これまで,バーチャルリアリティをはじめとするデジタルメディア技術領域では,対象から得られるさまざまな感覚情報を計測し,その情報を各感覚に対して精度よく再現提示するディスプレイの開発がおこなわれてきた.高い臨場感を持った体験を作り出すための方法論としては,各感覚に対する精度の良いディスプレイを作り,単純にそれらを組み合わせる「マルチモーダル」な手法が研究されてきた.このようなアプローチは,各感覚が独立したものとしてみなされてきたために,各感覚における情報提示の最適化こそが重要と考えられてきたためである.一方で,近年の認知科学分野の研究の進展により,各感覚はそれほど独立しておらず,人間の知覚には感覚間の相互作用が重要な役割を果たしていることが明らかになってきている.感覚間相互作用とは,ある感覚における知覚が,同時に提示された他の感覚に対する刺激の影響を受けて変化するというある種の錯覚現象である.本稿では,感覚間相互作用を利用することで従来のアプローチでは提示ができなかった体験を生成可能にする新しいディスプレイ技術について,いくつかの例を紹介する.
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