白亜紀中頃は地球史において温暖化が最も進行した時代の一つと考えられており,温室期の環境変動を理解する上で重要な時代である.蝦夷層群は,白亜紀中頃のアプチアンから古第三紀暁新世にかけてアジア大陸東縁の前弧海盆で堆積した地層で,白亜紀の北西太平洋域の古環境変動を連続的に記録している.本巡検では,蝦夷層群に記録された2つの温暖化イベント時の地層である,セノマニアン/チューロニアン境界の海洋無酸素事変2層準の地層と,後期アプチアンの礁性石灰岩を見学する.
日高変成帯は島弧ないし大陸地殻の衝上断片と考えられており,非変成堆積岩類からグラニュライト相に達する高変成度変成岩類まで観察できる世界的に見ても稀な地質体であり,島弧ないし大陸地殻の成因を解明するための絶好の対象となっている.1990年代~2000年代はじめまでに,日高変成帯の基本構造や発達史は確立されたかと思われた.しかし,2006年以降,変成岩類および深成岩類中のジルコンのU–Pb年代の報告によって,日高変成帯下部層(高変成度側)の主要変成作用の時期は19Ma頃であることが明らかとなり,従来の日高深成・変成作用の年代論(55Ma頃の主要深成・変成作用)の見直しが必要となった.また,日高変成帯上部層(低変成度側)は,中の川層群と漸移関係にあり,変成岩類の年代が40~30Ma頃を示すことから,変成帯下部層とは別のより古い時代の変成作用を被った地質体の可能性が浮かび上がってきた.つまり,日高変成帯はこれまで,古第三紀に形成された一連の高温型の変成帯と考えられてきたが,最近の研究成果に基づけば,新第三紀のグラニュライトを含む高変成度変成岩類と古第三紀に形成された角閃岩相から緑色片岩相で非変成中の川層群堆積岩類に移化する変成岩類とが接合した地質体である可能性がある.
この巡検では,日高山脈南部地域において,日高変成帯上部層および下部層を構成する変成岩類および上部層に貫入する深成岩類を観察し,最新の研究成果を紹介する.
千島海溝沿岸域は本邦屈指の地震多発地帯である.この地には未開の原野も多く,手つかずの自然が残されており,400~500年間隔で繰り返し発生した超巨大地震(17世紀型)によって生じた離水地形や津波堆積物が観察できる唯一無二の地域と言える.また北海道東部には偏西風によってもたらされた完新世テフラが1000年オーダーの頻度で挟在し,地震津波イベントの同時性を議論するうえで有用である.津波堆積物の自然露頭は北海道東部太平洋沿岸でも限られるが,この巡検で最初に議論する根室市西端部のガッカラ浜地域には小規模な沿岸湿原が存在し,その太平洋側には湿原堆積物の断面である泥炭層が,高さ約2m程度の海蝕崖が連続して露出している.この露頭では,6層の完新世テフラと過去4000年間に発生した12層の津波堆積物を確認することができる.一方,根室海峡に面する風蓮湖と野付半島には,我が国には珍しい現在も活動的なバリアーシステムが認められている.これらの沿岸地形を特徴づける分岐砂嘴(バリアースピット)の相互の分岐関係と7層の完新世テフラとの対比によって,過去5000年間の地形発達史が解読され,このうち過去3回分の離水(強制的海退)については,超巨大地震(17世紀型)に伴う数mオーダーの広域地殻変動が大きく寄与している可能性が示唆される.
鹿児島市永田川河口付近で掘削された深さ270mのボーリングコアは谷山ボーリングコアと称され,5層準の火砕流堆積物を挟む.この内3層準の火砕流堆積物は構成物組成分析および屈折率測定結果から加久藤,小林および樋脇の各火砕流堆積物に対比されている.しかし,ほかの2層準の火砕流堆積物については対比されていない.
このため,各火砕流堆積物の火山ガラスの主成分元素組成およびレーザーアブレーション(LA)-ICP-MSによる微量元素組成を分析した.その結果,加久藤火砕流堆積物と小林火砕流堆積物の間に小田火砕流堆積物を,小田火砕流堆積物と小林火砕流堆積物との間に樋脇(下門)火砕流堆積物ときわめて記載岩石的特徴が類似する下門–U火砕流堆積物を識別した.下門–Uと樋脇(下門)火砕流堆積物は,火山ガラスの主成分元素組成が近似し主成分では識別できないが,微量元素組成はSc,Zr,Baに差異があり,この特徴から両テフラを識別できることが明らかとなった.
美濃帯西部,舟伏山岩体東部のチャート優勢層の岩相層序と放散虫化石年代を検討した.チャート優勢層(全層厚約550m)は下部から玄武岩質岩,赤色チャート(中~上部シスウラリアン),砕屑性ドロマイト,灰~黒色チャート(下部グアダルピアン~最上部ローピンジアン),黒色粘土岩,暗灰~黒色チャート(下部三畳系上部~中部三畳系上部),珪質ミクライト・チャート互層(上部三畳系下部~中部)の順に重なる層序をもつ. チャート優勢層は大洋域の玄武岩質海山下部斜面~周囲の大洋底に堆積した遠洋性・深海堆積物である.砕屑性ドロマイトは浅海域からの再堆積物である.チャート優勢層の中部シスウラリアン~下部三畳系上部は舟伏山岩体西部の初鹿谷層に対比できる.中部三畳系チャートと上部三畳系珪質ミクライト・チャート互層を加えて,中部シスウラリアン~上部三畳系中部初鹿谷層として改訂することを提案した.