日本公衆衛生雑誌
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50 巻, 11 号
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論壇
  • 湯浅 資之, 建野 正毅, 若井 晋
    2003 年 50 巻 11 号 p. 1041-1049
    発行日: 2003年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
     1978年に提唱されたプライマリ・ヘルス・ケアは社会正義,公正,人権という政治的インタレスト(関心)に立脚し,「全ての人々に健康を」保障しようとする保健戦略であった。だがその一方で,米国を中心とする先進国,多国籍企業が強く求める貿易・資本・金融の自由化を推進する「グローバリゼーション」は世界を席巻するようになり,新自由主義経済体制の興隆に伴い全世界のあらゆる領域に経済性優先の価値基準がもたらされるようになった。その潮流を支える国際機関として,国際通貨基金や世界貿易機関とともに世界銀行は開発途上国の開発に大きな影響力を持つに至る。
     健康への投資が経済成長の基になる論理をもった世界銀行は,1990年代保健への財政支援の優越性を獲得し,国際保健でも大きな発言力を持つようになった。すなわち今日では,公正,人権といった政治的インタレストは影を潜め,替わって予算配分,費用対効果,コスト削減,効率といった経済的インタレストが国際保健戦略の舞台で議論の中心となってきている。保健戦略の経済性への傾倒は「全ての人々に健康を」追及する世界保健機関の基本戦略に本質的問題を提起していると思われる。
短報
  • 山岸 良匡, 細田 孝子, 西連地 利己, 森 和以, 富田 拓, 西村 秋生, 谷川 武, 磯 博康
    2003 年 50 巻 11 号 p. 1050-1057
    発行日: 2003年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    目的 地域住民健常者において,body mass index (BMI)区分とその後の高血圧,糖尿病,高コレステロール血症発症との関連を明らかにする。
    方法 茨城県内における基本健康診査受診者で,高血圧,糖尿病,高コレステロール血症の既往のない40~69歳の男女1,427人を平均4.3年間(平成 5 年~12年)追跡し,BMI とその後の高血圧,糖尿病,高コレステロール血症の発症との関連を分析した。
    成績 追跡期間中,118人が高血圧(収縮期血圧160 mmHg 以上,拡張期血圧100 mmHg 以上,高血圧治療中のいずれか)を,56人が糖尿病(空腹時血糖126 mg/dl 以上,随時血糖200 mg/dl 以上,HbA1c 6.1%以上,糖尿病治療中のいずれか),136人が高コレステロール血症(血清総コレステロール値240 mg/dl 以上(50歳代以上の女性のみ260 mg/dl 以上),又は高脂血症治療中)を発症した。性,年齢,自覚的運動不足の有無,食習慣,飲酒状況,喫煙状況および初回健診時の血圧,血糖,総コレステロール値を調整すると,高血圧,糖尿病の相対危険度は BMI(kg/m2)が27.0以上の群で21.0~22.9の群に比べいずれも有意に高く,高血圧の相対危険度(95%信頼区間)は1.9(1.0-3.6),糖尿病については2.9(1.2-7.4)であった。しかし,これらの関係は BMI が23.0~24.9の群,25.0~26.9の群では統計学的に有意でなかった。一方,高コレステロール血症の多変量調整危険度は BMI が23.0~24.9の群で1.5(0.9-2.6), 25.0~26.9の群で1.7(0.9-3.2), 27.0以上の群で1.6(0.8-3.1)であり,いずれの関連も有意でなかった。これら三疾病を合算した分析では,多変量調整危険度は BMI が23.0~24.9の群で0.9(0.6-1.5), 25.0~26.9の群で1.2(0.7-2.1), 27.0以上の群で1.8(1.0-3.3)であった。
    結論 BMI が27.0以上の群において,高血圧,糖尿病の発症リスクが増大することが明らかとなった。このリスクの増大は BMI が27.0未満の群では統計学的に有意でなかったことから,BMI が25.0~26.9の者に対して一律に減量指導を行う必要性は,BMI が27.0以上の群に比べ少ないと判断された。
資料
  • 臼田 寛, 玉城 英彦, 紺野 圭太, 河野 公一
    2003 年 50 巻 11 号 p. 1058-1065
    発行日: 2003年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
     公衆衛生史上初の国際条約となる「たばこ規制枠組み条約」(FCTC:Framework Convention on Tobacco Control)最終案がスイス・ジュネーブの世界保健機関(WHO)で開催された加盟171か国による第 6 回政府間交渉委員会(INB6:6th Intergovernmental Negotiating Body)最終日の2003年 2 月28日に合意に達した。FCTC はその後 5 月に開催された WHO の最高意思決定会議である第56回世界保健総会(WHA56:56th World Health Assembly)で正式採択され,現在は署名・批准作業に入り 9 月29日現在で73か国と 1 団体が署名,2 か国が批准している。日本政府は来年 1 月召集の通常国会での批准を予定している。
     この国際条約作成を強力に推進してきた前 WHO 事務局長 Brundtland 氏は,今回の合意を「国際保健の歴史上画期的であり,世界の人々すべての健康にとって非常に大きな一歩である」と評価している。たばこ対策にかねてから強い関心を持っていた Brundtland 氏は98年 5 月の事務局長就任演説で早々にたばこの有害性とたばこ対策の必要性を強く主張し,7 月の正式就任直後には WHO のたばこ対策本部である「たばこのない世界構想」(TFI:Tobacco Free Initiative)を組織,翌年の WHA52 では FCTC 作成のための INB と作業部会を発足させ,一期 5 年の在任期間中常にたばこ対策推進の先頭に立ってきた。Brundtland 氏は事務局長を 7 月に退任しており,今回の FCTC 原案合意は氏の任期 5 年(98~03年)の活動を締めくくる集大成とも言える。本稿ではこの国際条約が原案合意に至った経過を報告する。
  • 土井 陸雄, 伊藤 亮, 山崎 浩, 森嶋 康之
    2003 年 50 巻 11 号 p. 1066-1078
    発行日: 2003年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
    目的 わが国における単包虫症(単包性エキノコックス症)患者発生の歴史を検討し,その発生要因,予防対策,臨床的対策を検討する。
    方法 既刊の関係論文・抄録,医学中央雑誌,病理剖検輯報,感染症発生動向調査週報,と畜関連法規,日本帝国統計年鑑,食肉文化・皮革およびと畜場の歴史に関する資料を原資料として,単包虫症患者の発生動向を把握し,畜産,と畜関連法規およびと畜場管理の実態との関係を考察した。
    結果 わが国における単包虫症患者発生76例を確認した。患者発生は屠場法施行を境として大きく 2 時期に分かれ,屠場法以前には九州,四国,中国地方を中心に単包条虫の感染環が存在していたこと,またそれが軍備増強のための畜産奨励や日清・日露戦争を始めとする中国大陸との人的物的交流と深く関係していたこと,次に屠場法施行後,と畜場衛生管理の整備と不衛生な小規模と畜場の整理統合が行われ,日本国内における患者発生が激減したことなどが示唆された。ただし,この時期に中間宿主(牛およびヒト)からは単包虫症が発見されているが,終宿主(犬)から単包条虫を検出した報告がないため,屠場法施行が単包虫症患者発生減少の原因となったことを示す科学的実証はない。戦後も一時的に国内感染と思われる少数の単包虫症患者発生はあるが,近年は患者の大部分が海外の単包虫症流行域に滞在したことのある日本人および外国人である。
    結論 単包条虫の感染環を駆逐し,ヒト患者発生を予防するには,と畜場の衛生管理がとくに重要である。近年の海外流行国からの来日外国人の発症に対しては,検査機関の整備と医療情報の周知が重要である。また,海外の流行国から無検疫で輸入されている畜犬に対してエキノコックス検疫体制の整備が急務である。
特別論文
  • 岡本 悦司
    2003 年 50 巻 11 号 p. 1079-1090
    発行日: 2003年
    公開日: 2014/12/10
    ジャーナル フリー
     疫学研究倫理指針(以下,指針)が2002年 7 月より施行されたが,疫学研究は公衆衛生研究の全部ではなく,様々な分野を含む公衆衛生研究においては,個々の学会発表や投稿論文において指針の対象か対象外かをめぐって混乱も予想される。
     そこで指針の対象か対象外かを簡便に判断できるアルゴリズムを作成し,日本公衆衛生雑誌に 1 年間に掲載された原著論文に適用し分類を試みた。
     その結果,46編の原著論文のうち,指針の対象と考えられるものは16編あり,その他は,対象外の広義の疫学研究,心理・経済研究,方法に関する基礎研究等に分類された。投稿規定は,倫理的考慮を必要とする場合は方法の項への記載を求めている。指針対象となる疫学研究では倫理的配慮の記載がおおむね守られていたが若干不十分な例もみられた。
     分類により,公衆衛生研究が疫学のみならず心理,経済分野にわたる学際的なひろがりを有するとともに,同じ個人情報を扱う研究であっても,研究の目的と内容によって厳格な倫理審査を要求する指針が適用されるものと,学術研究の自由を措置する個人情報保護法が適用されるものに分かれることが明らかになった。
     なお,本稿のアルゴリズムも分類結果も著者の私見に基づくものであり,厚生労働省や国立保健医療科学院の公式見解ではない。
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