日本公衆衛生雑誌
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51 巻, 4 号
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総説
  • 石田 晃造, 今井 博久, 小笠原 克彦, 玉城 英彦
    2004 年 51 巻 4 号 p. 233-239
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
     肝臓移植(LT)の医療経済学評価(HEA)について,欧米諸国の文献を概説し,評価がほとんど行われていないわが国の今後の展望について考察を行った。
     LT は高額な医療費がかかる医療技術であるが,健康アウトカムに優れた医療技術であると報告されている。このような医療技術の経済性と有効性の観点からの評価として HEA がある。多くの医療技術に対する評価がすでに行われている欧米諸国では,LT は終末期肝臓疾患(ESLD)患者の唯一の治療法として確立されている。一方,わが国においても LT は,ESLD 患者の治療法として実施されているものの,HEA は行われていない。そのため,LT の社会的な容認が進んでいない一因となっていると考えられる。
     そこで,MEDLINE および医中誌 WEB 版 Ver. 2 を用いて,欧米諸国,わが国の LT の HEA に関する文献検索を行った。その結果,MEDLINE では完全な HEA が行われた原著論文数は 6 件であった。このうち,特定の肝疾患に対する LT の HTA を除いた 4 件の報告から,観察期間の延長によって,LT は費用効果・効用に優れた医療技術であることが推察された。医中誌によって得られたわが国の報告(主に小児を対象)でも観察期間の延長により同様の結果が得られている。
     今後,わが国においても LT の HEA が行われ,社会的に容認される医療技術の 1 つとなることを期待する。
原著
  • 杉浦 圭子, 伊藤 美樹子, 三上 洋
    2004 年 51 巻 4 号 p. 240-251
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 近年,配偶者を介護する介護者が増え,それに伴って男性介護者は増加している。本研究では,本邦において介護者の在宅介護の状況および介護ストレスの性差を明らかにし,男性介護者と女性介護者の特徴を明確化することを目的とした。
    方法 大阪府東大阪市在住の介護保険サービス利用者から層別無作為抽出した2,020人を調査対象とし,無記名自記式質問紙を送付し,1,287人から回答が得られた(回収率63.7%)。そのうち介護者の存在を確認できたのは947人で,ここから介護者の性別不明等を除外し,868組の要介護者と介護者を分析対象とした。要介護度,要介護者の認知障害の重症度,介護提供状況,介護負担感,介護者のうつ状態,副介護者の有無,介護保険サービスの利用状況,ストレス対処方略,介護者,要介護者の基本的属性について,男性介護者と女性介護者で比較した。
    成績 男性介護者の割合は27.1%であった。男性介護者は女性より年齢が高かったが,女性が介護する要介護者の方が男性が介護する要介護者より高齢であった。要介護者の心身の状態では,女性介護者の方が認知障害の重症度が高い要介護者を介護していた。また,介護提供状況では,女性介護者の方が介護時間は有意に長く,介護内容も多かった。項目別では,女性介護者の方が「服薬」「整容」「入浴」「食事介助」「食事準備」「掃除・洗濯」「買い物」「金銭管理」等を有意に多く実施していた。介護ストレスについては,介護負担感,介護者のうつ状態ともに女性介護者の方が有意に高かった。介護保険サービスの利用状況では,男性介護者の方がホームヘルプの利用頻度は有意に高かった。ストレス対処方略では「私的支援活用型」「ペース配分型」「積極的受容型」対処方略について女性介護者の方が得点が有意に高かった。介護者の性別を従属変数としたロジスティック回帰分析では,介護負担感,私的支援活用型,積極的受容型対処方略において女性介護者の方が有意に高かった。
    結論 本研究の結果より,在宅介護の状況および介護ストレスについて,男性介護者と女性介護者では多くの違いがみられることが明らかとなった。今後,男性介護者と女性介護者に待徴的なストレス関連要因を検討し,性差を考慮した援助の展開が必要であると考えられる。
短報
  • 関 奈緒, 関島 香代子, 田辺 直仁, 鈴木 宏
    2004 年 51 巻 4 号 p. 252-256
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 成人式における喫煙率調査を試行し,未成年者喫煙防止対策の基礎値把握および長期評価指標としての実用性を考察する。
    対象および方法 学校・地域保健連携による包括的地域たばこ対策を推進している新潟県 A 村(人口約6,500人)とその近隣の B 町(同12,000人)を対象地区とした。平成14年度に 2 地域の公的行事である成人式に出席した新成人(A 村69人,B 町118人)を対象に,現在の喫煙状況,初喫煙年齢,喫煙常習化年齢(A 村のみ),出身小学校等を無記名自記式アンケートにより調査した。
    結果 A 村の男女別新成人喫煙率は,男性68.0%,女性48.6%,かつその約 9 割は毎日喫煙者であり,喫煙者の 7 割以上が未成年期で常習化を来していた。B 町の新成人喫煙率もほぼ同様の結果であった。なお,高校生を対象とした喫煙率調査のみでは未成年者喫煙率が20%程度低く見積もられる可能性が示唆された。
    結論 成人式を活用した喫煙率調査は,未成年者喫煙防止対策の基礎値把握および長期評価の簡便な指標として実用可能である。
公衆衛生活動報告
  • 吉岡 京子, 麻原 きよみ, 村嶋 幸代
    2004 年 51 巻 4 号 p. 257-271
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 保健師が起案者として地域の健康問題に対処する事業を創出する場合のプロセスと方策の探求を目的とした。
    方法 既存の理論枠組みを検証する Yin のケース・スタディ法を用いた。理論枠組みとして,政策過程モデルを用い,最初の 2 段階すなわち,「課題設定」と「事業案作成」の段階に焦点を当てた。研究参加者は,市区町村において事業化の経験を有する保健師 5 人で,面接調査によって情報収集をした。創出された事業は,一定の質を保つため,施策に明示され,かつ予算を確保していることをその条件とした。
    結果 5 人の保健師に共通する事業化の方策として,891個のコードを基に,26個のサブカテゴリーを作成し,さらに集約して 9 個のカテゴリーが抽出された。これらのカテゴリーを事業化のプロセスに沿って検討した結果,共通の段階が抽出された。Phase 1 は『多様な情報の統合により,地域の健康問題を明確化し,事業の必要性を認識する段階』,Phase 2 は『事業案の構想や位置付けを思案する段階』,Phase 3 は『事業案の実現に必要な資源やタイミングを見極め,そのアイデアを固める段階』であった。
     保健師は,Phase 1 では,過去に経験したケースや社会情勢などの様々な情報を統合し,看護職の機能を活かして地域の健康問題を明確化していた。その際,既存の業務や事業の問題も明確化し,それも改善し得るような包括的な事業案を模索していた。また,Phase 2 では,行政職の機能を活かして事業の実施に必要な資源や方策を思案していた。その一方,事業案の実現可能性を高めるために,保健師の考えを行政内外の関係者などに発信していた。さらに,Phase 3 では,Phase 2 で検討した内容を踏まえて,必要な資源の確保やタイミングを見極め,即実施できるような事業案にしていた。
    結論 従来保健師個人の経験に依拠していた,事業化に関する方策のうち,「ケースを生む背景の分析を通して,地域の健康問題を明確化する」,「既存の事業や業務の問題なども改善し得る包括的な事業の必要性を認識する」,「行政内外の関係者や住民の問題意識レベルを把握し,保健師の考えを発信する」が新たに見いだされた。これは従来言及されておらず,事業化を進める際の手がかりとなる知見である。
  • 伊藤 英子, 松井 祐佐公, 今井 弘行, 松村 貴代, 土井 渉
    2004 年 51 巻 4 号 p. 272-279
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 宗教団体における結核集団発生の経験をふまえ,精度の高い結核定期外検診を組織的に行うことができる保健所の役割と存在意義について考察した。
    方法 京都市内にある「手かざし」で健康を得るという某宗教団体の道場に通所していた信者の肺結核発生届けを京都府 U 保健所が受理した。U 保健所は道場所在地の管轄である K 保健所へ結核定期外検診を1999年 6 月末に依頼した。K 保健所は,教団信者および家族を対象とした定期外検診を実施するため,信教の自由とプライバシーの保護に留意しながら道場内の協力者をつくり,全市的な結核集団感染対策委員会とそのもとに設置された実務的な精度管理委員会の協力を得て,同年 7 月よりマニュアルに従い調査を開始した。調査を進める過程で,発端患者は発症 3 年前から道場に通所していたことが判明し,調査対象を1996年まで 3 年間さかのぼって実施することとした。
    結果 1999年 7 月より 3 年間にわたる結核定期外検診対象者総数は96人であり,結核患者18人と化学予防内服者 6 人が発見された。また,発端患者が発症するまえ1996年から1999年の 3 年間に道場に通所していた信者と家族の調査の結果,その中に結核患者10人と化学予防内服者 2 人がいたことが確認された。同宗教団体は接触者を特定しにくく,医療不信の強い集団であったが,発端患者発生届を受理した保健所の正確な情報把握を受けて,K 保健所は道場側と粘り強い接触をおこない,道場長の理解と協力を得ることができた。医療機関での確定診断が困難な症例に対しては,精度管理委員会で胸部レントゲン読影のコメントを出すとともに,検診対象者の住所の管轄保健所と K 保健所で確実な追跡調査を実施することにより,医療機関との連携を密にすることができた。
    結論 宗教団体という特異な集団に発生し,しかも比較的規模の大きい結核集団感染の定期外接触者検診を対象者全員に完遂するためには,保健所は漏れのない正確な聞き取り調査と集団の特性に応じた協力者をつくり,情報管理の全体的調整や精度管理を図る組織的な対応の中核となることが重要である。今回の事例では,これらがうまく機能し,医療機関の診断・治療機能を補完することができた。
資料
  • 板垣 泰子, 土井 渉, 長井 迪子, 吉山 真紀子
    2004 年 51 巻 4 号 p. 280-286
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 京都市在住で,特定疾患治療研究事業の医療費公費負担制度を利用している受給者(難病患者)の,5 年間の患者数と療養生活の変化を検討した。
    方法 平成 8 年および平成13年に特定疾患治療研究事業により医療費公費負担を受けた京都市在住の難病患者全員を対象とし,郵送法による質問調査を実施した。
    成績 1) 5 年間で患者数は,4,097人から5,891人と1.4倍に増加していた。
     2) 医療処置を必要とする患者は増加していたが,中でも長期の臥床や治療の継続に起因する,二次的な症状への処置の増加が目立った。
     3) 日常生活や通院に介助を要する患者は,2 倍に増加していた。
     4) 介護保険導入後,療養生活は過ごしやすくなったとする患者が52.8%を占めていた。
    結論 難病患者の数的増加と,疾病の慢性化,重度化は,療養生活での要介護者の増大をもたらしていた。この状況は今後も持続すると考えられ,医療施策・福祉施策の再整備が必要と思われた。
  • 長江 美穂, 北林 春美, 青山 温子
    2004 年 51 巻 4 号 p. 287-296
    発行日: 2004年
    公開日: 2014/08/29
    ジャーナル フリー
    目的 タイ国コンケン県のドメスティック・バイオレンス(DV)の状況と対策について,現地での質的調査結果をもとに報告する。保健医療機関を中心とした DV 対策モデルと,他の開発途上国での応用可能性について考察する。
    方法 コンケン市および周辺地域にて,DV 被害女性および保健医療など DV 対策関係者を対象として面接調査を実施した。DV によって引き起こされた健康問題,DV 対策の現状,課題と問題点について質的・定性的に把握した。また,被害女性の生活状況や DV 対応施設の状況を観察した。
    結果と考察 コンケン市内スラム地域で,インフォームド・コンセントを得られた DV 被害女性 4 人を対象に面接調査した。看護師とソーシャルワーカーが家庭訪問して発見した事例,地域の看護師,住民代表や僧侶らの連携により夫に暴力をやめさせる働きかけがなされた事例では,保健医療関係者の介入が効果的であったと考えられた。
     コンケン県病院救急部,およびナンポン郡病院には,One-Stop Crisis Center (OSCC)と呼ばれる DV 被害女性に対応する施設が作られていた。専任職員がカウンセリングを担当するほか,DV に関する研修を受けた医師・看護師らが OSCC チームを構成し被害女性に対応していた。OSCC チーム構成員の DV に対する認識は高いが,人員不足,時間外対応の困難,精神的ケア不足などが問題点としてあげられた。病院,ヘルスセンター,地域住民との間には,被害女性の発見,紹介,経過観察や情報交換などの連携が行われていた。
     しかし,OSCC チーム以外の病院職員,精神病院職員,検察官,家庭裁判所判事,女性職業訓練所職員などその他の関係者は,DV 事例の経験が殆んどなく DV に関する理解も乏しかった。これらの機関と OSCC との連携はほとんどなかった。また,タイでは,DV 対策法はまだ制定されていなかった。
     タイでは,保健医療関係者が中心となって,DV 被害女性の発見とケアおよび支援対策を進めている。今後は,さらに関係者に対する DV 関連の教育研修を進め,他の関係諸機関や地域社会との相互連携を強化していくことが必要である。
     法的規制や行政執行能力等が不十分な開発途上国でも,基本的社会サービスとしての保健医療体制は比較的機能している場合がある。それぞれの国の社会的背景に応じて,保健医療関係者を中核とした DV 対策を進めていく可能性が考えられる。
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