症例は75歳の女性で,嚥下困難を主訴に紹介受診し,食道アカラシアの診断となった.バルーン拡張術により食道穿孔を来したが保存加療で軽快し,症状改善後に自宅退院した.1年6か月後に症状再燃し再度受診し,CT,経口造影検査で最大径7.5 cmに拡張しS字状に変形した食道を認めた.初回の拡張術で食道穿孔を来したため,以降の拡張術はできず,筋層切開術や経口内視鏡的筋層切開術でも穿孔のリスクが高いため,食道切除を施行した.低栄養,低心肺機能を合併していたため,一期的な食道切除再建は周術期合併症のリスクが高いと判断し,2期分割手術を採用した.術後経過は良好で術後31日目に自宅退院された.退院後は食事摂取量の増加がみられ,退院1か月後で1,300~1,400 kcal/日程度の経口摂取が可能となった.食道アカラシアに対して侵襲の大きい食道切除を施行することはまれであるが,検査所見や治療経過次第で考慮すべきと考える.
症例は64歳の男性で,2日前からの左下腹部痛で前医を受診し,腹部CTで後腹膜気腫を認め,当院を紹介受診した.上腹部正中に腹膜刺激徴候を伴う圧痛を認め,血液検査では高度の炎症を認めた.腹部造影CTで腹腔動脈,上腸間膜動脈周囲の脂肪織濃度上昇と遊離ガス像を認め,ガスは十二指腸水平部の突出部に連続しており,憩室の穿孔を疑った.腹部所見は限局しており,保存的加療を開始した.透視下に経鼻減圧チューブを挿入し,先端を十二指腸下行脚末端まで誘導した.間欠的持続吸引を開始し,高カロリー輸液,制酸剤,膵酵素阻害薬,抗菌薬投与を行った.その後炎症は徐々に改善し,第17病日に食事を開始した.第29病日に上部消化管内視鏡を行い,十二指腸水平部に肉芽増生を伴った憩室を認めた.十二指腸水平部憩室穿孔はまれであり,保存的加療を行えた報告は極めて少ないが,慎重な判断のもと,保存的治療も可能と考えられた.
肝外胆管原発濾胞性リンパ腫の1例を経験したので報告する.症例は70歳の男性で,心窩部痛,黄疸,皮膚搔痒感を主訴に前医を受診し,肝外胆管癌による閉塞性黄疸と診断され当科紹介となった.幽門輪温存膵頭十二指腸切除を施行し,病理診断にて濾胞性リンパ腫と診断された.術後化学療法を行い,術後7年後に再燃を認めたものの,再度化学療法を行い,術後14年経過した現在も寛解を維持している.肝外胆管原発濾胞性リンパ腫は非常にまれであり,これまでに報告は9例しかなく,本症例は10例目である.胆管原発の悪性リンパ腫は術前診断が困難であるため胆管癌や膵頭部癌と診断される症例がほとんどであるが,予後や治療方針が大きく異なることから,生検を中心とした術前検査から正確な鑑別を行うことが求められる.
症例は60歳の男性で,健康診断で胆囊内隆起性病変を指摘された.超音波内視鏡検査では胆囊内面に瀰漫性に広がる小隆起を認めた.MRCPでは胆囊管と後区域枝が共通幹を形成する解剖学的破格を認めたが,膵・胆管合流異常を疑う所見はなかった.悪性腫瘍が潜在している可能性が否定できず,腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.胆囊管の誤認を早期に発見するため術中胆道造影を施行したところ,胆囊管と後区域枝に加え,膵管が描出された.摘出胆囊内胆汁のアミラーゼは43,875 U/l,リパーゼは12,450 U/lであった.術後背部痛が出現し,血清アミラーゼと炎症反応の上昇,CTで膵周囲脂肪組織の濃度上昇を認め,急性膵炎と診断した.病理組織診断では胆囊粘膜面に過形成変化を認めた.術中胆道造影で膵管が描出された場合は膵炎を発症する可能性がある.
症例は44歳の女性で,転倒し上腹部打撲,同部の疼痛を主訴に近医受診した.腹腔内出血,腸管損傷を疑われ同日当科紹介となった.膵損傷または膵囊胞破裂による急性汎発性腹膜炎を疑い緊急手術を施行,手術所見より膵囊胞破裂の診断となった.部分切除した囊胞壁の病理組織学的所見より膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)であることが判明し初回手術から11日後膵体尾部切除術を施行した.切除標本に膵粘液性囊胞腺癌(mucinous cystadenocarcinoma;以下,MCCと略記)を認めMCCと診断された.破裂したMCCに対し根治術を施行した後の化学療法についてはエビデンスがない.自験例ではS-1療法を選択し,短い観察期間ではあるが無再発で経過しており報告する.
新型コロナウイルス感染症(Coronavirus Disease 2019;以下,COVID-19と略記)のパンデミック発生から4年が経ったが,潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)との関連につき一定の見解は得られていない.今回,COVID-19罹患後増悪し手術となったUCを経験した.症例は62歳の男性で,UCに対し内科加療中であった.COVID-19発症後に血便や腹痛などの症状が増悪し,免疫抑制剤を増量したが症状の改善が見られず,腎機能も悪化したため内科的治療の限界と判断し,発症後29日目に腹腔鏡下大腸亜全摘術+回腸単孔式人工肛門造設術を施行した.切除検体の病理で急性期UC所見を認めた.COVID-19による各種臓器障害ではウイルスによる直接的障害や免疫応答を介した間接的障害の機序が提唱され,治療困難となった際は早期手術を考慮すべきである.
外科学は挑戦の歴史である.その時代時代で直面する困難や限界に多くの先達が立ち向かい,我々も時にその中に身を置き,新しい課題解決に挑もうとしている.そして,時代を前に進める力の第一軸が挑戦であるならば,第二軸は協調である.消化器外科診療における学際的研究と集学的治療の重要性は論を待たないが,消化器外科が抱える今日的な社会的課題の解決には,専門性,施設,地域,世代,性別等,背景の異なる多様な消化器外科医が,それぞれの境界を超えて相互理解を深め,発想を出し合い,連携して取り組むことが必須である.本総会を通じて,新たなHarmony across boundariesが生まれ,今日的課題への新たなChallenges beyond bordersによって,本学会ならびに消化器外科学がさらに力強く発展することへの期待を込めて,会長講演を行った.