手縫いにおける縫合後の縫い糸の疲労について, 150cm縫合後の縫合過程における縫い糸, および10cm縫合を25, 50, 75回と縫合回数を変化させたモデル実験による針穴接触部, 非接触部縫い糸について強伸度測定を行い検討した.さらに走査型電子顕微鏡写真によりこれらの縫い糸の表面状態を観察した.
1) 縫合過程における縫い糸の疲労性については, 縫い始めより縫い終わりの段階で縫い糸の強・伸度低下率およびタフネス低下率が大きい.試料糸別タフネス低下率は絹小町糸>綿手縫い糸30番>カタン糸30番で, これは岡木綿Iで最大, さらし木綿で最小である.これより縫合による縫い糸の疲労には, 試料布の剛軟度および糸密度の大小が関与することがわかる.
2) タフネス低下率20%前後までを限度とすると, 絹小町糸を除いてカタン糸30番, 綿手縫い糸30番では縫い始めより60cmくらいまでが疲労が少ないといえる.
3) 手縫い縫合のモデル実験において, 縫合回数による針穴接触部, 非接触部の縫い糸の疲労は, 縫合回数が増加すると針穴接触部, 非接触部いずれにおいても進行し, 強・伸度低下率およびタフネス低下率は増加する.とくに針穴部の縫い糸の低下率が大きい.
またタフネス低下率は試料糸により異なる様相を示し, 絹小町糸では針穴接触部であるか非接触部であるかが, かなり大きな因子であり, 綿手縫い糸30番では試料布の違いがより大きい影響を及ぼす.カタン糸30番は75回縫合の場合を除いて約25%以内のタフネス低下率を示し, きわめて疲労が小さい.
4) 走査型電子顕微鏡写真の結果より, 縫い糸は縫合後疲労すると毛羽が多くなり, 糸の構成が乱れることがわかる.これは縫い糸が縫合時にしごかれるためと考えられる.
5) 以上の結果, 手縫いにおける縫い糸の疲労は縫い糸の種類, 縫合距離, 布の物性, 針穴部などが関与するといえる.
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