2019年9月号の特集は「用語管理と標準化」です。専門的な分野の概念をあらわす用語の取扱いには高い精度が求められ,「ターミノロジー学」として研究も行われてきました。特に用語管理や標準化については,知識の伝達,交換といった人間の行動を助けたり解明したりする上で大きな役割があると考えられます。また情報のハンドリングを目的に,異なる分野との意味のマッピングなども試みられています。さらに,情報通信技術の高度化や人工知能の研究・実用が進んだ現在において,用語活用の可能性が高まっています。そこで今回の特集では,用語の取扱いやその標準化の変遷と現在の取組みについて実例に基づき紹介することに焦点を当てました。
はじめに石崎俊氏に専門用語管理や概念体系の作成といった活動が情報流通において果たす役割とその重要性,ISOにおけるターミノロジー活動について概説していただきました。続いて,山本明氏に用語定義をいかに曖昧なく記述するかという点から,用語の定義についてご執筆いただきました。
具体的な活用事例として,山本ゆうじ氏に翻訳における用語の標準化活動について,アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)により策定された用語集形式UTXを取り上げてご執筆いただきました。また竹内孔一氏に認知言語学を基に構築された概念体系について,専門用語の整理や自然言語処理への活用例も含めてご執筆いただきました。
最後に,様々なデータ連携を目指した横断的なデータ活用基盤として整備されている情報共有基盤(IMI)について,その取組みと「法人インフォ」における活用事例を情報処理推進機構の斉藤浩氏,清水響子氏にご執筆いただきました。
今後,用語管理や標準化をどのように活用していくことができるか,知識の伝達を行う多くの皆様のご参考になれば幸いです。
(会誌編集担当委員:稲垣理美(主査),野村紀匡,光森奈美子,南山泰之)
専門分野の用語(ターミノロジー)は多分野との情報流通のために必要であり,今後ますます重要になるので,国内外での情報流通のための専門用語の管理や概念体系の作成などの活動の概要を説明する。情報流通の重要な手段としては,国内外における用語の標準化活動があるので,過去の経緯や現在の課題,今後の可能性などについて概要をまとめる。まず情報技術の標準化を担当するISO/IEC/JTC 1における用語の標準化について概要を説明し,次いで,言語と用語の標準化を担当するISO/TC 37における翻訳・通訳も含めた用語の標準化の概要を説明する。JIS法が産業標準化法に改正されることに伴って,翻訳サービスなどに用いる用語のJIS化の動きについても概要も説明する。
標準化活動において重要となる用語の定義について概説した。ISO 704「専門用語-原則と方法」を基に,定義文の書き方の基本を述べた。内包的定義はもっとも推奨される定義であり,外延的定義は限られた場合に有効である。不十分な定義や循環的定義など,望ましくない定義と,それを避ける方法も示した。定義文とともに提供される,注記等の項目も概説した。
体系的翻訳,特に用語管理の側面は,用語が企業・組織の翻訳資産として重要であるにもかかわらず軽視されていることも多い。用語管理は,ニューラル機械翻訳の時代で意義を失ったかのように考えられることもあるが,これは誤解であり,むしろさらに重要性を増している。本稿では,組織での体系的翻訳における用語管理の概要を述べる。体系的翻訳での現状の課題を分析し,翻訳品質と,用語管理の専門性について説明する。その後,アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)により策定されたシンプルな用語集形式UTXによる用語管理の概要と活用例を紹介する。
近年,認知言語学を基に構築されている概念体系を利用した用語整理手法が提案されており,概念体系の構築と利用について期待が高まりつつあると考えられる。著者は複合名詞内の係り関係を分析した語彙概念構造を発展させて,意味役割と述語の概念をシソーラス状に体系化した述語項構造シソーラスを構築して公開している。そこで,本稿では,構築している述語項構造シソーラスの基本的な設計方針と,データ構造の説明,および最近の発展について説明する。さらに,概念体系データが専門用語の整理や自然言語処理で使われた例について説明し,概念体系データの今後の展望について述べる。
経済産業省が運営する400万法人のデータベース「法人インフォメーション(法人インフォ)」は,各府省保有の法人活動情報約160万件を集約しており,データを一元的に検索・取得可能である。法人デジタルプラットフォームの中核データベースとしての対象データ拡充をはじめとする継続的な発展を見据え,IMIを用いて「法人情報語彙」を整備し,多様な情報源からのデータ集約が容易に行える環境を構築した。本稿では,IMIの取組みと法人インフォにおける活用事例を紹介する。