本論文は,主に1990年代以降に印刷公表された研究成果をもとに,沈み込み帯や大陸衝突帯深部で起こっているダイナミクスや物質相互作用を記録した高圧-超高圧変成岩の研究を概観している.そして,その内容は,世界の超高圧変成帯のうち特に日本の研究者が岩石学的分野の研究において重要な貢献をした地域と,三波川変成帯や蓮華帯をはじめとする日本の高圧変成地域のエクロジャイトおよびそれに関連する岩相に焦点を当てたものである.
近年の四国三波川帯に関する研究から,テクトニックブロックと認識されて来た粗粒の含エクロジャイト岩体群に前期白亜紀(約116Ma)の初期三波川変成作用が記録されていることが判明した.一方,後期白亜紀(約89~85Ma)の主たる三波川変成作用については,海嶺の海溝への接近というテクトニックな状況,蛇紋岩化したマントルウェッジの存在,またスラブとマントル対流の結合深度(約65km)や上盤側大陸地殻の厚さ(30~35km)が認識され,当時の沈み込み帯模式断面図がかなり具体的に描けるようになった.同時に,散在するブロック状超苦鉄質岩類が上盤側マントルウェッジ起源であることも判明し,三波川帯は「深部沈み込み境界の化石」として再認識された.深部低周波微動やスロースリップなど,現世沈み込み帯で観測される注目すべき地質現象の解釈に当たり,物質科学的な情報を提供し得るフィールドとして新たな期待がかかる.
この論文では,変成鉱物間の化学反応から温度圧力を見積もるための数値解析法を述べた.まず最初に,鉱物化学反応から得られるP-T曲線の勾配を評価することで,その鉱物化学反応が地質温度圧力計に使えるかどうかを議論した.急勾配の温度圧力曲線は温度計に緩傾斜の曲線は圧力計に使えることを述べた.次に,鉱物化学反応によるP-T曲線2本の交点から得られる変成温度圧力の不確かさを議論した.2曲線の勾配が大きく異なっておれば推定誤差は小さくなり,2曲線の勾配の差が小さければ,推定誤差は大きくなることを述べた.さらに,同じような勾配を持つ2曲線が他の方法によって得られた変成圧力領域を通過する場合であっても,しばしば,その交点が非現実的な温度圧力を算出することがあり得ることを述べた.そのような場合は,使った地質温度計圧力計が“真”のものから外れているか,または,非平衡の鉱物化学組成を用いて温度圧力を計算したためである.最後に,変成温度圧力を推定するための最小2乗法ついて統計学的に正しい原理に基づいて系統的に述べた.
この論文では,微量元素分配の熱力学とその地質温度圧力計への応用について述べた.まず最初に,微量元素分配を地質温度計に応用するために,無限希釈溶液で普通に使われているRaoultの法則およびHenryの法則について述べた.微量元素の分配を用いた地質温度計について,Tiジルコン温度計,Zrルチル温度計,Ti石英温度計を取り上げた.これらの温度計について実用上の観点から,また,熱力学上の観点から議論した.特にTi石英温度計について詳細に議論した.すなわち,(1)石英へのTiの固溶度をppm wtで与えることの熱力学的な妥当性,(2)石英と多量の不純物を含んだルチルの間のTiの分配にNernstの分配則を適用すること,(3)SiO2-TiO2系で,Gibbsの自由エネルギーと総化学組成から導き出される安定な鉱物組み合わせ,(4)相平衡図から予測される石英中のTi含有量の温度変化,(5)不純物を含んだ石英のTiO2成分の活動度について議論した.
多成分系の変成反応の解析のために有効な特異値分解の方法について,3成分系の具体例に即して紹介する.次に特異値分解の方法の開いた系への応用について,西彼杵変成岩の蛇紋岩メランジュに産する緑れん石藍閃石岩の後退反応を例に述べる.緑れん石藍閃石岩は構造岩塊として産し,周囲を緑色塩基性岩に縁どられており,隆起の際の後退反応が起こったことを示している.緑れん石藍閃石岩の鉱物組合せは緑れん石+藍閃石+ウインチ閃石+フェンジャイト+緑泥石+アルバイトであるが,緑色塩基性岩ではウインチ閃石が主体となり,少量のカリ長石が産することが特徴である.カリ長石の産出は稀であるので,その形成反応を8成分系での特異値分解法によって求めた.その結果,カリ長石形成反応とウインチ閃石形成反応の組み合わせによる全反応を考えることで,アイソコン図から推定される固定性成分,移動性成分の関係と調和的な結果が得られた.
変成作用は,地球内部の温度・圧力・化学組成などの条件に応答して進行する化学反応である.変成作用の時間変化を観測することは難しく,最終状態の空間パターン(岩石組織)という独特な情報をいかに読み解くかが,岩石の形成条件やプロセスを理解する鍵となる.変成岩組織には,解釈がシンプルで理論背景が確立しているものから,複数のプロセスが関与して,モデル自体も手探りなものまで様々なクラスがある.本総説では,鉱物の組成累帯構造の熱力学的解析と,反応–破壊カップリング組織の離散要素法モデルを代表例とし,変成岩組織の逆解析とフォーワードモデリングの最近の進展についてまとめる.また,確率的な逆解析が,不定要素の大きい岩石学の問題に有効であることを示す.数値シミュレーションと観測データを統合するデータ同化的なアプローチは,今後,複雑な岩石組織の解読にブレイクスルーをもたらすものと期待できる.
兵庫県に分布する篠山層群について,国際層序基準にしたがって下部を大山下層,上部を沢田層として定義した.篠山盆地に分布する篠山層群の地層は,7つの岩相に基づいて4つの岩相群にまとめられ,砂礫堆堆積物/放棄河道堆積物,流路州堆積物,氾濫原泥質堆積物,堤防決壊堆積物/自然堤防堆積物と解釈される.これらの岩相群の分布から,篠山層群の堆積環境は山間盆地で,周辺部から中央部にかけて河川流路から氾濫原へと移り変わる環境であったこと,堆積の初期には礫質河川の流路が卓越する環境で,その後氾濫原や自然堤防と堤防決壊堆積物の卓越する蛇行河川の環境へと変化したと解釈される.篠山層群を特徴づける赤色岩の粘土鉱物分析の結果,大山下層上部の氾濫原堆積物からカオリン鉱物が検出され,湿潤環境下での土壌化と解釈される.同じ堆積物中には乾燥気候の存在を示すカリーチも挟まれていることから,半湿潤~半乾燥の環境が示される.
東北地方北部に分布する十和田大不動テフラおよび十和田八戸テフラは,記載岩石学的特徴が類似している.火山ガラスの主成分化学組成も類似し,主に緑色普通角閃石の有無により識別されている.しかし,軽石の粒径が小さく,軽石のみを採取できない地点では,緑色普通角閃石が大不動テフラにも少量混在し,その含有のみで明確に両テフラを識別できない可能性がある.
このため,広い範囲の複数地点で両テフラを採取し,緑色普通角閃石の含有率,火山ガラスの主成分化学組成およびLA-ICP-MSによる火山ガラスの微量成分を分析した.その結果,両テフラは,緑色普通角閃石含有率,火山ガラスの主成分化学組成だけでは識別できないことが明かとなった.両テフラの微量元素含有量は,著しく類似しているものの,いずれの地点でもPbの含有量に明瞭な差異があり,この特徴から両テフラを識別できることが明らかとなった.