医療者に対するシミュレーション教育は,教育理論との適応から有効であるとされている.本稿では米国でのシミュレーション教育を例に挙げ,その背景,教育設計の特徴,教育の評価に関して説明する.シミュレーション教育は,安全な学習環境の中で学べる点で学習者・患者ともに安全な教育方略である.シミュレーション教育は,医療機関で収集された医療事故事例,ガイドラインの改訂や新規で採用される手技やルールに合わせて検討される.医療機関の医療安全情報も参考する.実施された教育の成果は分析され,次の医療の質や安全の情報の一つとして還元される.このようなスパイラルな構造が,シミュレーション教育を継続して発展させている.
医師は医学部6 年,研修2 年の計8 年で育成し,臨床医として診療を行う.医師の育成は個々の大学医局から,臨床研修制度へ移行し技量の均てん化が図られた.研修期間中に指定された診療科すべてを能動的に研修できるかは研修医に応じて異なる.外科医は手術を診療の中心とする.従来の卒前卒後教育における外科教育の役割は手術見学のみであった.近年,シミュレーションが導入され,安全を確保し手技の研修が可能となった.シミュレーションは各自確認しながら手技習得が可能で適切な指導を行うことで効果が上がる.若手外科医の育成のため,外科医の暗黙知に関する研究が行われ,手術を学ぶラーニングカーブの短縮,手術ナビゲーションや手術の自動化技術に発展すると考えられている.今後は社会情勢に応じた質の高い手術を行う外科医の育成が課題である.
医学教育におけるシミュレーショントレーニング手技の成否などは主観的に評価され,その評価が評価者の質に左右されるなどの問題がある.非接触で撮影した手術動画に映し出される手術器具の動態に関する情報から手術手技の客観的かつ定量的な評価ができれば,シミュレーショントレーニング手技の客観的・定量的評価の実現だけではなく,臨床現場での手術手技評価の実現,医学教育の質の向上,ベテラン医師の手術に対する暗黙知の解明や医療の安全性や効率の向上に繋がると期待できる.本稿では,ベテラン医師の暗黙知解明を目指した画像処理技術の研究の1 つである,機械学習を用いて動画内より抽出した鏡視下手術器具の動きに基づく手術手技のうまさの定量的評価を行った研究について概説する.
ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まって以来,世界の分断はさらに進み,世界中に影響を及ぼして いる.戦争は日本人にとって遠い世界の出来事ではなくなってしまった.混沌とした予測不能な時代に求められているのは「共創」であるにも関わらず,実際に起きているのは「断絶」である.環境破壊や資源・食料問題などの環境的断絶,富の偏在や貧困,社会の分断といった社会的断絶,抑うつ状態や自己の喪失などの精神的断絶.断絶が最も悪い形で顕在化したのが戦争だ.技術の恩恵は大きいが,技術には断絶を増幅する側面があり,断絶は社会に新たなリスクをもたらす.本稿では社会リスクの本質を理解し,それにどう立ち向かうべきかを検討する.
政府が目指すSociety5.0 という時代では,複数のシステムが動的につながるSystem of Systems が社会に多く現れ,それらが社会インフラの一部にもなってくるSoS 社会であるといえる.SoS 社会においては,急激な社会変化への対応が必要であり,設計時に運用時を網羅的に想定不能であるという,これまでのシステムとは異なった考慮事項が必要となってくる.本稿では,それらの2 つの考慮事項について具体的にその内容を説明するとともに,これらの考慮事項に対する対応方法について,現在考えられている技術社会システム的なアプローチについて考察する.
組織・人・コンピュータソフトウェア・機械からなる複雑システムは,通信技術の進展とともに.相互につながって多様なサービスを提供するようになりつつある.そこで起こる創発的(想定外)事故は,従来のFTA,FMEA,HAZOP のような還元論的な安全分析法だけでは防ぎきれない.これに対するパラダイムシフトとして,システミック・アプローチによる安全分析法STAMP/STPA に注目が集まっている.そこでは,抽象化・階層化した安全制御構造図に基づいた損失シナリオの抽出が行われ,最終的にシステムへの安全要求が識別される.その手順は一見簡単に見えるが,抽象化と階層化の意味を十分に理解しないと期待する成果が得られない.そこで,具体的事例を交えて,この意味を解説するとともに,手法の中で定義されていないリスク評価の方法論についても具体的方法を提案する.
石油や化学プラントなど,可燃性ガス等が存在する危険場所において電気機器を使用する場合,防爆構造の機器を使用しなければならない.防爆構造の機器は,万が一,可燃性ガス等の濃度が着火・爆発濃度域であっても,周辺外部に対して着火・爆発を引き起こさない構造である.さらに安全性を担保する機能の一つとして,インターロック機能がある.より安全な機器とする有効な機能であるが,その考え方は石炭鉱山での活用が原点となっている.近年,IT 技術などによって各種センサの小型・高機能化が進み,制御システムの高度化も容易となり,さらなるインターロックの高機能化が考えられる.
粉体充てん時におけるサイロ内の静電気放電現象と着火危険性を調べるため,実規模サイロにポリプロピレン粉体(約800 kg)を連続充てんした時の比電荷と粉体表面形状の実験データを用いて,三次元電界解析を行った.堆積粉体の表面形状,投入量,および配管長さが電界分布に与える影響を評価した結果,静電気危険性を増大させる条件が明らかになった.また,電界強度の時間変化から推測される放電危険性は,実験で測定された静電気放電電荷量の大きさとほぼ整合することが示された.さらに,堆積粉体表面の大きさ,および接地材との距離や角度が各位置の電界に影響を与えるため,粉体充てん時の静電気安全管理において,これらの変化を把握することが重要であることが分かった.
湿式のITO ターゲット研削作業者のマスクの面体について,顔面との接触部位へのインジウムが付着量,および増加させる要因等について調査した.研削作業者延べ41 名を対象に,調査項目は作業前後における面体へのインジウム付着量とマスク漏れ率,マスク内外のばく露濃度測定とした.その結果,ばく露濃度が高いほど,また,作業前の漏れ率が大きいほどインジウム付着量は増加傾向であった.付着量低減のためにはばく露濃度の低減化のほか,作業開始前のマスク漏れが無い確実な装着の必要性が示唆された.