農林水産省農村振興局鳥獣対策・農村環境課は2019～2021年度に「二次的自然環境における生物多様性保全検討調査」を行い，全国10地区の農業農村整備事業地区を対象に，生態系配慮施設は供用後に効果をもたらしたのか，また，現在も効果が持続しているのか，という点について，検証を行った。全国10カ所の農業農村整備事業地区のデータを統合した解析により，配慮護岸による生息場の確保や魚道による移動経路の確保等の生態系配慮施設の整備が魚類群集の多様性向上に及ぼす効果を明らかにした。また，生態系配慮を実施していない施設であっても，経年変化により魚類の生息環境が形成されるという知見が得られたので報告する。

農業水路に整備された生態系配慮施設の効果を評価するため，2019～2021年に全国8地区で実施された魚類採捕・水路環境調査のデータを解析した。生態系配慮施設のない対照区間の中には魚類の種類数および多様度指数の高い区間があり，水路底に占めるコンクリート水路の割合に基づき，対照区間を「対照区間（生息場あり）」と「対照区間（生息場なし）」に区分した。配慮護岸などの水路岸に関する配慮，2面張りなどの水路底に関する配慮，深み，およびワンドのある区間は魚類の種類数および多様度指数が高く，各地区に整備された生態系配慮施設が総じて魚類生息場として機能していることを示した。

農林水産省農村振興局鳥獣対策・農村環境課による環境DNA分析技術を利用した生物調査結果を取りまとめた。調査は全国10地区で2019～2021年の灌漑期と非灌漑期に実施され，採捕調査との比較を通じて環境DNA調査の現場適応性や活用方法を検討した。環境DNA分析の適用性は魚類で高く，採捕調査の補足的，簡易的手法になると考えられた。両生類は調査地区や時期により環境DNA検出に差が見られ，非灌漑期に主に陸上で生息する種の検出に影響するため，調査時期に注意する必要がある。環境DNAの拡散距離を推定した結果，採水サンプルは採水地点から上流1,500～2,000m区間に生息する個体を反映すると推察された。

栃木県N川地区では，1996年から2020年までの25年間にわたり，断続的な魚類相のモニタリング調査を実施してきた。本報では，このモニタリング調査により水域ネットワーク（移動経路，生息・生育場）の持つ役割について考察する。モニタリング調査の結果からは，長期的に見ると魚類相が変動することが見えてきた。とくに，水枯れに伴い種数の減少が生じるが，水域ネットワークを介した魚類の移入によりその後回復する可能性がうかがえた。一方，モニタリング時期の後半になると，外来種であるカワムツやカラドジョウが優占的な地位を占めるようになるなど，水域ネットワークにより外来種が侵入する可能性についても明らかとなった。

国営農地再編整備事業B地区は全国に先駆けて環境配慮が取り組まれた地区である。現況保全区間を設けたほか，2面張り水路などを積極的に設けた。3面張り区間である対照区間と比較して，実証区間・現況保全区間において多様度指数が高く，個体数が多い傾向が顕著であった。B地区では，保全対象種のスナヤツメ類，ギバチが事業実施中・完了後のいずれも確認されていることから，地区内の環境配慮対策（魚巣ブロック，幅広水路，階段式落差工等）の保全効果が継続していると考えられる。階段式落差工は小流量でも魚類の遡上効果が認められ，水域ネットワークの保全と個体群の維持に貢献している。

土地改良事業時に農業排水路に深み工が施工された地区を対象に，深み工のある3本の排水路と生態系配慮施設のない排水路1本において，魚類の種数およびミナミメダカとドジョウの生息数を比較した。その結果，農業排水路に施工される深み工は，魚類の越冬場として機能し得ること，水深が大きい方が有効であることを確認できた。一方，現状の深み工＋植生乱石パネルでは魚類の繁殖場として有用な植生を生育させることが難しいことも明らかになった。農業水路に生息する魚類を整備後にも保全していくためには，水路内に，繁殖，成育，越冬のサイクルを完結できる環境を意図的に創出することが不可欠であることが確認された。

本報では，山間地域（傾斜地）の山口県山口市J地区で実施した現地調査結果に基づき，ビオトープや環境配慮水路には生物多様性保全効果が見られ，絶滅危惧種を含む多種多様な生物の保全に貢献していることを明らかにした。また，ビオトープの維持管理強度の指標として「年間当たりの草刈り回数」に着目し，採捕された生物データとの相関関係を解析したところ，草刈りの回数が多いほどコウチュウ類の種数や個体数の増加に寄与することを示した。

東南・南アジア諸国には経済発展に伴って，農業の生産性の一層の向上や農村の労働力不足を解消しようとする動きがあり，近年，圃場整備が注目されている。しかし，圃場整備実施に係わる法制度の整備状況，土地の所有のあり方などは国により大きく異なっており，各国における圃場整備の進捗にも大きな隔たりが生じている。本報では，タイ，ベトナム，ミャンマーおよびスリランカの4カ国における，社会条件，歴史，圃場整備の事業主体，設計の考え方など圃場整備の進捗に影響を及ぼす要因について分析するとともに，アジアにおける圃場整備の今後の展開方向について考察する。

2011年東北地方太平洋沖地震で決壊した藤沼ダムの再建に当たっては，「再度災害」の完全な回避を前提として，東日本大震災と同じレベルの地震動を受けても十分な健全性を維持できることを要求性能とした。このため，適切な堤体構造の採用，適切な盛土材の選択に加えて，合理的な盛土締固め管理を行うことによって確実に高品質な盛土を実現できた。すなわち，従来の堤体土の締固め度と含水比の管理値の改善に加えて「最適飽和度」を目標値とする飽和度管理を実施することによって，効果的に盛土の品質を管理できた。新堤体の高い安全性は，地震時の繰返し載荷履歴の影響を適切に導入したNewmark-D法による安定解析を行うことで確認された。

2019年10月の台風19号は，東日本を中心に記録的な豪雨をもたらし，広範囲で河川の氾濫や土砂崩れなどの甚大な被害をもたらした。長野県内では，長野市長沼地区で千曲川の堤防が決壊し，リンゴ畑に濁流が約3mの高さまで押し寄せ，濁水が引いた後のリンゴ畑には，約20cmに堆積した泥土が残された。本報では，2019年8月（被災前）～2021年10月の期間，リンゴ畑の土壌調査を実施した。その結果，流入した泥土からは，リンゴ畑の土壌へカリウムの供給が見込めることがわかった。リンゴ有機JAS認証を目指すリンゴ畑を事例として，リンゴ畑に堆積した泥土が土壌環境に及ぼす影響について紹介する。