氏の研究においてもHCI分解後封管中水分の存在のもとで長時間高温處理を行つている。Mark氏の比容積の測定も脱水の後に行われたものと考えられる。加水分解による連鎖分子の切斷は,結晶化を容易にする原因になろうが,その後の加熱,脱水等の過程における結晶化についても考慮する必要がある。
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