地理学評論
Online ISSN : 2185-1719
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51 巻 , 5 号
選択された号の論文の5件中1~5を表示しています
  • 横田 佳世子
    1978 年 51 巻 5 号 p. 349-364
    発行日: 1978/05/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
    房総半島南東岸,南三原~相ノ浜間の海岸段丘面は,千倉付近を模式地として,高位より,岡瀬田面,寺庭面,平館面,瀬戸浜面の4面に大別される.これらの海岸段丘形成期の相対的海面変動については,おもに各面を構成する堆積物の特徴から,岡瀬田面の形成(縄文海進の頂期)以降,一方的に海面が低下し現在に至ったのではなく,寺庭面形成期(3,500年前ごろ)に海進が認められ,小規模ではあるが海面そのものの上昇があった可能性がある.調査地域のように,地殻の隆起速度が大きい地域でも,地形発達に小規模な海面変動が影響している可能性は十分考慮されるべきであり,これを無視して,地震隆起の累積という観点だけから段丘の発達を論ずることは危険である.
  • 安藤 正紀
    1978 年 51 巻 5 号 p. 365-384
    発行日: 1978/05/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
    本研究の目的は,高度経済成長下において変化の激しい日本農業地域を動態的に区分し,さらに区分した各農業地域の地域的性格を明らかにすることである.区分方法は,各農業地域の経済活動が「所得追求」にある点を動態的にとらえ,第1次区分として生産農業所得の伸び率によって11地域に農業地域区分(経済区分)を行なった.次に第2次区分として経営組織の総変化量から,第1次区分で画定された地域内を23地域に細区分(経営変化区分)した.さらに第3次区分として,農業粗生産額構成の変化から,第2次区分までで画定された地域内を再び33地域に細区分(経営組織変化区分)した.この農業地域変化を総合的見地からみた区分が,本研究の目的とする「農業変化からみた日本の農業地域区分」である.
  • 岡田 篤正, 寒川 旭
    1978 年 51 巻 5 号 p. 385-405
    発行日: 1978/05/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
    和泉山脈南麓域の地形・地質調査を行ない,中央構造線沿いの断層変位地形を検証した.さらに,それらを作りだした主として第四紀以降における断層運動の諸性格について考察した.中央構造線にほぼ平行ないし一部で雁行状に配列する活断層系があり,それは少なくとも第四紀後期において右ずれ運動が卓越している.また,それは内帯(北側)の和泉山脈側が概して隆起する垂直変位成分(右ずれ成分の約1/10)を有している.とくに,根来断層と五条谷断層が延長距離の長い活断層であるが,前者は各種の段丘面を切断し,後者は山麓南斜面を縦断して大小の右ずれ変位河谷を形成している.
    根来断層の右ずれ変位速度は,断層の変位基準である段丘面や段丘崖・河谷や尾根筋の食い違い量とそれらの形成年代の想定から, 0.9~3.1m/103年,北側の相対的隆起速度は0.11~0.40m/103年と推算された.根来断層と五条谷断層について,活断層より上流の河谷長と河谷の屈曲量との関係式を求めると,両者の間には正の相関がある.これは右ずれの断層変位が累進的に継続していること,さらにA級の活断層の範疇に入ることを示唆するが,四国の中央構造線で求められた値より小さい.このことは中央構造線活断層系の東端部であり,東方に変位量が減少していくこと,同時に内帯側の他の多くの活断層にひずみが分散していることなどによるものであろう.
    いわゆる菖蒲谷時階の変動として知られてきた北からの逆断層は,第四紀前期における活動であり,これは紀ノ川断層角盆地の発生をうながしたが,第四紀後期にはほとんど変位を停止している.この断層の北側にほぼ並走して高角度の活断層系があり,右ずれの卓越した運動が第四紀後期の少なくとも50万年前以降に認められる.このように,断層の位置と変位様式に大きな変化が第四紀中頃に生じたことが判明した.
  • 由村 百代
    1978 年 51 巻 5 号 p. 406-415
    発行日: 1978/05/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
    Bunjirô Kotô (1856_??_1935) ist einer der Geologen, die zur Entwicklung der modernen Geographie von Japan beigetragen haben.
    An der Universität Tokyo studierte er 1877_??_1879 Geologie. Zu semen Lehrern gehörte der deutsche Geolog E. Naumann. Japanisches Kultusministerium schickte Kotô nach Deutschland, Geologie zu studieren. 1881/82 in Leipzig and 1882_??_1884 in München studierte er Geologie. Im Frühling 1884 kehrte er nach Japan zurück, and 1886_??_1921 hatte er den Lehrstuhl für Geologie an der Kaiserlichen Universität Tokyo inne.
    1887 veröffentlichte er eine Buchbesprechung über das zweibändige Japanwerk von J. J. Rein in der Zeitschrift “Tôyô Gakugei Zasshi”, and 1908 schrieb er einen Aufsatz über die “Neue Geistesströmung in den deutschen Geographen” in der Zeitschrift “Rekishichiri”. Seine eingehenden Kenntnisse in der deutschen Geographie zeigen diese Buchbesprechung and der Aufsatz.
    Im ersten Band des “Journal of Geography (Chigaku Zasshi)” 1889 erschien emn Aufsatz unter dem sonderbaren Titel “Ich gebe die Definition der Geographie anlässlich der ersten Veröffentlichung des ‘Journal of Geography’”. Seine Definition kommt aus dem ersten Kapitel “Begrif der Geographie” and dem zweiten “Die Stellung der Geographie im Kreise der Wissenschaften” der ersten Abteilung von F. Ratzels “Anthropo-Geographie, I.” (1882). Das zeigt, dass schon am Ende der 80er Jahre des 19. Jh. ein Teil von Ratzels “Anthropo-Geographie, I.” (1882) in Japan vorgestellt wurde, and Kotô die Kenntnisse von nicht nur Physischer Geographie, sondern auch der Geographie des Menschen hatte.
    Sowohl Kotô als Ratzel kritisierten, dass die bisherige Geographie nur die Erdbeschreibung gewesen war, and die Natur der Länder fast vernachlässigt worden war. Man kann die Geschichte der japanischen Geographie der Meiji-Zeit nicht verstehen, ohne den Prozess der Einführung der europäischen and amerikanischen Geographie in Japan zu verfolgen. Doch spätestens in der zweiten Hälfte der Meiji-Zeit waren die deutschen Gedanken über, die Geographie unmittelbar von “Anthropo-Geographie, I.” (1882) oder mittelbar durch den Aufsatz Kotôs eingeführt worden, and sie waren die neuesten Gedanken über die Geographie zu jener Zeit.
  • 1978 年 51 巻 5 号 p. 416-418,422
    発行日: 1978/05/01
    公開日: 2008/12/24
    ジャーナル フリー
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