農業農村整備事業における環境配慮は原則化によって法的根拠も得られ,社会全般としては「環境配慮はよいこと」という捉えられ方をしているが,現場では今なお揉めてしまう。本報では,環境配慮を巡るこれまでの議論を整理しながら,環境配慮の「現場の難しさ」が生産現場において当事者間の立場や考えの違いによってうまれるしっくりこないモヤモヤとした感情と捉えた。その改善のためには俯瞰的な事例の分析と,難しさを二項対立で解くのではなく農家にとって「不公正性の問題」で捉える必要性を指摘した。
法的な手続きや技術指針に基づいた「正しい」設計の環境配慮が,必ずしも成果を挙げられるとは限らない。霞ヶ浦の自然再生事業の事例研究から,「正しい」設計にはそれを機能させる前提条件があるにもかかわらず,機械的に現場に適用することが「ズレ」を発生させ,「うまくいかない」状況をつくりだしてしまうことが明らかになった。そのため,現場の状況に対応して専門家,行政,市民などのステイクホルダー間で,「正しさ」を順応的に模索することが必要である。このことから,PDCAサイクルの前提の再考や構造物などの「工夫の余地」,事業プロセスの柔軟性,それらを可能にする制度的裏付け,思想面の深化などの具体的な解決指針が見いだされる。
国際的な動向を鑑みると,日本の農業環境政策は,先進諸国の中ではいまだ発展途上にあると言わざるをえない。本報では,世界でも高度に発達した水資源管理制度を有しているオーストラリアの農業環境政策を検討材料として,環境配慮の観点から,土木工学的なアプローチの限界を制度的アプローチがどのように補完しているか(政策手法の有効性と限定性),環境配慮といった場合,何を問題とすべきなのか(政策ターゲットの明確化)について整理・分析した。その上で,政策組合せの合理性についての検討や環境便益の科学的な測定・評価など農業環境政策の制度設計に関して日本が学ぶべき点を論じ,多面的機能支払交付金の施策評価を念頭に論評した。
国営事業における環境配慮計画は,学識者などの助言を得ながら,それなりの予算と時間をかけ,「技術的に正しい解」として策定されている。しかし,事業実施段階になって,「地元の多様な声」との「ずれ」から,具体な環境保全対策案に対する関係者の合意形成が得られず,実現化を断念せざるを得ないケースも少なからず経験してきた。そこで,国営緊急農地再編整備事業亀岡中部地区では,地元の多様な声を拾い上げるためのワークショップを開催し,地元住民の視点から環境配慮計画の再構築を試みた。本報では,そのワークショップの結果を報告するとともに,その中で用いた社会学的手法,「フレームシフト(ずらし)」の可能性について考察する。
農業農村整備事業における環境配慮は,地域住民にとって自分たちのためのものとの認識が薄く,維持管理への負担感や不公平感がある。しかし,石川県での事例調査から,生き物調査に繰り返し参加した人に,維持管理作業への参加意欲が高まる可能性や,地域の生物や自然への興味や誇りが喚起され,それを保全し地域の活性化や子供の環境教育に生かしたいという意識変化が生じる可能性が示唆された。このような変化は,子供時代に生物を捕まえて遊んだ楽しさを思い出したことによりもたらされたと推察された。生き物調査を通して生物の持つ共感価値を再認識することで,維持管理の負担感や不公平感が軽減されたと思われる事例として報告する。
ショートオーラルヒストリーを用いた農家の意識調査を行った。この中で,周辺環境に対する意識を農家が自分史を語る前後で回答内容に変化があるかどうか調べた。その結果,自分史を語る前では,「周辺環境は昔と変わっていない」であったが,自分史を語った後では,「変わった」と答え,内容が変化した。これは,対象者の回答する基盤的な領域である自界が変化したことに伴う言い分(いいぶん;自界ごとで意識が異なること)が抽出されたためと考えられた。このようにオーラルヒストリーを実施することによって,農家の周辺環境に対する意識を複数の側面から効果的に引き出せた。また,これを農家に指摘すると本人にも気づきがあった。この気づきは,現実性,実現性ある環境配慮計画に貢献できるのではないか。
平成13年の土地改良法改正後,水土里ネットふくいは,農村生態系保全を目的とした業務を遂行してきた。合意形成に至る流れは確立しつつあるが,受益者の農村生態系保全に対する意識醸成を図る取組みや,事業実施後のモニタリングが不十分であることが一因で,現場には「環境との調和に配慮」できていない事例が散見される。そこで,環境配慮工法導入に取り組む技術者の間に漂う閉塞感を打破するために,①事業内容に合わせた検討会の規模や役割の再考,②ソフト技術を有する農業土木技術者の育成,③多面的機能支払交付金を利用したモニタリングの可能性,④農村生態系保全に主眼を置いた既存制度の改善,をそれぞれ提案した。
農業農村整備事業において環境との調和へ配慮した整備が実施されるなか,国営総合農地防災事業「サロベツ地区」では,農業と湿原との共生・共存を目的とした全国でも例を見ない大規模な環境配慮措置として,「緩衝帯」の設置を実現した。加えて,環境配慮型事業の効用は,地域として享受することから,今後の維持管理においては,農業者だけでなく,周辺住民を含む多様な主体の参加が期待される。このとき,地域のさまざまな考え方や立場の人々を含めた合意形成が課題であり,難しさである。本報は,「緩衝帯」の実現に至る行政および地域の取組みを紹介し,その経緯から計画,維持管理などの課題における関係者の合意形成のポイントを述べる。
農業水路において「後から環境配慮に取り組む」という選択肢が農業農村整備事業において「環境配慮が難しい状況」の打開策の一つになると考え,本報では3面コンクリート水路へのコンクリートブロックの設置に着目した調査・試験を行った。ブロックが事業時に設置された水路と従来のコンクリート水路および環境配慮水路に生息する魚類の種・個体数を比較し,ブロックを設置することの効果を確認した。また,3面コンクリート水路においてブロックを設置する実験を行い,その実験前後で魚類および水深・流速・土砂堆積などを調査し,ブロックの設置に伴う流速や土砂堆積の変化を報告した。
栃木県では,これまでに整備した生態系に配慮した施設の効果検証を行うため,平成23年度に「生き物を育む農村空間形成事業」を創設し,5年間にわたってモニタリング調査や施設の機能評価を実施してきた。平成27年度にはそれまでの成果を踏まえ,栃木県独自の「農業農村整備事業における生態系配慮の手引き」を作成した。今後,農業農村整備事業や地域で行う身近な環境保全活動などにおいても手引きが活用され,より効果的な取組みが広がることによって,本県の豊かな農村環境を維持・保全していきたいと考えている。本報では,事業の取組み内容や施設の評価結果,手引きの内容などについて紹介する。
都市近郊の水田地帯は,生物多様性の保全機能やヒートアイランド現象の緩和効果などの多面的機能を有しているが,その存続は危機的な状況にある。しかし,都市近郊の水田地帯は都市農地・農業として一括りに取り扱われ,これらに焦点を当てた報告は限られている。本報では都市近郊である東京都多摩地域を事例に,水田地帯における生態系保全の難しさの現状を,①土地利用・農業政策,②生態系保全およびその活動,の観点から整理した。これらを踏まえ,解決に向けたヒントや課題として,①多面的機能の定量的評価と向上,②農地に対する税制の改善,③生態系保全に関わる市民活動の仕組みづくり,④体験農園方式の活用,の必要性を指摘した。