目的 日本語の「健康」と「保健」は,公衆衛生実務において英語healthの訳語として用いられることで,意味の境界が曖昧となっている。専門家の間では文脈により解釈されているが,政策評価やAI解析の場では論理的な齟齬の原因となりうる。本稿では,両語の意味を整理し,デジタル時代に対応した公衆衛生の論理的基盤の必要性を示す。
方法 英語healthの歴史的変遷と日本語訳の成立過程を整理し,さらに厚生労働省のロジックモデル(インプット,プロセス,アウトカム)に基づいて,各語の位置づけを構造的に検討した。
結果および考察 「保健」を活動・制度・手段(プロセス),「健康」を最終的な状態・目的(アウトカム)として区別することで,保健政策の評価枠組みを明確に整理できる。日本語の「健康~」という表現は,健康に関連する幅広い概念を包含するため,解釈に揺らぎが生じやすい。そのため,AI解析やビッグデータ処理においては,各用語がアウトカムかプロセスかを人間が明確に判断し,整理しておくことが重要となる。本稿の議論は,専門分野における説明責任の基盤としても重要である。
結論 本稿では,healthの語義の変遷と日本語訳の成立過程を整理し,現代の公衆衛生実務における用語の使われ方を概観した。その上で,「健康」を状態概念,「保健」を行為・制度概念として意識的に区別することの重要性を示した。
目的 わが国では住民主体の介護予防活動(通いの場)が推進されており,介護予防をはじめ孤立予防や日常生活支援の観点から,多くの高齢者の参加が望まれている。しかし,高齢期には外出範囲が縮小しうるため,目的地へのアクセスが課題となる。そこで本研究では,参加の障壁となり得る地理的要因として自宅から活動拠点までの道路距離に着目し,行政区(徒歩圏域)ごとに拠点が整備された地域における住民主体の介護予防活動への参加との関連性を検討することを目的とした。
方法 兵庫県養父市の65歳以上の全住民(要介護1以上を除く)を対象に2017年および2022年に実施した郵送調査の回答者のうち,両調査の間に活動拠点が開設された53地区に住む1,396人を解析対象とした。2022年までの住民主体の介護予防活動への参加を目的変数,地理情報システム(GIS)により算出された自宅から活動拠点までの道路距離を説明変数,ベースライン時点における人口統計学的変数,社会経済的状況,健康への関心,健康状態,社会的交流,自動車の利用,拠点開設年度,およびGISにより算出した活動拠点までの平均傾斜角度を共変量とした修正ポアソン回帰分析を行った。加えて,制限付き3次スプラインを用いて距離と参加の量反応関係を検討した。
結果 2017年と2022年の間に478人(34.2%)が住民主体の介護予防活動に参加した。多変量調整の結果,距離が最も長い群(第3三分位:327 m以上)は,最も短い群(第1三分位:171 m未満)と比べて参加のPrevalence Ratio (PR)が有意に低かった(PR=0.66, 95%信頼区間:0.55–0.79,P<0.001)。男女の層別解析では,女性でのみ距離と参加の間に有意な関連がみられた。スプライン解析の結果,全体としては最短距離を基準とした場合,参加のPRは距離が延びるにつれて低下し,おおよそ350 mを超えた地点から有意な低下が認められた。
結論 徒歩圏域ごとに拠点が整備された地域においても,自宅から活動拠点までの道路距離は介護予防活動への参加の障壁であり,拠点の近接配置が参加促進に重要であることが示された。道路距離による影響は,自動車利用の有無にかかわらず認められ,本研究の知見は,高齢者の介護予防活動への参加を支える活動環境整備に向けた科学的根拠として活用できる。
目的 健康日本21(第三次)では健康無関心層への対策が重視されている。本研究では,健康関心度とフレイル予防の3要素である「定期的な運動」,「多様な食品摂取」,「社会参加活動」を取り上げ,それらフレイル予防行動の実践状況との関連とともに,その関連が対象者の属性により異なるかどうか検討することを目的とした。
方法 埼玉県和光市に在住する65歳以上で要介護3以上の認定を受けていない住民14,013人を対象とした郵送調査(2023年実施)のデータを用い,有効回答者6,429人を解析対象とした。フレイル予防の3要素に基づき実践状況を操作的に定義し,定期的な運動(週1回以上),多様な食品摂取(食品摂取の多様性得点4点以上),社会参加活動(就労,ボランティア,スポーツ,趣味関係のグループ,学習・教養サークル,介護予防のための通いの場,老人クラブ,町内会・自治会の活動のうち,いずれか1つ以上の参加)を用い,実践状況を把握した。健康関心度は小澤らの健康関心度尺度(得点範囲:12–48点)を用いて評価し,5分位に分けた。主要な交絡要因を調整した修正ポアソン回帰分析を行い,prevalence ratio(95%信頼区間)を推定した。また,健康関心度と基本属性(性別,年齢層)との交互作用項を投入した解析を実施した。
結果 フレイル予防の3要素をすべて実践している者の割合は22.9%であり,健康関心度尺度の平均値±標準偏差は36.6±5.2点であった。健康関心度が最も高い群(第5五分位)に比べて,最も低い群(第1五分位)では,定期的な運動(prevalence ratio=0.64,[95%信頼区間=0.59–0.68]),多様な食品摂取(0.65[0.59–0.71]),社会参加活動(0.83[0.78–0.90])を実践している者が少なく,3要素すべて実践している者も少なかった(0.45[0.38–0.53])。また,社会参加活動の実践において,健康関心度と年齢層の有意な交互作用がみられた(P=0.031)。65–74歳に比べて,75歳以上で健康関心度の低さと社会参加活動不参加との関連が強かった。
結論 健康への関心が低い者ほどフレイル予防行動を行っていないことが明らかになり,フレイル予防の文脈においても健康関心度を考慮した働きかけが重要であることが示唆された。
目的 本研究では,3~5歳児(以下,児)とその保護者の感染症罹患の情報を用いて,風邪などの感染対策における入浴法の関連性を検討することを目的とした。解析に際し,入浴臨床試験の検討が多く実施されている成人の入浴法の知見を基に,感染対策に有効と考えられる入浴法(温度:39~40°C,水位:胸脇~肩,浸水時間:7~20分の範囲)を設定し,児にとって本入浴法が感染症の罹患に関連するかの検討を主要評価項目,その保護者における同様の検討を副次評価項目とした。
方法 本研究の分析対象は,2024年11月1日~30日の間に風邪などの感染症による医療機関の受診有無が明確な児とその保護者とした。同期間において医療機関を受診して風邪などと診断された者を症例群, 風邪症状の発症がない未受診者を対照群とし,医療機関の受診有無が明確な児とその保護者1,968人を最終的な解析対象者とした。曝露を入浴の要素(温度,水位,浸水時間),入浴法とし,アウトカムを感染症の罹患有無とした。統計解析は,入浴の要素,感染対策に有効と考えられる入浴法と風邪などの感染症の罹患との関連をロジスティック回帰分析によりオッズ比と95%信頼区間(confidence interval:CI)を推計した。なお,生活要因を調整変数とした。
結果 児を対象にした入浴温度の検討では,38°C以下を基準として,生活要因の調整変数を投入した多変量解析のオッズ比は39~40°Cで0.641(95%CI:0.442–0.931),41°C以上で0.928(95%CI:0.627–1.370)であった。入浴法の検討における多変量解析では,オッズ比0.802(95%CI:0.644–1.000)であった。親を対象にした入浴法の検討では,入浴法実施群の基本属性と生活要因を調整変数として投入した多変量解析では,オッズ比0.810(95%CI:0.692–0.949)であり,親に対する入浴法の実施は,風邪などの感染症罹患においてリスク低下の方向に有意であった。
結論 本研究により,39~40°Cの入浴は,児にとって風邪等の感染症の発症が少ないことと関連があり,親においては,入浴法の実施により感染リスクが低下する可能性がある。本研究結果は,感染予防を目的とした家庭での入浴プログラム策定の端緒になり得ると考えられる。
目的 高齢化の進行に伴い,フレイルや低栄養予防の地域介入の重要性が高まっている。千代田区では「高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施」の一環として,2024年度に低栄養予防を主軸としたハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチを展開した。本報告では,同事業の実施過程と成果をRE-AIMモデルに基づいて評価し,有効性と今後の課題を明らかにすることを目的とした。
方法 庁内外の連携体制として「一体的実施事業推進会議」と「作業部会」を設置し,保健福祉部職員に対しEBPM実践を支援する「データ活用研修」を実施した。ハイリスクアプローチでは,KDBシステムを用いてBMI 20.0以下かつ体重減少のある高齢者43人を抽出し,管理栄養士と目標設定後,4回の訪問支援を実施。介入前後で体重,BMI,WHO-5,CO-DVS,CNAQ-Jなどを評価した。ポピュレーションアプローチでは,区民向け講座やパンフレット配布などを通じて普及活動を行った。量的・質的データをRE-AIMモデルに基づき評価した。
活動内容 ハイリスクアプローチでは43人中25人が参加し,20人が完遂,継続率は80%だった。健康指標に統計的有意差は見られなかったが,30%に1 kg以上の体重増加,約75%に主観的な行動変容が確認され,支援の意義が示唆された。また,地域包括支援センターとの連携により,介護申請や孤立者への支援など新たな支援にもつながった。ポピュレーションアプローチでは,2,940部の普及啓発パンフレットの配布と,講座・フレイル測定会を通じ,延べ271人に情報提供を行った。講座参加者の9割以上が内容を有益と評価した。生活支援体制整備事業との協働も実施した。データ活用研修では,業務でのKDBシステム活用や,データに基づいた施策立案に対する意識向上が確認された。
結論 本事業は,KDBデータに基づく対象抽出,多職種・地域連携,個別と集団の支援により,地域包括ケアの実践として一定の成果を示した。今後は事業評価の方法の確立,支援の個別化,ICT活用,中年層や無関心層への啓発,既存事業との連携など,持続可能な体制の構築が求められる。
目的 新型コロナウイルス感染症の流行下(以下コロナ禍)において市町村保健師が行った保健活動およびその中で抱いた葛藤を明らかにし,今後の市町村保健師の示唆を得ることである。
方法 フォーカス・グループ・インタビュー(以下FGI)を2022年5月に市町村保健師を対象に実施した。FGIで得られた語りから逐語録を作成し,質的帰納的分析を行った。
結果 研究協力者は市町村保健師8人で,在職期間の平均は23.88年であった。分析の結果,コロナ禍で行った保健活動として【急増する経験のない新たな感染症業務に奔走】【配慮が必要な住民やその支援者への対応】【保健活動の継続・再開を最優先とした対応】【住民の生活低下を最小限に止めるため新たな施策展開】【自粛による健康影響を防ぐための地域連携と情報マネジメント】【健康危機管理時における保健師の基盤強化】の6つのカテゴリが抽出された。
また,保健師が抱いた葛藤は【これまでの保健師の役割を超えた対応を迫られることへの戸惑い】【本来であれば支援を待つ人に必要な支援ができない苛立ち】【住民のために行った事業は保健師よがりだったのではという揺らぎ】【保健所や地域の関係機関と連携が上手くいかないもどかしさ】【組織の方針と地域の実態との乖離に混迷】【感染拡大禍で保健師として活動ができない強いジレンマ】【感染対策に関する知識不足や精神的サポート体制の不備による活動の迷い】の7つのカテゴリが得られた。
結論 コロナ禍において,市町村保健師は個別支援の限界や経験のない感染症対応を経験した。一方で,平時に築いた地域との信頼関係や保健サービスの基盤を活用し,住民支援を継続していた。また,業務の優先判断や住民対応において倫理的葛藤を抱える場面が多く,心理的負担を抱えていた。
目的 2024年9月30日から2024年11月30日までの間に,東京都多摩小平保健所等へ届出られた43例のレジオネラ症患者に対し積極的疫学調査を実施した。一部の患者において,飲食店に設置された暖炉様インテリア用品(以下,電気暖炉)を感染源と特定した手法と保健所および東京都が行った行政対応について報告する。
方法 各事例への積極的疫学調査,居住地マッピングおよび飲食店への訪問調査を行った。店内に設置された電気暖炉の蒸気トレイから採水し,東京都健康安全研究センターにおいてレジオネラ属菌の分離検査を行った。環境分離株および患者喀痰分離株について,sequence-based typing(SBT)法およびパルスフィールドゲル電気泳動(以下,PFGE)で解析した。共通の行動歴がない管内患者群については,居住地や生活圏を分析した。
結果 患者調査では当初,居住地の特定地域への集積や行動歴に共通項は確認できなかったが,患者が利用した飲食店に設置された電気暖炉からエアロゾルが発生していたことを聴取した。本電気暖炉は,超音波加湿器と同様の機能を有するものであった。電気暖炉の蒸気トレイ水からは,Legionella pneumophila SG1およびL. feeleii SG1が,計300万CFU/100 mL検出された。環境分離株のL. pneumophilaと店舗利用のある患者喀痰分離株は,PFGE解析の結果,同一遺伝子パターンを示した。環境分離株とPFGEが一致した患者分離株と,解析に供した環境分離株1株は,いずれもST23であった。飲食店を利用後に発症した21例の患者にはその他に共通の行動歴はなく,遺伝子型別結果をあわせ,電気暖炉由来のエアロゾルを原因とする集団感染と特定した。共通の行動歴のない管内患者群は,95%の患者で居住地や生活圏が半径3 kmの範囲内におさまることを確認した。
結論 電気暖炉を感染源とするレジオネラ症の発生報告は本邦初であった。本事例では,推定感染源を探知してから早期の遡り調査と訪問調査を行った。同時に機材の使用状況の確認および指導を可及的速やかに実施し,その後は例年の発生動向に復した。今後の再発防止のため,レジオネラ症の発生機序や同様の機能をもつ製品の衛生管理方法を繰り返し啓発していく必要がある。