私たちの持っている母音のような音を聞き分ける能力は,音響空間の中でどこでも均一というわけではない。私たちの聴覚知覚空間は,音響空間の歪んだ表現となっているのである。聴覚空間の歪現象の一例である知覚的マグネット効果(perceptual magnet effect)は,幼児期に母国語の音韻に曝されることにより生じる。著者らは,この効果を説明するニューラルモデルを開発した。このモデルは,幼児期のカテゴリ学習が聴覚野における神経の発火のし易さの分布を変え,これが,音響空間の各部分における音の弁別能力を変える,という考えに基づいている。モデルは,非言語的な刺激に対しても知覚的マグネット効果が引き起こされることを予測する。この予測は,訓練前にはカテゴリ化されていなかった非言語的聴覚刺激を使って,被験者にカテゴリ訓練をする心理物理実験により実証された。更に,このモデルは,知覚的マグネット効果が起こるのは,典型的な母音に対する聴覚皮質の表現領域が,非典型的な母音に比べて小さいためであると予測する。そして,この予測は,典型的と非典型的な母音/i/を用いた,機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた実験によって支持された。従って,このモデルは,聴覚心理物理学,脳神経生理学,神経モデリングそれぞれの研究から得られた知見を統一し,音韻カテゴリ学習機構を説明するものと言える。
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