世界農業遺産認定の宮崎県高千穂郷・椎葉山地域では,山腹用水路群をその重要な構成要素として明記したが,このことに対する地域住民の認識は低かった。そこで,山間地域のため受益面積が狭小にもかかわらず,数多くの用水路を開削してきた地域の歴史を踏まえた指標として,面積水路長を検討した。これにより,山腹用水路の意義を捉え直すことが可能であるとして,講演やフィールドワークイベントを通して住民に対して意義を伝える活動を続けてきたところ,住民自らが山腹用水路と自身のルーツを結びつけたり,地域の歴史を振り返るような意識の変化を示す事例が見られるようになってきた。そこで,この一連の取組みを紹介する。
中山間地域の農業を支えている水利施設については,人口減少や高齢化により,十分な維持管理が困難になってきている。このような中山間地域の水利施設に対し,送水機能のほかに多面的な価値を探り,多面的機能の発現のためにも積極的に維持管理できるようにすることが期待されている。このような課題に対し,本研究では渓流水が流入する山腹水路を対象として,その水路によって渓流の下流域での洪水緩和機能の有無を検討した。その結果,山腹水路には,渓流からの洪水流を貯留する貯留効果と,その一部を山腹水路に沿って下流に流下させることで放水先の河川のピーク流量を遅らせる遅延効果があることを示した。
沢地での水利システムの消失が懸念されている。本報では,青森県上北郡七戸町に位置する沢地を事例とし,2018年7月1日~11月28日の間,水利システムに含まれる主要水域の降雨に伴う越水・湛水実態を把握した結果,対象4地点のほとんどで越水・湛水し,湛水期間は延べ5~75日間であった。本結果を受け,機能要件・非機能要件概念を用いた用排水機能の設定と変更について試行的に整理した。荒廃農地増加の背景を踏まえて用排水機能を変更し,新たなシステムによる機能構築を考慮したとき,関係者からの新たな意向を受け取るしくみがないことから,今後,現状を整理し,新たなシステムに移行するための検討方法に貢献できる枠組みを示した。
中山間地の水利システムとして,重要文化的景観に制定された通潤用水を対象に,文化的価値,経済的価値,技術的価値を例示した。通潤用水では,その文化的価値が地域住民にも広く認識されていた。棚田米が高額で販売される等,文化的価値を契機とした経済的価値も着目すべき点であった。また,技術的価値として,管理技術には現在にも有効な技術的工夫を見いだすことができた。中山間地の水利システムの保全のために,農業土木技術者が,地域に根ざした価値に配慮した技術を用いること,これらを分かりやすく地域住民に発信し,価値を共有したうえで,他分野の研究者,専門家と連携しながら水利システム保全を行うことが求められる。
土地改良事業の事後評価では,適切に事業効果が発現されているかどうかを検証するため,社会的割引率を用いた費用便益分析である総費用総便益比(B/C)が計算される。国営土地改良事業の事後評価を実施した2地区を事例として,社会的割引率が変化した場合の分析を行い,その結果に基づいて,事後評価時の社会的割引率の設定の課題と提言を示した。
農業農村整備事業の関係者が,事業による温室効果ガス排出・削減量を簡便に算定できるプログラムを作成した。本プログラムは,圃場整備を主な対象事業とし,農地および土地改良施設の整備・廃棄と,供用段階における整備施設の維持管理,営農活動,農地土壌からの温室効果ガス排出・削減量を算定対象とした。温室効果ガスは,CO2,CH4およびN2Oを対象として,特に排出量への影響が大きいコンクリート等の資材については,製造プロセス等を踏まえた資材量当たりの排出原単位データベースを独自に構築し,これをもとに事業における資材等の使用実績を用いて工種別の排出原単位を作成した。本報では,算定プログラムの算定根拠および試算結果について報告する。