仮想的な音源や音環境を模擬し聴取者に提示する,いわゆる聴覚ディスプレイシステムは,音像定位の研究に基づいて発展してきた。一方,例えば音源や聴取者が移動するような環境での知覚を検討する場合,実音源では実験系が大規模で実施が困難だが仮想音源では容易である。つまり,このことを利用すれば,聴覚ディスプレイシステムは逆に音像定位の研究に寄与することができる。もし複数の音像を同時に提示可能なシステムがあれば,実環境により近い複雑な音場における音像定位の研究が仮想環境で可能となる。現在の計算機の性能では複数の仮想音源の合成を実時間で処理可能と考えられるものの,実装例はほとんど報告されていない。本論文では,高速な並列処理が期待できるgraphics processing unit(GPU)を用いて,頭部伝達関数(head-related transfer function,HRTF)の畳み込み処理を高速化し,複数音源を同時提示可能な聴覚ディスプレイシステムの開発について述べる。使用したGPUは,2014年時点からみると数世代前のものではあるものの,処理時間の計測と聴取実験を実施して性能を評価した結果,最大で54音源を同時に提示可能であることが示された。
抄録全体を表示