今月号では知的財産権に関する動向について「知財動向アップデート」として特集します。知的財産権に関する動向は変化が激しい分野で,欧州では欧州単一特許制度が始まり,実務上の変化も生じています。国内では知財教育に関する活動・実践の積み重ねが学問として確立しつつあり,AIを活用した特許調査ツール等も発展していることから,本特集では知財制度から知財教育学,具体的な関連サービスの最新動向についても取り上げます。
本特集の総論として,知的財産権に関する基礎・基本の内容について伊東正樹氏にご執筆いただきました。時代の変化を踏まえた知財制度全体と,そこに関わる知財担当者の業務について概説いただいており,知財に関する全体像をわかりやすくまとめていただいています。
2023年6月に本格的に始動した欧州単一特許制度については,まず河合利恵氏に概説をご執筆いただきました。欧州単一特許制度の概要や,制定過程,単一効特許を選択するメリット・デメリットなど含めてご紹介いただいています。欧州単一特許制度にあたって,実際の特許調査の具体的な調査・検索方法については藤田容子氏にご紹介いただきました。本制度下におけるステータス情報の確認方法について具体的な操作を含めご説明いただいており特に実務担当の読者の方々にお役立ていただける内容になっています。
続いて知財教育学について,世良清氏方に解説いただいています。知財教育学成立までの過程,意義や目指すところについて,また三重大学,大阪教育大学,名古屋文理大学それぞれの事例についても取り上げていただいています。
最後に具体的な特許情報関連サービスの動向について野呂高樹氏にご紹介いただきました。国内外の公的機関が提供する主なデータベースや,民間が提供する特許情報関連サービスについても業界の動向や最新機能も含め取り上げていただいています。
読者の皆様におかれましては,本特集でこれら知的財産権に関する最近の動向の包括的な理解にお役立ていただき,現場担当者様には実務のためのアップデートの一助としていただければ幸いです。
(会誌編集担当委員:福原綾(主査),尾城友視,水野澄子,森口歩)
日本の知的財産制度は明治時代に設立されて以降,長年多くの企業で活用されてきた。しかし,近年はAIなどの技術革新や事業の多様化,経済や国際情勢など環境が変化し,これに対応するように度重なる制度改正がなされてきた。さらに企業を取り巻く環境も変わり,技術のオープン化や規格標準への対応,IPランドスケープなど,知財担当者には新たな業務の対応が求められている。また知財戦略の立案および事業や経営層,その他社内外のステークホルダーとの連携強化など,知財担当者の活動領域も広がっている。本稿では,このような時代の変化を踏まえた知財制度全体と,そこに関わる知財担当者の業務について概説する。
欧州特許について,「単一効特許」制度と「統一特許裁判所」制度とがパッケージとなった「欧州単一特許制度」が2023年6月に本格的に始動し,1年が経過した。制度普及には欧州特許庁も力を入れている。単一効特許はどのようにして取得することができ,どのように利用されているのか。また統一特許裁判所はどのような構成となっていて,どのような事件が管轄となり,どのような判決が出され始めているのか。単一効特許制度の概要,従来型の欧州特許制度との共通点と相違点,統一特許裁判所の概要,「オプト・アウト」とは何か等について,統計を参照しつつ概説する。
欧州単一効特許と統一特許裁判所からなる「欧州単一特許制度」が開始され,特許付与の公告後に欧州単一効特許の登録がされると新たな種別コードが付与されるようになったが,発行される公報の種類は従来型の欧州特許と変わりはない。一般的な特許調査を行う上では欧州単一特許制度が及ぼす影響は少ないものと思われるが,特許付与後のステータス情報の調査を依頼された場合には欧州単一効特許の申請・登録状況や,従来型の欧州特許のオプトアウトの登録状況といった確認が新たに必要となる。これらの情報は欧州特許庁などが提供するウェブサイトにて確認が可能である。
日本では,知的財産基本法によって知財教育の概念が生まれ,近年,学術研究の対象として知財教育学が確立しつつある。知財教育は,アイデア創出や創造性を養うことと,他者のアイデアを尊重する指導を通して人格の陶冶に資することにあり,本稿では,その一連の教育活動を,知財人材育成や,知財創造教育と対比しながら段階的に捉え,これを学術的に研究する知財教育学のありようを明らかにした。さらには知財教育ができる教員の養成と,教員養成のための研究が狭義の知財教育学であることを提唱した。
本稿では,特許情報関連サービスの動向について解説する。グローバルの特許情報は既に1億件を超えており,これら情報の効果的・効率的な分析・活用が期待されている。特許庁の特許情報提供サービスに関する調査報告書などを参考にして,諸サービスの活用状況や国内外の公的機関が提供する主なデータベースの紹介,そして,民間が提供する特許情報関連サービスに関しては,特許情報提供サービス業界の動向や,特許情報に係る商用データベースの高度な機能,IPランドスケープ,無償ツールの利用について紹介する。知識基盤社会と言われて久しいが,最近の特許情報関連サービスはそれを内実化・充実化させるものの一つとして位置づけられよう。
我が国の平均寿命は世界で最高水準であるとともに人口に対する高齢化率も年々上昇しており,これまでに経験の無い超高齢化社会へと向かっている。そして今後は医療技術の更なる発展の他,食習慣の最適化等により日々のウェルビーイングを体感できるヘルスケアシステムによる健康長寿社会のモデル形成が模索されている。また,スマートフォンやスマート健康家電等と連動したヘルスケア関連システムやアプリは既に多く存在するが,本分野の市場規模は大きく,今後も更なる発展可能性を有する。本稿では健康社会における上記システム等について,食との関係にも言及しつつ,今後の課題とその対応や考慮ポイントを記載した。