「Society 5.0」や「第四次産業革命」とともにDX(Digital Transformation)という言葉を目にし,耳にする機会が増えたと感じています。「DXで第四次産業革命を推し進める」,「DXでSociety 5.0を実現」と言われますが,多くの人にとって政府が掲げる中長期目標,大学の先生の近未来予測,一部先端企業の取り組みといった,どこか遠くの動きだったのではないでしょうか。
ところが,COVID-19の感染拡大をうけて,テレワークだ,リモート会議だと言われ,それに伴ってDXという言葉が頻繁に使われるようになりました。図らずも世の中が一気に「DX化」したという印象を持ったのは,私たちパテントドキュメンテーション委員会メンバーだけではないはずです。DXには「デジタル技術やデジタルデータを活用して業務の効率化を目指す」という側面と,「データを活用した新しいソリューションの創造」という側面があると思います。では,DXで言う「データ」とは誰が生み出し,誰のもので,それはどこで管理され,利用に際してはどのような制限や留意点があるのか,ニューノーマルと言われる新しい社会で,自分(自社)をどうDX化していくのか,これらの問いに自分事(自社の事)として答えられる人は少ないと思います。
この特集号は,意識レベルや置かれている状況にばらつきのある受け手に向け,知財活動におけるDXの観点から,「DX」をご紹介したいという思いで企画しました。
はじめに日本イノベーション融合学会の岸和良氏に,初心者向けにDXについて解説していただきました。第二稿は,マスクドアナライズ氏に,知財DXの観点から豊富な例を挙げて,解説していただきました。第三稿は,内閣府の小林英司氏に,知財DXを政策面から「官」の取り組みとしてご紹介いただきました。続く第四稿,第五稿は,「民」の立場から,知財DXの先端企業と言われる,旭化成株式会社の佐川譲氏(共著者中村栄氏)と,富士通株式会社の田中裕紀氏に,知財DXのフロントランナーとして,取り組みの様子をご紹介いただきました。そして最後にVALUENEX株式会社の中村達生氏に,知財の解析の観点から知財DXの未来を展望していただきました。
この特集号が,読者の皆様の新しい興味への動機付けや,DXへの取り組みをインスパイアするものとなればうれしく存じます。
パテントドキュメンテーション委員会(江口佳人,大島優香,桐山 勉,佐藤秀顕,清水美都子)
知財担当理事(中野 剛,山中とも子)
DX(Digital Transformation)は客との良好な関係の維持,企業や団体の業績向上,将来に向けた継続成長に必要である。しかし,日本ではDX導入に成功している事例はまだ少ない。今後成功事例を増やすためには,DXの成功要素を見つけることが重要である。DXが成功するか失敗するかは,DXの本質を理解しているかに依存する。DXの手段と目的を混同しないようにすることが重要である。DX成功要素は,客や社員に価値を提供する経営面での課題解決を実施すること,企業や団体の上層部が深く関与すること,適切な組織を設定すること,DX人材の能力定義を行うこと,適切な人材育成を行うことが必要である。
昨今の第三次AIブームからコロナ禍でテレワークによるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進など,企業活動におけるIT(情報技術)の活用は急速な変化を遂げている。この流れは知財法務においても同様であり,様々な業務や周辺環境においてIT・デジタル化による変革が迫られている。本記事ではAIブームを含めたITによる失敗を踏まえながら,曖昧となっているDXの定義や本質について明確にすることが最初の目的となる。その上で知財法務部門おけるデジタル化による業務効率化,新規事業による利益創出,失敗を許容する文化醸成について,解説するものである。
2020年5月,知的財産戦略本部において『知的財産推進計画2020~新型コロナ後の「ニュー・ノーマル」に向けた知財戦略~』が決定された。同計画には,データ利活用促進に向けたルール整備や,デジタル社会における標準の戦略的な活用に向けた取組,企業におけるDX事例の「経営デザインシート」を活用した分析等が盛り込まれた。近年では,機関投資家が知財情報を活用する動きや企業に対する知財情報の開示要請の動きが見られる。本稿では,これら知財を取り巻く環境変化を踏まえた政府の最新の取組の紹介と,知財関係者がこのような非連続的な変化に対応するためのDXの必要性と,その実現手法の解説を行う。
コロナ,第4次産業革命・DX,気候変動やグローバルサプライチェーンの寸断等の影響により,「不確実性」が高まる環境下,企業は,競争力を高めるDXと同時に,持続可能性が求められている。当社では,「持続可能な社会への貢献」と「持続的な企業価値の向上」との好循環を目指すという考え方の下,「事業高度化」のためのデジタルトランスフォーメーション推進の1つの柱としてIPランドスケープ(IPL)を導入し,その活動を推進している。本稿では,サステナビリティ時代のIPLの貢献として,短期,中期,長期の3段階でのアプローチを紹介する。
ビジネス環境が急速に変化する中,富士通はDX企業になるとの強い決意のもと,「イノベーションによって社会に信頼をもたらし世界をより持続可能にしていく」といったパーパスを掲げて変革に取り組んでいる。富士通の知財部門は,パーパス実現において重要となる,信頼,共感,挑戦といった循環を構成する各要素での貢献を目指して活動している。本稿では,まず,富士通の知財戦略の進化について触れ,パーパス実現に向けた知財部門の取り組みのうち,特に挑戦について,①新型コロナウイルスに関連する知財貢献,②図書館改革,③新しいサービスIP Insightの3つを紹介する。
世の中の事象が指数関数的に変化し,様々な種類の情報が環境化しているデジタルトランスフォーメーション(DX)時代において,レジリエンス(復原力・弾性力)を高める情報解析のあり方を考察した。それは,データの不完全性に対する理解,知財やその他データの融合(データフュージョン),適切なメトリクス作成,インデックスの選択,判断力の醸成を実行することである。さらに,公平性・再現性を担保するには,俯瞰的・客観的なアプローチが必須要件である。これらを実現すれば,争点の少ない創造性豊かな社会の実現に近づける。