本研究は,中国四川省羌族居住地域における服飾を対象として,文献調査と画像分析に基づき,その特質を抽出・整理したものである。基本的な画像史料として252枚の写真を取り上げ,清時代後期(1840~1912年)から新中国の服飾の生活における様態を分析して,人びとの服飾の様式,生地,使用などの観察と聞き取り調査を通して,地域毎に生活者の手によって構築されてきた独自の服飾の特質を導出した。(1)当該地域の服飾は,身近な資源を活用した大麻織,毛織,毛皮製品を基盤として,人びとが何らかの要素を付加することにより積層されてきたものであった。(2)大麻織,毛織,「織字腰帯」の使用時間と使用頻度から判断すると,羌族居住地域の人びとは,紡ぎと織りの優れた技能を有していたことがうかがえる。 (3)かつて当該地域において刺繍は,大麻織や毛織の生地の特性や組み合わせに応じて多様な服飾が仕立られてきた。(4)古くから漢族とチベット族の文化を受容しつつもそれらとは異なる独自の服飾文化が形成されてきた。
本稿の目的は,参加型デザインにおいて,協創スケッチ法による協働的な創造活動の生成過程を明らかにすることである.協創スケッチ法は,創造過程をスケッチで図化することで,多様な人たちが関わりながら創造活動をする手法として開発した.これは参加者の多様な視点を活かした発想の高度化を支援する効果が期待される.筆者らは,協創スケッチ法を用いたワークショップを観察対象とし,スケッチを用いた協創現象を分析した.その結果,次のことが明らかになった.まず,参加者の創造過程が,多層的に描き加えられる状況と,多様な視点で思考できる状況がつくられていた.さらに,デザイン教育を受けていない参加者でもアイデアの拡散と修練ができていた.協創スケッチ法は,参加者が活動を相互に参照することで,クリエイタ個人の創造過程に近い状態を実現する特徴と,協創の過程を可視化することで,参加者らの相互理解の手がかりとなる特徴を有している.
近年,商品のパッケージデザインは包装技術の発展や新素材の登場,宣伝媒体の変化により多様化している.しかし,ロングセラー商品には発売当初からパッケージのデザインをほとんど変えずにマイナーチェンジだけを行なっている商品と,時代の変遷に合わせてデザインを変更し売れ続けている商品とが存在する.本研究では前者のロングセラー商品に焦点を当てた.長期間メーカーで継承されている一定のデザイン上の法則性を「レギュレーション」と定義し,パッケージ正面部のグラフィックにどのようなレギュレーションが存在するのかを検証した.商品を購入する際,パッケージと共に重要視されている色に注目し,産業革命後の大正期に発売された食品パッケージ正面部の背景色とモチーフに使用される色との二色の色面積比率を算出し,数値を可視化した.現在販売されている商品のグラフィックと発売当初のグラフィックの色面積比率を比較すると色面積比率はほぼ一定に保たれており,パッケージ正面部におけるグラフィックのレギュレーションの存在を見いだすことができた.
印象変化は製品を長期使用するための重要な一方策である.本研究では,プラスチックの充填材であるフィラーに着目し,熱可塑性樹脂とフィラーとの組み合わせにより長期使用を可能とする材料の創製を検討した.まずポリプロピレンを母材とし,無機材料粉,金属粉および和紙といったフィラーと混練した.次にサンプルを射出成形により加工し,フィラーを表面に露出させるためにサンドブラストを行った.その後サンプルの印象を評価した.その結果,評価軸として新品感,硬さ,そして派手さが導出された.またフィラーの特性が印象評価に影響を及ぼすことが示唆された.続いて長期使用を模擬するためにサンプルを表面処理した.その結果,磨耗がサンプルの印象に変化を及ぼすことが示唆された.これらより,長期使用のためのプラスチックを母材とする複合材料の可能性が示唆された.
デザインの導入基礎教育を対象に,指導者が求める到達目標を明示した「振り返りシート」を用いて,学習者の自己評価により理解・習熟度を自身で把握し,指導者の評価との関係性を明らかにする.またその結果を用いて授業プログラムおよび指導方法等を検討するための示唆を得ることを目的とする.受講者の各課題に対するの理解・習熟度の自己評価,ならびに授業運営側の各課題の設定レベルの適性度の把握と今後の授業進行の調整や課題導出を目的としてICE モデルルーブリックを応用した「振り返り」シートを作成し導入した.因子分析とクラスター分析によって,学習者と指導者の各評価間の差異を明らかにした.学習者本人が自身の理解度を把握することに留まらず,指導者の指導内容の評価にも利用することができる.また多年度にわたりその結果の推移を見ると,各年度の学習者の傾向の違いがあるが,学習者の自己評価と指導者の評価の間の差異が年度を経るごとに小さくなる傾向があり,指導内容の変更や改善が一定の学習効果の向上に寄与することが分かった.
近年,鉄道車両の意匠面でデザインが注目されることが増えてきたが,営業運転後の車両に対して,ユーザーの評価を分析した研究は少ない。そこで,「学生」「社会人」「高齢者」へのフォーカスグループ調査を実施し,聴取された意見を参考に通勤型車両全般に関するアンケート調査を実施し,デザイン課題を抽出することを目的とした。調査対象は,通勤型車両を多数運行し混雑率も高い西日本鉄道天神大牟田線大橋駅ユーザーとし,その属性分布から回答者として適切と判断した。乗客の行動に関する14 の調査項目を乗客属性(性別・身長・年齢)に分けて集計し,通勤型車両を俯瞰的に捉えて,連続するユーザーの行動を関連付けて分析した。「車両が動き出した段階での安全確保」「体力差・筋力差への配慮」「乗客・社会の変化への対応」の3つの視点から考察を行い,「部分最適が全体不適に結びつく可能性の認識」「視覚的な把握が難しい基準の認識」「設備更新時期の認識」といったデザイン課題を抽出した。また,全体最適のためには「多様な属性を持つ乗客の鉄道車両環境における行動原理への理解」が重要であることを示した。