歴史的所産の代表格とされる漆椀には,多くの優れた特性が秘められている。本研究は,これらのなかでも特に重要とされる熱伝導現象に着目し,形状と材質の両観点からその秘密を解き明かすことを試みた。形状に関しては,椀が有する温度変化を目的変数,形状を説明変数として重回帰分析法により,材質に由来する熱伝導特性に関しては,熱伝導有限要素解析法を用いて検討した。その結果,(1)湯温の低下は薄手な椀の方が少なく,椀温度(胴温)の上昇が大きくなる。これとは逆に,厚手な椀は湯温の低下が大きくなる反面,胴温の上昇は少ない(物理的保温性)。(2)人の温度感覚を反映した感覚的保温性の観点から検討すると,物理的保温性とは逆に,厚手な椀の方が保温性が高いと体感されていることが明らかとなった。得られた結果を総合すると,厚手な椀は中味がさめにくいとされる一般認識や椀の使用法に関する伝承は,相反する物理的保温性と感覚的保温性を,科学的視点に立脚した高い次元で融合させていると判断できる。
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