「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書」では,異常気象によって洪水や干ばつなどの災害が多発し,今世紀末までに8~30億人が慢性的な水不足に陥る恐れがあると指摘されている。本報では,アジアモンスーン地域の水田稲作の発展の歴史と,これまでわが国が海外で実施してきた海外農業農村開発協力の展開実績を概括し,気候変動対策を取り入れた海外農業農村開発協力の案件形成に求められる方向性を整理した。特に,現下の課題への対応である適応策と持続的社会形成に向けた緩和策をどのように融合させていくかについて,農業農村開発分野での具体的な取組み例を列挙しつつ将来展開を考察した。
カンボジアでは,灌漑施設の効率的な改修や新規建設により灌漑面積の拡大と農業生産性の向上を図ろうとしているが,灌漑排水施設の設計等に係る国の基準がないため,それぞれの事業で担当技術者の知識・経験と独自の基準等に基づいた設計が行われている。その結果,構造物の品質や効率的な事業・業務の実施に多くの問題が生じている。灌漑分野においてJICAはこれまで多数の支援を実施しており,それらの支援に対する信頼もあってカンボジア政府は設計基準策定の支援をJICAに要請した。本報では,2022年3月から実施している技術協力「カンボジア国灌漑排水国家標準設計基準策定プロジェクト」の背景,計画,実施状況および今後の課題と展望について報告する。
間断灌漑による水田からのメタン排出削減効果は公知となっているが,社会実装に関してはその進展が遅れている。その理由として,広域へ展開するための手法が明らかになっていないことが一因と考えられる。広域で間断灌漑を実施するためには,灌水・排水の操作を広域でタイムリーかつ省力的に行うことが求められるため,①灌漑施設のインフラ整備,②水管理組織の育成・強化,③ICTを活用した水管理の効率化・高度化が必要となる。これまでのアジアモンスーン地域における政府開発援助(ODA)や共同研究の成果,国際機関との連携,日本での技術開発の成果などを踏まえ,間断灌漑普及のための課題と展開方向について考察する。
本報は,互いに制約を受けながら発展してきた日本の水資源と水稲生産に着目し,気候変動が両者に及ぼす影響を加味した適応策の評価の枠組みを提示することを目的として,渇水リスクと農業便益の観点から,水稲の品質に対する適応策である移植日の変更を評価した。その結果,総収量が増加する移植日を選択すると渇水量が減少し(選択した適応策が調和的),外観品質が向上する移植日を選択すると渇水量が増加した(競合的)。また,2000年代以降は農業者の動機が総収量から品質に変化した可能性が高く,農業者の選択次第で適応策の実現しやすさが変わることから,動機の変化に気づかぬまま適応策を実施すると「適応の限界」に直面する可能性を示した。
食料・農業・農村白書では,集落営農組織を担い手の一つとして位置付けているが,担い手への農地集積には経営規模の拡大による用水需要の集中の可能性が指摘されている。本報では,担い手としての集落営農組織と専業・兼業農家が混在化する地域において,湛水,代かき,田植え等の農作業実態と水田1筆ごとの取水量を営農形態別に分析し,集落営農組織が地域の用水需要を平準化していることを明らかにした。今後,農村の高齢化などにより集落営農組織への農地集積の進行が予想されるが,集落営農組織の運営を担う人材の不足も懸念される。そのため,円滑な水利用の実現のためには集落営農組織の継続に対する支援が重要になると考えられる。