最近,「precision medicine」がこれからの医療の目指すべき方向性の一つとして提唱されている。これまでの治療法の多くは,いわゆる,「平均的な患者 (average patient) 」を対象にして設定されていた。ところが,近年の医学・科学の進歩により,個人について以前に比べても膨大なデータが入手可能な時代となってきており,それらをもとに,より精密な患者個人の診断がなされ,同一疾患内においても,詳細なサブグループ分類が可能となることが推測される。そのサブグループ毎に,治療法や予防法を確立して医療を深化させる,という考え方を「precision medicine」と称し,従来の「personalized medicine」を一歩進めたものととらえられている。 アレルギー疾患の分野においても,これから,このような考え方をもとにして,医療の再構築がなされることが推察される。本稿においては,アトピー性皮膚炎について,「precision medicine」の考え方を基盤として,これからの治療戦略がどのように進んでいくか,ということについて述べることとしたい。
29 歳,男性。2009 年 12 月,マラソン大会の出走直前に膨疹,悪心,嘔吐が出現し,近医にてアナフィラキシーと診断された。以後,2 カ月間で5 回,腹痛,膨疹,悪心,嘔吐,時に血圧低下などの,蕁麻疹,アナフィラキシー症状を繰り返した。4 回目と 5 回目の症状の出現前日,夕食に納豆を摂取していたため,納豆による遅発性アナフィラキシーを疑った。皮膚プリック-プリックテストでは納豆が陽性であった。納豆摂取誘発試験では摂取 6 時間後に血圧低下を伴う咽頭違和感,膨疹が出現し,納豆によるアナフィラキシーと診断した。納豆摂取を避けてから,現在まで症状はみられていない。
29 歳,女性。初診 13 日前に両側腹部脂肪吸引術を受けた。初診 4 日前に発熱,両側腹部の発赤で蜂窩織炎と診断された。初診 3 日前に同部位に水疱が出現し急激に拡大した。初診前日,咳嗽が出現し,当日,呼吸困難感を訴え,肺塞栓症疑いで当院に救急搬送となった。初診時,バイタルサインの異常と両側腹部に手拳大の壊死組織を認めた。血液検査では白血球・CRP 上昇,Hb 低下,凝固異常などがみられた。心エコーで肺動脈が拡張していたが CT で明らかな血栓はなく,経過からは脂肪塞栓による肺塞栓症と考えた。敗血症性ショックを疑い腹部の緊急デブリードマンを行ったが,塗抹・培養とも菌は検出されなかった。肺高血圧は軽減し経過観察していたが,その後急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) を発症し,凝固障害とともに治療し軽快した。脂肪塞栓症候群は脂肪吸引術後にもまれに起こる重大な合併症であり,処置後の患者は注意深く観察し,発症の際は速やかな診断・治療が必要となる。
83 歳,女性。初診の約 5 カ月前より両下腿から足関節部,臀部に水疱が生じた。その後も水疱の新生が続くため当科に紹介され受診した。両足背,下腿,腰部,大腿に緊満性水疱が多発し,病理組織検査では表皮下水疱と真皮上層の血管周囲にリンパ球の軽度浸潤を認めた。蛍光抗体直接法では表皮基底膜部に IgG の線状沈着を認め,1M 食塩水剝離皮膚を基質とした蛍光抗体間接法では IgG が真皮側に陽性,Ⅶ型コラーゲンリコンビナント蛋白の enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA) (IgG 抗体) が陽性,真皮抽出液を用いた免疫ブロット法で 290 kDa の後天性表皮水疱症 (epidermolysis bullosa acquisita:EBA) 抗原に IgG が陽性であったため EBA と診断した。プレドニゾロン 25 mg(0.5 mg/kg)/日内服を開始したが改善せず,約 1 カ月後よりシクロスポリン 50mg(1 mg/kg)/日内服を開始し,1 週間後に 75 mg(1.6 mg/kg)/日に増量した後皮疹は改善した。シクロスポリンで加療された EBA の過去の症例での経過について文献的考察を加え,シクロスポリンの有用性について報告する。
症例 1:75 歳,女性。左肺癌術後再発,多発骨転移に対して docetaxel,bevacizumab 併用化学療法が開始された。投与 2 カ月後に食欲低下,発熱性好中球減少症を認め一旦休薬となった。3 カ月間休薬し,再投与 2 カ月後に右足首に潰瘍が出現したため当科へ紹介され受診した。当科受診時 bevacizumab は休薬されており,保存的治療で右足背の潰瘍は縮小傾向を認めていたが,その後 bevacizumab の投与が再開され急速に既存の潰瘍が拡大した。症例 2:62 歳,女性。再発乳癌,骨,肝転移に対して paclitaxel,bevacizumab 併用化学療法が開始された。投与 3 カ月後に右足背に潰瘍が出現し当科へ紹介され受診した。2 症例とも血液検査,画像検査で特に有意な所見は認められなかった。病理組織学的に表皮壊死,好中球を含む炎症細胞浸潤,毛細血管の増生とフィブリノイド変性,出血像を認めた。検査結果,臨床経過から bevacizumab による潰瘍と診断した。2 症例とも bevacizumab の投与を中止し,保存的潰瘍治療を行った。症例 1 では潰瘍はほとんど改善がみられず,全身状態が徐々に悪化し,再々投与 3 カ月後に原病死した。症例 2 は bevacizumab の投与中止後 8 カ月経過した時点で良好な肉芽組織の増生を認めている。 皮膚潰瘍を診察した際には,bevacizumab によるものも念頭に置き,投与中止など適切に対応する必要がある。
42 歳,男性。1 年前より顔面左側にしびれ,前額部左側に疼痛が出現し,徐々に増悪するため,当院神経内科を受診し,精査目的に当科に紹介された。初診時,左頰部と鼻翼部の皮膚は陥凹していた。前額部左側には縦走する色素沈着と萎縮性硬化局面を認め,それに連続する前頭部左側には皮膚の陥凹と脱毛がみられた。左頰部の CT 画像で脂肪織の減少を認め,前頭部左側の病理組織で真皮浅層から下層に膠原線維の増生と膨化があり,それぞれ Parry-Romberg 症候群,剣創状強皮症と診断した。Parry-Romberg 症候群は本症例のように剣創状強皮症を合併することが多く,限局性強皮症の一亜型とも考えられている。 両疾患は,頭部画像検査で脳萎縮など様々な異常所見を認めるが,中枢神経症状を伴わないこともあるため,診断の時点で,頭部画像検査を考慮するべきである。また,皮膚病変の活動性とは相関しないため,皮膚病変が不変であっても定期的な画像検査が重要である。
45 歳,男性。既往に副甲状腺機能亢進症,白内障,脂質異常症,骨粗鬆症がある。幼少期から筋肉量は少なく,低身長であった。10 代から手指の硬化が始まり,20 代から毛髪が疎になり白髪が広がった。 40 歳頃から足底皮膚が硬化し,胼胝を主訴に当院皮膚科を受診した。受診時に低身長,白髪,鳥様顔貌,甲高い音調の声を呈していたため,特徴的な所見から Werner 症候群を疑った。血液検査では原発性性腺機能低下症,下肢のレントゲン検査ではアキレス腱に火焔状の石灰化がみられた。エコー検査で脂肪肝と甲状腺右葉に径 6 mm の囊胞と左葉に径 9 mm の腫瘤がみられた。遺伝子検査を行ったところ,WRN 遺伝子の c.3139-1G>C が両アレルにみられた。Werner 症候群の診断基準の主要徴候を全て満たし確定診断に至った。Werner 症候群は日本人に多い疾患であり皮膚症状が幼少期から起こりやすいことから,皮膚科の受診を契機に確定診断に結びつくことがある。Werner 症候群では代謝内分泌異常や白内障,心筋梗塞,悪性腫瘍など多岐に亘る合併症を起こしうるため,皮膚科医としても定期的な採血で糖尿病,脂質異常症を調べることや,心筋梗塞や悪性腫瘍に関連した症状がないか注意し,定期的な検診を推奨することが重要である。
62 歳,女性。初診の 7,8 カ月前に頭頂部を車庫のシャッターにぶつけ,初診の 3 カ月前に頭頂部に腫瘤があるのに気付いた。腫瘤が急速に増大してきたため当科を受診した。初診時,頭頂部に紫紅色斑と腫瘤がみられた。病理組織学的には,真皮に内皮細胞様腫瘍細胞の増殖と血管腔の形成がみられ,血管腔を構成している腫瘍細胞は大型で核異型を伴っていた。免疫組織化学染色では腫瘍細胞の細胞質は CD31,CD34,D2-40 に陽性で,核は ERG 陽性であった。以上より血管肉腫と診断した。腫瘍は頭部原発で 5 cm 以上に及んだため外科的切除は行わず,電子線とパクリタキセルによる化学放射線治療を開始した。 パクリタキセルによる骨髄抑制のため,3 クール終了時点でドセタキセルに変更し,1 月に 1 回投与を継続した。初診 5 カ月後には腫瘤はほぼ平坦化,20 カ月後に完全緩解となったが,ドセタキセルによる維持療法を継続した。初診から 6 年後にドセタキセルを一旦中止して定期的な経過観察を行ったが,その 10 カ月後に頭頂部に紫斑が再発したため,ドセタキセルを再開したところ紫斑は速やかに消退した。初診から 8 年以上経過した現在,ドセタキセルによる維持療法を継続し,リンパ節,遠隔転移とも認めていない。血管肉腫におけるタキサン系抗腫瘍剤による維持療法の重要性について文献的考察を行い,報告する。
61 歳,女性。皮膚科初診 9 カ月前に右乳癌と診断され,術前化学療法中(初診 5 カ月前)に前胸部右側に紅斑が出現したため,当科に紹介され受診した。病理組織に乳癌細胞は認めなかった。初診 1 カ月後に右乳房切除術,右腋窩鎖骨下リンパ節郭清術を施行し,リンパ節転移を認めた(Stage ⅡA)。術後放射線療法を開始した頃より紅斑が再燃,次第に前胸部左側まで拡大し,上腹部右側には紅色丘疹が出現した。 その病理組織で真皮内リンパ管に腫瘍細胞の塞栓を認め,炎症性乳癌と診断した(Stage ⅢB)。化学療法により皮膚病変は消退したが,初診 15 カ月後に前胸部左側に淡い環状紅斑が出現し,PET-CT 所見と合わせ炎症性乳癌の再発と診断した。化学療法を再開し,初診 21 カ月後に皮疹は完全に消退した。炎症性乳癌の本態は真皮内リンパ管の腫瘍塞栓によるリンパ流のうっ滞であり,乳房皮膚に発赤や腫脹を生じる。頻度は全乳癌中の 0.4∼1.0%と比較的稀で,リンパ節転移の頻度が高く予後不良である。自験例は乳癌細胞の真皮リンパ管内浸潤が体幹の正中を越え,対側の皮膚症状として顕症化したものと考えた。乳癌患者に炎症性の皮疹を生じた場合,炎症性乳癌を念頭に置く必要がある。