日本公衆衛生雑誌
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70 巻, 9 号
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特別論文
  • 古屋 好美, 中瀨 克己, 西塚 至, 寺谷 俊康, 砂川 富正, 坂元 昇, 冨尾 淳, 平尾 智広
    2023 年 70 巻 9 号 p. 519-528
    発行日: 2023/09/15
    公開日: 2023/09/30
    [早期公開] 公開日: 2023/06/28
    ジャーナル フリー

    目的 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応における健康危機管理の経験から,公衆衛生の現場が向かうべき方向性と共有すべき手法を明確にし,現場と研究分野とが共有可能な展望を示す。

    活動方法 日本公衆衛生学会公衆衛生モニタリング・レポート(MR)委員会健康危機管理分野の2021/22年度のグループ活動として1) COVID-19対応,2) わが国と世界の健康危機,3) オールハザード対応の健康危機管理体制の各課題についてモニタリングを実施した。また,第81回日本公衆衛生学会総会でシンポジウムを企画し,1) 危機管理調整システム(ICS)のCOVID-19対応への導入,2) 厚生労働省コロナ本部地域支援班の経験によるレジリエンス強化,3) 国立感染症研究所によるCOVID-19事例の疫学調査支援,4) 危機管理における各国の法制度上の課題の4つの視点からの話題提供を踏まえて重要課題の整理と提言を行った。

    活動結果 モニタリング活動により,1) COVID-19対応における保健・医療現場での業務継続を可能にする仕組み・人材育成方法の構築,2) 安全保障やエネルギー,情報通信技術等に起因する新たな健康危機対策の検討,3) 効果的効率的な保健医療資源の活用に向けたあらゆるハザードを想定したリスクの把握と分野横断的な取り組みなどが今後の重要課題として整理された。学会シンポジウムでは,健康危機管理の現場である保健所や自治体の公衆衛生部門では,繰り返す感染拡大による需要の急増に伴い全国的に業務が逼迫したことを確認した上で,1) ICSの導入により全庁体制で効果的な対応を実現した地域もあったことから,全国で好事例や工夫を集約・評価し,自治体の対応能力の向上につなげる仕組みが求められること,2) 保健所におけるクラスター対策等の技術力の強化に加えて,将来の想定外の緊急事態に備えて自治体全体を俯瞰する役割・機能が必要であること,3) オールハザード・アプローチの健康危機管理に向け,法制度や仕組みのあり方についての学術的検討により現場レベルでボトムアップの人材育成や業務改善に取り組む重要性等の提言をとりまとめた。

    結論 COVID-19対応の教訓を踏まえつつ未経験の健康危機への対応も想定した上で,オールハザード・アプローチに基づく「危機対応の仕組みと人材」の向上のため全庁的な取り組みを全国規模で推進することが必要である。

原著
  • 竹内 寛貴, 井手 一茂, 林 尊弘, 阿部 紀之, 中込 敦士, 近藤 克則
    2023 年 70 巻 9 号 p. 529-543
    発行日: 2023/09/15
    公開日: 2023/09/30
    [早期公開] 公開日: 2023/06/08
    ジャーナル フリー

    目的 健康寿命延伸プランの主要3分野の1つに,高齢者のフレイル対策が掲げられ,その1つとして社会参加の活用が期待されている。しかし,これまでの先行研究では,社会参加の種類や数とフレイル発症との関連を縦断的に検証した報告はない。本研究では,大規模縦断データを用い,社会参加の種類や数とフレイル発生との関連について検証することを目的とした。

    方法 日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study:JAGES)の2016年度と2019年度のパネル調査データを用いた縦断研究である。2016年度(ベースライン時点)と2019年度(追跡時)のJAGES調査に回答した高齢者から,ベースライン時点の日常生活動作の非自立者と無回答者,フレイル(基本チェックリスト8点以上/25点)とフレイル判定不能者などを除いた,28市町59,545人を分析対象とした。目的変数は追跡時のフレイル発症とし,説明変数はベースライン時点の9種類の社会参加の種類と数を用いた。調整変数には,ベースライン時点の性,年齢,等価所得,教育歴,婚姻,家族構成,就労,プレフレイル(基本チェックリスト4~7点/25点)の有無,喫煙,飲酒,都市度の11変数を用いた。多重代入法により欠損値を補完し,ポアソン回帰分析を用いて社会参加とフレイル発症との関連を検証した。

    結果 追跡時のフレイル発症は6,431人(10.8%)であった。多重代入法後(最小64,212人,最大64,287人)の分析の結果,老人クラブを除く8種類の社会参加先である介護予防(Risk Ratio: 0.91),収入のある仕事(0.90),ボランティア(0.87),自治会(0.87),学習・教養(0.87),特技・経験の伝達(0.85),趣味(0.81),スポーツ(0.80)で,フレイル発症リスクが有意に低かった。さらに,社会参加数が多い人ほどフレイル発症リスクが有意に低かった(P for trend <0.001)。

    結論 社会参加とフレイル発症リスクとの関連を検証した結果,ベースライン時点で8種類の社会参加をしている人,社会参加数が多い人ほど3年後のフレイル発症リスクが低かった。健康寿命延伸に向けたフレイル対策の一環とし,社会参加の促進が有用であることが示唆された。

公衆衛生活動報告
  • 桑原 恵介, 金森 悟, 鈴木 明日香, 渋谷 克彦, 加藤 美生, 福田 吉治, 井上 まり子
    2023 年 70 巻 9 号 p. 544-553
    発行日: 2023/09/15
    公開日: 2023/09/30
    [早期公開] 公開日: 2023/06/08
    ジャーナル フリー

    目的 本邦の公衆衛生専門職大学院は疫学,生物統計学,社会行動科学,保健政策・医療管理学,産業環境保健学を基本5領域に据えて教育を行ってきたが,その現状と課題に関する知見は乏しい。そこで,帝京大学大学院公衆衛生学研究科を教育活動事例として,公衆衛生学修士課程(Master of Public Health, MPH)での教育の現状と課題,改善案をまとめることとした。

    方法 MPH教育の目標と授業科目の記述には,帝京大学大学院公衆衛生学研究科2022年度履修要項を参照した。課題と改善案は,同研究科での各領域の担当教員から意見を抽出し,要約した。

    活動内容 疫学では問題の本質を定式化して,データを収集・評価し,因果効果について推定できるように,討議を含む講義が行われきたが(計8科目),新たな公衆衛生課題への応用や技術革新へのキャッチアップの担保が課題である。生物統計学ではデータと統計学を理解し,解析を実践するための講義・演習が行われてきた(計9科目)。課題としては学生の理論の理解と講義難易度の設定,新しい統計手法の教材不足が浮かび上がった。社会行動科学では人間の行動を理解し,課題解決に向けて行動するための講義・演習・実習が行われてきた(計8科目)。課題としては,様々な行動理論の限られた時間内での習得,多様なニーズとの乖離,実践で役立つ人材育成が示された。保健政策・医療管理学では世界や地域の課題を発見・解決するために,政策や医療経済的視点も交えて講義・演習・実習を行ってきたが(計19科目),グローバル人材の輩出や行政実務者の入学不足,合理的・経済学的思考やマクロ経済的変化の認識の不足が課題である。産業環境保健学では産業・環境による影響と対策を法律・政策も含めて理解するための講義・演習・実習を行ってきた(計9科目)。課題としては最新技術や環境保健,社会的に脆弱な集団等のテーマの充実が挙げられた。

    結論 帝京大学でのMPH教育の振り返りを通じて,時代に即したカリキュラム編成,多様な学生,求められる知識・技能の増加,実務家の実践力醸成といった課題に対処していくことが,次世代の公衆衛生リーダーの育成に向けて重要であることが示唆された。こうした課題を解決していくために,公衆衛生専門職大学院での教育内容を全体像の視点から定期的に見直し,改革を行う不断の努力が求められよう。

資料
  • 梅本 礼子, 恒松 美輪子, 松山 亮太, 梯 正之
    2023 年 70 巻 9 号 p. 554-563
    発行日: 2023/09/15
    公開日: 2023/09/30
    [早期公開] 公開日: 2023/06/08
    ジャーナル フリー

    目的 全国がん登録は,がん登録等の推進に関する法律(平成25年法律第111号)に基づき,がん医療の質の向上,がん予防の推進,情報提供の充実,がん対策を科学的知見に基づき実施するため,がんの罹患,治療,転帰などの状況を把握し,分析することを目的として実施されている。本研究では,広島県がん登録情報を集計,解析することにより,患者本位のがん医療に関する提供体制の現状と課題を明らかにし,広島県のがん対策を充実させるための施策の基礎資料として役立てることを目的とした。

    方法 全国がん登録に登録されている,2013年から2017年にがんと診断された広島県内の新規届出者141,195人を対象とした。がん登録の届出項目のうち,分析に使用した主な項目は,部位,診断日,年齢,発見経緯,進展度,患者住所医療圏,診断医療機関医療圏,初回治療情報であった。診断時の受療医療圏を把握するため,自医療圏・他医療圏の受療割合を算出し,自医療圏外に移動する人の特徴を探るため,変数増加法による多重ロジスティック回帰分析を実施した。

    結果 患者居住地と診断医療機関が同じ患者の割合(診断時医療圏完結割合)を算出した結果,地域差が認められた。受療移動の有無に影響する因子を検討した結果,性別,部位,進展度,医療圏は有意に影響していた。とくに,医療圏の広島西,広島中央のオッズ比が高値を示した。診断医療施設医療圏におけるがん医療水準の評価が可能となる部位別進展度別の初回治療法の実施割合が把握できた。

    結論 広島県がん登録情報を活用してがん患者の受療動態を把握することは,広島県がん対策推進計画の分野とされている「患者本位のがん医療の実現」がん医療の均てん化に向けての現状・課題を整理する上で有用である。標準治療の遵守率などがん医療水準を評価できる手法として活用できる可能性も提示されている。

  • 大木 いずみ, 藤田 伸
    2023 年 70 巻 9 号 p. 564-571
    発行日: 2023/09/15
    公開日: 2023/09/30
    [早期公開] 公開日: 2023/06/08
    ジャーナル フリー

    目的 新型コロナウイルス感染拡大が,栃木県のがん診療へ与える影響を,栃木県内のがん診療を担う主要な医療機関を対象に,院内がん登録のデータを用いて感染拡大前(2019年診断症例)と感染拡大後(2020年診断症例)を比較し,明らかにすることを目的とした。

    方法 栃木県がん診療連携協議会18施設のがん登録を2019年と2020年診断症例について,性別,年齢階級別,診断時住所別,診断月別,部位別,進展度別,治療法別に比較した。発見経緯については,検診に関係する胃・大腸・肺・乳房・子宮頸部・前立腺について検討した。

    結果 18施設の登録数は,2019年は19,748件,2020年は18,912件であった。2020年は2019年に対して836件の減少,前年比は0.958(4.2%減少)であった。2019年,2020年でそれぞれ男性は11,223件,10,511件(712件,6.3%減少),女性は8,525件,8,401件(124件,1.5%減少)で,男性の減少が大きかった。男女とも年齢階級別では,40歳未満で減少を認めず,それ以上の年齢で減少した。診断時住所別では,県内の登録数が減少したが,県外は減少を認めなかった。診断月では,5月と8月の登録数の減少が顕著であった。発見経緯として,検診発見による登録数,割合はともに減少した。部位別では,がん検診に関係する胃・肺・大腸・乳房・子宮頸部・前立腺は減少し,全登録の減少数836件に対して689件(82.4%)を占めた。登録数が減少しなかった部位は,口腔・咽頭,膵臓,骨・軟部,子宮体部,膀胱,悪性リンパ腫,白血病であった。進展度としては,上皮内,限局,領域リンパ節転移は減少したが,遠隔転移や隣接臓器浸潤の登録数の減少はみられなかった。

    結論 栃木県における新型コロナウイルス感染拡大ががん診療に及ぼす影響について栃木県がん診療連携協議会のがん登録データを用いて明らかにした。2020年は2019年と比較して登録数が減少し,影響は年齢,医療機関,部位,検診状況,進展度によって異なった。とくに検診による減少が顕著であった。また5月,8月の登録数の減少は感染拡大時期や緊急事態宣言などの影響が考えられた。

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