目的 本報告の目的は,加熱式たばこの使用実態,健康影響,ニコチン供給装置としての製品特性に関わるエビデンスをもとに,本製品の流行がたばこ規制の主要政策に与える影響を検討し,今後の規制のあり方について政策提言を行うことである。
方法 加熱式たばこの使用実態,有害化学物質の成分分析,ニコチン供給装置としての製品特性に関する文献検索には医学中央雑誌とPubMedを用い,11編を収集した。そのほか,国内の公的研究班の報告書と海外の公的機関の報告書から8編を収集した。
本製品の流行がたばこ規制に与える影響については,WHOがMPOWERとして提唱する6つの主要政策を取り上げた。本検討にあたっては,上述の19文献に加えて,たばこ規制の現状に関わる計26編の文献や資料を収集して用いた。
結果 わが国では2013年12月から加熱式たばこの販売が開始され,2016年から流行が顕著となっている。2016年10月の時点で,日本は国際的に販売されている加熱式たばこ製品の90%以上を消費している。加熱式たばこは,紙巻たばこに比べるとニコチン以外の主要な有害物質の曝露量を減らせる可能性がある。しかし,病気のリスクが減るかどうかについては明らかでなく,紙巻たばこを併用した場合には有害物質の曝露の低減も期待できない。また,ニコチンの曝露ならびに吸収動態は紙巻たばこと類似しており,ニコチン依存症が継続して,その使用中止が困難になる。
加熱式たばこの流行は,WHOが提唱する6つの主要政策のいずれにおいても,現状の日本のたばこ規制の下では悪影響を与える可能性が考えられた。
結論 加熱式たばこの流行に対して公衆衛生上の懸念が指摘されているが,その規制のあり方を検討するためのエビデンスが不足している。今後,加熱式たばこの健康影響のほか,紙巻たばこ使用への影響,たばこ政策に与える影響について研究を進める必要がある。健康影響が解明されるまでは,公衆衛生の予防原則の観点から紙巻たばこと同様の規制を行うべきである。
目的 健康日本21(第二次)の目標を達成するため,各自治体は健康課題を適切に評価し,保健事業の改善につなげることを求められている。本研究は,健康日本21(第二次)で重視されるポピュレーションアプローチに着目して,市町村における健康増進事業の取組状況,保健事業の企画立案・実施・評価の現状および課題について明らかにし,さらなる推進に向けたあり方を検討することを目的とした。
方法 市町村の健康増進担当課(衛生部門)が担当する健康増進・保健事業について書面調査を実施した。健康増進事業について類型別,分野別に実施の有無を尋ねた.重点的に取り組んでいる保健事業における企画立案・実施・評価のプロセスについて自記式調査票に回答してもらい,さらに参考資料やホームページの閲覧などにより情報を収集した。6府県(宮城県,埼玉県,静岡県,愛知県,大阪府,和歌山県)の全260市町村に調査票を配布,238市町村(回収率91.5%)から回答を得た。
結果 市町村の健康増進事業は,栄養・食生活,身体活動,歯・口腔,生活習慣病予防,健診受診率向上などの事業に取り組む市町村の割合が高かった。その中で重点的に取り組んでいる保健事業として一般住民を対象とした啓発型事業を挙げた市町村は85.2%,うちインセンティブを考慮した事業は27.4%,保健指導・教室型事業は14.8%であった。全体では,事業計画時に活用した資料として「すでに実施している他市町村の資料」をあげる市町村の割合が52.1%と半数を占め,インセンティブを考慮した事業においては,89.1%であった。事業計画時に健康格差を意識したと回答した市町村の割合は約7割であったが,経済状況,生活環境,職業の種別における格差については約9割の市町村が考慮していないと回答した。事業評価として参加者数を評価指標にあげた市町村は87.3%であったのに対し,カバー率,健康状態の前後評価は約3割にとどまった。
結論 市町村における健康増進・保健事業は,全自治体において活発に取り組まれているものの,PDCAサイクルの観点からは改善の余地があると考えられた。国・都道府県は,先進事例の紹介,事業の根拠や実行可能な運営プロセス,評価指標の提示など,PDCAサイクルを実践するための支援を行うことが期待される。
目的 東日本大震災は2011年3月に発生したが,2018年11月現在においても宮城県内では約1,100人の被災者が仮設住宅に入居している。家を失い仮設住宅へ移住することは健康状態を悪化させる可能性があることが報告されている。しかし,仮設住宅入居者の健康状態を長期間にわたって調査した研究はほとんどない。さらに,災害公営住宅入居者まで対象にした研究は我々の知る限り存在しない。本研究の目的は災害公営住宅も含めた応急仮設住宅入居者の震災後からの健康状態の経年推移を明らかにすることである。
方法 本研究は宮城県内のプレハブ仮設住宅・民間賃貸借上住宅・災害公営住宅に入居している20歳以上の男女を対象とした繰り返し横断研究である。調査期間は2011年度から2017年度までの7年間である。従属変数として主観的健康感を用い,独立変数として調査年度および入居している住居の種類を用いた。また,共変量として性・年齢を用いた。多変量ロジスティック回帰分析を用いて調整オッズ比(aOR)および95%信頼区間(95%CIs)を算出した。
結果 本研究の対象者は延べ179,255人であった。平均年齢は災害公営住宅で一番高く,2017年度で63.0歳であった。主観的健康感の悪い人の割合は民間賃貸借上住宅入居者では経年的に減少していたが,プレハブ仮設住宅入居者においては減少していなかった。また,災害公営住宅入居者はプレハブ仮設住宅・民間賃貸借上住宅入居者に比べて,主観的健康感の悪い人の割合が大きかった。多変量解析の結果,調査年度が新しいほど有意に主観的健康感が良くなっていた(P for trend <0.001)。また,民間賃貸借上住宅入居者とプレハブ仮設住宅入居者の間に有意差は見られなかったが,民間賃貸借上住宅入居者に比べて災害公営住宅入居者では有意に主観的健康感が悪い者が多かった(aOR, 1.20;95%CI, 1.15-1.27)。
結論 入居者の健康状態は経年的に改善傾向にあった。しかし,とくに災害公営住宅では健康状態の悪い者の割合が高く,今後も入居者の健康状態をフォローアップし,適切な介入をしていく必要があると考えられる。
目的 本研究は,高校生の自他への暴力行動の予防的介入に関する知見を得ることをねらいとして,自他への暴力行動に対するレジリエンスと反すうおよび怒りとの関連について検討することを目的とした。
方法 高校生1年生~3年生327人に対して無記名自記式質問紙調査を実施した。有効回収数は280票(85.6%)であった。これらのデータに対し,レジリエンスが直接的に暴力行動に影響すると同時に,反すう,怒りを通して自他への暴力行動に影響するとした因果関係モデルを仮定し,そのモデルの適合性と変数間の関連性について構造方程式モデリングを用いて解析した。上記モデルには統制変数として性別・学年を投入した。
結果 仮定した因果モデルのデータへの適合度はCFI=0.980,RMSEA=0.043であった。変数間の関連性に着目すると,レジリエンスと反すうおよび自他への暴力行動間に統計学的に有意な負の関連性が認められた。一方で反すうと怒り,怒りと自他への暴力行動間は統計学的に有意な正の関連性が認められた。本分析モデルにおける暴力行動に対する寄与率は82.9%であった。なお,統制変数のうち性別のみレジリエンスと正の,暴力行動と負の統計学的に有意な関連性が認められた。
結論 構造方程式モデリングを用いた分析の結果,レジリエンスは,反すうを低減させると同時に直接的に自他への暴力行動を低減させることが明らかとなった。また,反すうは怒りを介して自他への暴力行動に強い影響を与えていることが示された。レジリエンスを高めることや,怒りを増強させる反すうを抑制することが予防的介入に有効であることが示唆された。
目的 子育ては心身ともに負担の大きい活動である。子育て期の女性は,育児・家事の過重負担や児からの頻繁な要求により常態的に注意力が制限されやすいこと,認知機能が低下しやすいことから,様々な失敗(「認知的失敗」)を経験しやすいことが考えられる。本研究では,3か月~6歳の児を養育している女性を対象として調査を行い,①認知的失敗尺度であるShort Inventory of Minor Lapses(SIML)の日本語版を開発し,②認知的失敗尺度の計量心理学的特性(因子分析,妥当性の検証,信頼性の検証,分布形状の確認,就労状況・末子の年齢・児の人数による得点の比較)を行った。
方法 インターネット調査会社に委託して調査を実施し,3か月~6歳の児を養育する母親310人を分析の対象とした(25~45歳,常勤職員155人,主婦155人)。認知的失敗尺度SIML(15項目,5件法),就労状況,母親の年齢,末子の年齢,児の人数,世帯収入,育児サービスの利用状況,1日の睡眠時間,疲労感,神経症傾向を調査項目として使用した。
結果 SIMLは1因子から成る尺度であることが確認された。記憶愁訴,睡眠時間,疲労感,神経症傾向の各変数と認知的失敗得点の相関はそれぞれ,0.66,−0.17,0.32,0.22(すべて,P<0.01)であった。クロンバックのα係数は0.94であり十分な信頼性が確認された。認知的失敗を従属変数として3要因分散分析を行ったところ,末子の年齢(0~3歳:34.9±11.5点>4~6歳:32.6±10.5,偏η2=0.013),児の人数(1人:32.4±11.3<2人以上:34.9±10.9,偏η2=0.014)の主効果が有意であった。母親の年齢を共変量とする3要因共分散分析を行ったところ,末子の年齢の主効果が有意であった(偏η2=0.014)。
結論 子育て期の女性を対象として,認知的失敗尺度SIML日本語版の計量心理学的特性(因子構造,妥当性,信頼性,得点分布)が確認された。