手縫い縫合時の縫い糸の疲労性について, 縫合時の縫い糸と引き抜く際の引き抜き方向に観点をあて, 布の種類, 縫合回数, 針穴接触部と針穴非接触部などと, 引き抜き角度の違いによる, 縫い糸の疲労性の関係を力学的, 形態的変化からとらえて比較検討した.
すなわち, 各種の布と縫い糸を用い10cm間並縫いし, 引き抜き角度を0°, 45°, 90°の3種類として, モデル的に縫合回数を25, 50, 75回と変化させて引き抜いた.つぎに, 引き抜き後の縫い糸を針穴接触部と針穴非接触部に切断し, 引張り試験機を用いて強伸度実験を行い, 強伸度低下率およびタフネス低下率を求めた.
さらに, 縫合前と縫合後の縫い糸の外観, 形態変化を走査型電子顕微鏡写真により観察した.これらの結果, つぎの事項が判明した.
(1) いずれの試料糸においても, 引き抜き角度が0。より90°になるにしたがい, また縫合回数の増加により, 強伸度低下率, タフネス低下率が大きくなる.これは, 引き抜き角度が0°より90°になるにしたがい, 縫い糸の引き抜き方向の変化に伴う摩擦抵抗が大きくなるため疲労が大きくなり, また縫合回数が増加すると縫い糸の布通過回数が増し, 布を通過する際の摩擦による疲労が大きくなるといえる.布では岡木綿を縫合した場合の縫い糸の疲労が大きく, さらに針穴接触部では針穴非接触部より約2.0倍の疲労を示す.
(2) 全般的にみて特徴的なことは, 綿手縫い糸では, 岡木綿, さらし木綿, 針穴接触部, 針穴非接触部で, いずれの引き抜き角度, 縫合回数においてもタフネス低下率は20%以上と大きく, これと比較してポリエステル糸は20%以内である.すなわち, 綿手縫い糸は極めて疲労が大きく, ポリエステル糸の疲労は極めて小さい.
既報において, 縫い糸の疲労性は縫合後の縫い糸の引き抜き抵抗に依存することが示唆されたが, 本実験において, 引き抜き角度を変化することによって疲労性が増大し, また, 縫合回数を重ねることによって疲労性が増大することが確認された.
(3) 走査型電子顕微鏡写真の結果より, 縫い糸は縫合後毛羽が多くなり, 糸の構成が乱れ, これは綿手縫い糸において顕著である.ポリエステル糸では, 毛羽は少なく, 糸の構成の乱れも少ないが, 引き抜き角度が大きくなると糸の太さが約1.5~2.0倍に変化する.
(4) 以上の結果より, 手縫いにおける縫い糸の疲労には, 縫い糸の種類, 布の物性, 縫合回数, 針穴部などが関与するが, 引き抜き角度にも大きく依存することがわかる.したがって, 縫合後縫い糸を引き出すときは, 引き抜き方向の観点からは, なるべく布の面と平行に, 進行方向に引き抜くことが疲労性の上から好ましい.
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