目的 タイ国コンケン県のドメスティック・バイオレンス(DV)の状況と対策について,現地での質的調査結果をもとに報告する。保健医療機関を中心とした DV 対策モデルと,他の開発途上国での応用可能性について考察する。
方法 コンケン市および周辺地域にて,DV 被害女性および保健医療など DV 対策関係者を対象として面接調査を実施した。DV によって引き起こされた健康問題,DV 対策の現状,課題と問題点について質的・定性的に把握した。また,被害女性の生活状況や DV 対応施設の状況を観察した。
結果と考察 コンケン市内スラム地域で,インフォームド・コンセントを得られた DV 被害女性 4 人を対象に面接調査した。看護師とソーシャルワーカーが家庭訪問して発見した事例,地域の看護師,住民代表や僧侶らの連携により夫に暴力をやめさせる働きかけがなされた事例では,保健医療関係者の介入が効果的であったと考えられた。
コンケン県病院救急部,およびナンポン郡病院には,One-Stop Crisis Center (OSCC)と呼ばれる DV 被害女性に対応する施設が作られていた。専任職員がカウンセリングを担当するほか,DV に関する研修を受けた医師・看護師らが OSCC チームを構成し被害女性に対応していた。OSCC チーム構成員の DV に対する認識は高いが,人員不足,時間外対応の困難,精神的ケア不足などが問題点としてあげられた。病院,ヘルスセンター,地域住民との間には,被害女性の発見,紹介,経過観察や情報交換などの連携が行われていた。
しかし,OSCC チーム以外の病院職員,精神病院職員,検察官,家庭裁判所判事,女性職業訓練所職員などその他の関係者は,DV 事例の経験が殆んどなく DV に関する理解も乏しかった。これらの機関と OSCC との連携はほとんどなかった。また,タイでは,DV 対策法はまだ制定されていなかった。
タイでは,保健医療関係者が中心となって,DV 被害女性の発見とケアおよび支援対策を進めている。今後は,さらに関係者に対する DV 関連の教育研修を進め,他の関係諸機関や地域社会との相互連携を強化していくことが必要である。
法的規制や行政執行能力等が不十分な開発途上国でも,基本的社会サービスとしての保健医療体制は比較的機能している場合がある。それぞれの国の社会的背景に応じて,保健医療関係者を中核とした DV 対策を進めていく可能性が考えられる。
抄録全体を表示