日本公衆衛生雑誌
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64 巻, 4 号
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論壇
  • 多田羅 浩三
    2017 年 64 巻 4 号 p. 179-189
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/02
    ジャーナル フリー

     「大阪の公衆衛生」が,わが国の国民健康づくりの歩みを先導し,その成果をもとに特定健診・保健指導が発足して,わが国の公衆衛生は「集団医学」推進の基本の体制を確保した。本稿の目的は,わが国の公衆衛生が「集団医学」を推進するまでに発展した歩みについて,その過程を担った人たちが出版,発表した文献を辿ることによって,その道筋を明らかにすることである。

     関悌四郎先生が,イギリスに学んだ,自治体の役割の強化,保健サービスにおける予防と治療の協力体制の推進が,「大阪の公衆衛生」の基本理念である。中谷肇先生は,この理念を実現することが自治体の医療機関,保健所の役割であるとの認識のもとに,大阪府立成人病センターなどの建設に尽力した。その成人病センターを拠点に進めた,地域における循環器疾患の予防管理活動の20年の実績をもとに,小町喜男先生が報告した「地域の特性の把握のうえに立って,疾患の予防,あるいは管理が具体的に行われるという経験を得た」をモデルに,1981年,国民健康づくり計画モデル事業が実施され,その後のわが国の健康づくり対策が推進された。結果として国民の平均寿命の順調な延伸が達成されたが,医療費の高騰が続いていることが報告され,基本健康診査,定期健康診断における,疾病の「早期発見」による「早期治療」は受診者を結局,安易に医療に繋いでいるだけではないかと認識された。このような中で,大阪大学教授の松澤佑次が,内臓脂肪蓄積を共通の要因として,高血糖,脂質異常,高血圧を呈する病態を「メタボリックシンドローム」として,冠動脈疾患などの「上流」にある病態であると報告した。これを受けて,2008年,「特定健診」に加えて,「メタボリックシンドローム」への対応を目的とした「特定保健指導」が実施される制度が発足した。これによって,糖尿病等の生活習慣病を予防するという観点に立った,疾病予防管理の一貫した体制が発足した。予防と治療の協力体制の構築を目指した「大阪の公衆衛生」が,その目標を達成したといえる。

     特定健診・保健指導の制度のもとでは,対象の集団を「集団医学」の対象として位置づけ,構成員の疾病予防につながる基本の因子を明らかにし,保健指導を行い疾病を予防することが期待されている。

     日本の公衆衛生医は誇りを持って,期待されている「集団医学」の実践を進め,臨床医学の治療に並んで疾病の予防を担う,新しい公衆衛生の世界を構築する必要がある。

原著
  • 田代 敦志, 相田 潤, 菖蒲川 由郷, 藤山 友紀, 山本 龍生, 齋藤 玲子, 近藤 克則
    2017 年 64 巻 4 号 p. 190-196
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/02
    ジャーナル フリー

    目的 高齢者における残存歯の実態と背景にある要因を明らかにすることを目的として,個人の所得や暮らしのゆとりといった経済的な状況で説明されるかどうか,それらを考慮しても高齢者の残存歯数がジニ係数により評価した居住地の所得の不平等と関連するか検討した。

    方法 介護認定を受けていない65歳以上の高齢者を対象として2013年に全国で約20万人を対象に行われた健康と暮らしの調査(JAGES2013,回収率71.1%)において,新潟市データを分析対象とした。自記式調査票を用いて新潟市に住民票がある8,000人に郵送調査を実施し,4,983人(62.3%)より回答を得て,年齢と性別に欠損が無かった3,980人(49.8%)の有効回答を使用した。中学校区別の所得格差(ジニ係数)と残存歯数の地域相関を求め,ジニ係数別の残存歯数を比較した。次に,目的変数を残存歯数,説明変数を個人レベルの変数として,性別,年齢以外に,教育歴,等価所得,暮らしのゆとり,世帯人数,糖尿病治療の有無,喫煙状況を用い,地域レベルの変数として,中学校区ごとの平均等価所得とジニ係数とした順序ロジスティック回帰モデルによるマルチレベル分析を行った。

    結果 57中学校区別のジニ係数と残存歯数の地域相関は,相関係数−0.44(P<0.01)の弱い負の相関を認め,ジニ係数が0.35以上の所得格差が大きい地域は他の地域と比較して有意(P<0.001)に残存歯数が少なかった。残存歯数を目的変数とした順序ロジスティック回帰モデルにおいて,性別と年齢を調整後,個人レベルでは教育歴,等価所得,暮らしのゆとり,喫煙状況,地域レベルではジニ係数,平均等価所得が有意な変数であった。一方で,すべての変数を投入したモデルでは,個人レベルの教育歴と地域レベルの平均等価所得において有意な結果は得られなかった。

    結論 所得格差が比較的小さいと考えられる日本の地方都市においても,個人レベルの要因を調整後に地域レベルの所得格差と残存歯数の間に関連が認められた。高齢者の残存歯数は永久歯への生え変わり以降,長い時間をかけて形成されたものであり,機序は明らかではないが,所得分配の不平等が住民の健康状態を決めるとする相対所得仮説は,今回対象となった高齢者の残存歯数において支持される結果であった。

  • 松下 宗洋, 原田 和弘, 荒尾 孝
    2017 年 64 巻 4 号 p. 197-206
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/02
    ジャーナル フリー

    目的 身体活動の促進は,公衆衛生上の重要課題の1つである。身体活動を促進する方策の1つとして,インセンティブを活用することに注目が集まっている。インセンティブをより有効に活用するためには,身体活動の促進に最も効果的なインセンティブの付与条件を明らかにする必要がある。そこで本研究は,身体活動量増加の動機づけに効果的なインセンティブ付与条件をコンジョイント分析で検討した。

    方法 本研究の解析対象者は,40~74歳の男女1,998人であった。主な調査項目は,身体活動量(IPAQ短縮版),11種の仮想インセンティブプログラムに対する動機強化得点であった。仮想インセンティブプログラムの構成要因は,1)現金相当額(1,000円・2,000円・3,000円),2)特典獲得までに身体活動を増やす期間(1か月・2か月・3か月),3)身体活動の記録方法(専用用紙・専用ホームページ・歩数計による自動記録),4)抽選(抽選なし・抽選あり)を各要因から1つの水準を組み合わせ,これらの要因数および水準数における比較の場合に必要となる最小数である11種の仮想インセンティブプログラムが作成された。身体活動量増加の動機付け効果を要因間で比較するために,各要因の平均相当重要度を算出した。各要因における水準間の身体活動量増加の動機付けを比較するために,部分効用値を算出した。統計解析は年代(成人・高齢者)および身体活動状況(週150分未満・週150分以上)に層別し行った。

    結果 インセンティブ条件の平均相対重要度は,すべての群において抽選および現金相当額が同程度であり,以下,期間,記録の順であった。インセンティブ条件の各要因における部分効用値は,現金相当額は高額なほど,抽選は抽選なし,期間は短いほど,記録方法は歩数計による自動記録であることが高値を示した。平均相対重要度および部分効用値においては,年代や身体活動状況による顕著な違いは認められなかった。

    結論 本研究により,身体活動量増加の動機づけには,インセンティブの条件として,抽選を行わず全員に付与することと,より高額の現金相当額を付与することが重要であると示唆された。また,これら2つの条件は,対象集団の年代や身体活動実施状況によらず重要である可能性も示された。今後は介入研究により,本研究結果に基づいたインセンティブプログラムの身体活動量増加の効果検証が必要である。

公衆衛生活動報告
  • 田口 敦子, 村山 洋史, 荒川 美穂子, 寺尾 敦史
    2017 年 64 巻 4 号 p. 207-216
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/02
    ジャーナル フリー

    目的 近年の健康推進員(以下,推進員)を取り巻く課題である「①なり手が少ないこと」,「②短期間で辞める人が多いこと」,「③他の住民組織との連携ができていないこと」の3つの課題解決を目指した研修プログラムの効果を検証することを目的とした。

    方法 研修プログラムの対象者は,滋賀県南部地域4市の推進員の小学校区(全36学区)のリーダーであり参加者は38人であった。研修プログラムは全4回で構成され,2012年7月~2013年1月に実施された。所要時間は2時間であった。研修プログラムでは,講義やグループワーク,ロールプレイにより推進員の課題や対策を検討した。

     研修プログラムに参加した推進員を「研修群」,研修プログラムに参加しなかった推進員を「非研修群」とした。また,研修プログラムの影響をまったく受けない南部地域以外の滋賀県A市の推進員を「対照群」とした。この3群について研修プログラム実施前後でアウトカムを比較した。主要評価指標は,研修プログラムの目標に合わせて「新しい推進員を誘う自信がある」,「推進員活動で困りごとができたり,やめたくなっても,それを乗り越えて活動を続けられる自信がある」,「推進員活動に,他の組織(自治会・婦人会等)から協力を得るために,うまく説明できる自信がある」の3項目とした。これらは自記式質問紙により6件法で尋ねた(1=まったくそう思わない,6=非常にそう思う)。

    結果 アウトカム評価の分析対象者は,研修群28人,非研修群293人,対照群107人であった。主要評価指標の「新しい推進員を誘う自信がある」では,研修群の介入前後の平均値(標準偏差)は2.9(1.3)から3.3(1.0)に上昇しており,非研修群および対照群に比べて有意に向上していた(研修群 vs 非研修群P=0.008,研修群 vs 対照群P<0.001)。「推進員活動で困りごとができたり,やめたくなっても,それを乗り越えて活動を続けられる自信がある」では,介入前後の研修群の平均値(標準偏差)は3.3(1.1)から3.5(0.9)に上昇し,研修群と非研修群との群間には有意差が認められたが(P=0.033),対照群との群間には差が認められなかった(P=0.401)。「推進員活動に,他の組織(自治会・婦人会等)から協力を得るために,うまく説明できる自信がある」では,いずれの群間にも有意な差は認められなかった。

    結論 いくつかの改善点は残されているものの,本研修プログラムは健康推進員組織の課題解決に有効であると考えられた。

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