症例:79 歳,女性
主訴:爪甲切除希望
現病歴:高齢のため足の爪を切るのが困難になり,3 年ほど前から爪を切っていない。歩行に支障を来すようになり切除希望で受診した近医他科では対応してもらえず,皮膚科受診を勧められた。
既往歴:足の爪白癬
初診時現症:爪甲は,全趾とも著明に伸長・肥厚し,第 1 趾では外反性に,第 2~5 趾では内反性に彎曲しており,靴の形に沿って伸びたためと思われた(図1)。全爪甲とも下面を内側に筒状に巻いて肥厚しており(図2),趾~足背には痂疲の付着を認めた。
臨床検査所見:KOH法にて爪甲に真菌要素を認めた。
診断および治療:爪甲鈎彎症,爪白癬およびあかつき病と診断し,足浴,ニッパー型爪切りを用いた爪甲切除を行い(図3),現在1%テルビナフィン外用液と 10%サリチル酸ワセリン外用中である。
症例:66 歳,男性
主訴:右示指の爪甲色素線条と変形
現病歴:初診の 3 年前より右示指爪甲に自覚症状の乏しい褐色の色素線条が出現し,同部位が徐々に隆起した。増大傾向であり,本人が悪性腫瘍の可能性を疑い受診した。
現症:右示指に幅の不整な褐色色素線条と,その色素線条に一致して爪甲下の角質増殖がみられた。指尖部や側爪郭に Hutchinson 徴候は認めなかった(図1)。また,外陰部や肛門部に病変はみられなかった。
ダーモスコピー所見:爪甲外側に濃淡不均一な褐色色素線条を認めた。異常な血管増生はなかった。
家族歴:家族内に HPV 保有者はいなかった。
経過:爪縁より角質が増殖している部分を,爪床を含め皮膚生検を行った。
病理組織学的所見:爪床および爪母を構成する基底細胞層および有棘層は全層性に異型細胞に置換されていた(図2 a)。異型細胞の中には single cell keratinization を呈する異常角化細胞,dyskeratosis,clumping cell や mytosis も散見されたが,間質内への浸潤はみられなかった(図2 b,c)。また,組織より HPV56 型(PCR-rSSO 法)が検出された。Ki-67 陽性細胞は1%未満であった。
診断:HPV56 型陽性の爪甲下 Bowen 病と診断した。
治療および経過:皮膚生検後,爪母を含め褐色色素線条の辺縁部より 3 mm 離して骨膜上で腫瘍を切除し人工真皮植皮術を施行した。術後 36 カ月の経過にて再発はない。
皮膚免疫疾患には多数の疾患が含まれるが,病理学的に分類すると,湿疹反応と乾癬様反応,そして苔癬反応 (lichenoid tissue reaction : LTR) の大きく 3 つに分けられる (図1)。病理組織学的分類は,古典的でアナログでありながら,分子生物学が発展した現在になって振り返ると,やはり本質をとらえている。湿疹反応とは,表皮海綿状態と呼ばれる角化細胞間浮腫を特徴とし,皮疹としては漿液性丘疹が代表で,疾患としては接触皮膚炎やアトピー性皮膚炎で認める。乾癬様反応は,錯角化を伴う棍棒状の表皮突起延長と好中球性の角層下微小膿瘍を特徴とし,皮疹としては時に膿疱がみられる角化性紅斑であり,乾癬や掌蹠膿疱症が代表疾患である。分子生物学的にみると,前者は 2型ヘルパーT細胞 (Th2),後者は Th17 が病態の中心と同定されてきており,すでに創薬に結び付いて臨床現場で使えるようになっていることは,ご承知の通りである。
14 歳,男児。初診の 8 日前から 38 度台に発熱し,5 日前に手足の紅斑が,初診前日に全身に小膿疱が出現した。左方移動を伴う白血球増多,CRP 上昇,軽度の黄疸を認めた。膿疱部の病理組織学的所見は,好中球による角層下膿疱であった。心エコーは異常がなかった。γ グロブリン,アスピリン投与にて解熱し,手足で落屑を認めた。小膿疱は川崎病の診断基準の参考条項であるが,幼児の小膿疱を伴う川崎病の報告は近年減少している。川崎病の治療法が確立し,小膿疱の出現前に治療が開始されるためと考えられる。年長児の場合,小膿疱を伴う川崎病は,急性汎発性発疹性膿疱症との鑑別が困難であり,治療開始が遅れやすい。急性汎発性発疹性膿疱症との鑑別に苦慮した場合,川崎病を念頭に検査を進め,心障害後遺症予防を優先し,γ グロブリン治療を選択すべきである。
85 歳,女性。約 60 年前に掌蹠に鱗屑を伴う紅斑が出現し,足底は次第に角化して厚い痂皮が付着するようになった。7 年前に左手掌有棘細胞癌の腫瘍切除と全層植皮術を受けた。初診時,両手掌に鱗屑を伴う紅斑があり,両足底から足縁にかけて角化を伴う紅斑,痂皮を認めた。手掌および足底から皮膚生検を行い,両部位において表皮と連続した汗管様小管腔構造を含む表皮突起の網目状延長像を認め,多発性エクリン汗管線維腺腫と診断した。7 年前の有棘細胞癌の手術標本の病理組織でも辺縁にエクリン汗管線維腺腫の所見を認め,エクリン汗管線維腺腫の悪性転化の可能性が示唆された。エクリン汗管線維腺腫は四肢に生じる単発で大型な角化性結節を示すことが多いが,掌蹠の角化を呈することもある。自験例も腫瘍が手掌足底全体に及んでいたことから手術は困難であり,ステロイド製剤外用と紫外線療法を行ったが,効果に乏しかった。同様の臨床像をみた際には,本疾患を鑑別に挙げた注意深い観察が必要である。
64 歳,男性。10 代の頃より頭部に瘤状の病変を認め,徐々に増大していた。当科初診時には,表面に痂皮を伴う径 4 cm の紅色腫瘤を認めた。病理組織学的に病変の大部分は疣状癌の像を呈し,辺縁の一部に syringocystadenoma papilliferum (SCAP) 様の構造を認めた。後者の腺成分には細胞異型および構造異型を認め,さらに疣状癌と SCAP 様構造との間には移行像がみられたことから,自験例を syringocystadenocarcinoma papilliferum (SCACP) と診断した。SCACP は SCAP の悪性化と考えられる稀な疾患であり,これまでに欧米を中心に約 40 例の報告しかない。多くは高齢者の頭頚部に発生し,緩徐に増大する常色から紅褐色調の結節あるいは炎症性の局面として知られる。病理組織学的には SCAP 類似の構造を示すが,細胞異型や構造異型を有する点で異なる。SCACP では,腺癌成分の一部に扁平上皮への分化がみられることがあるが,自験例のように大部分が疣状癌の像を呈した報告はこれまでにない。SCACP はこれまでにリンパ節転移や局所再発が少数ながら報告されており,通常の SCAP や疣状癌との鑑別が必要である。そのため,切除標本における病変全体の病理組織学的評価が重要であり,確実な診断が求められる。
84 歳,男性。右腎癌術後に撮影された PET-CT で左臀部皮下に転移を疑う集積がみられたため,当科を紹介され受診した。生検標本では,ムチン様基質を背景にごく少数の核異型を有する紡錘形,卵円型細胞が増殖していたため,診断に至らなかった。筋膜上で全摘出術を施行し,摘出標本の免疫組織化学染色を行ったところ,腫瘍細胞はビメンチンと CD34 が陽性,S100 や α-smooth muscle actin は陰性で,低悪性度の粘液線維肉腫と診断した。深部断端が陽性であったため,断端より 3 cm 離して,筋膜上で追加切除術を施行した。摘出標本の病理組織像,免疫組織化学像の検証により粘液線維肉腫の診断に至り,適切な治療を行えた 1 例を報告する。
トキソプラズマ症は細胞内寄生原虫である Toxoplasma gondii による人畜共通感染症である。多くは不顕性感染であるが,発症すると局所性のリンパ節腫脹を呈することが多い。今回,我々はトキソプラズマ感染による左腋窩リンパ節炎の 1 例を経験したので報告する。症例は,28 歳男性で,左腋窩の皮下腫瘤を主訴に当科を受診した。左腋窩に約 5 cm の皮下腫瘤を触知し,軽度の圧痛を認めた。画像検査にて左腋窩に多発性のリンパ節腫脹を認めた。腋窩リンパ節生検を行い,病理組織学的にリンパ濾胞の腫大と数個の類上皮細胞の集簇像 (epithelioid cell cluster) を認めた。また血清トキソプラズマ IgM,IgG 抗体価の高値を認め,最終的にトキソプラズマ性腋窩リンパ節炎と診断した。その後,無治療にて腋窩リンパ節は徐々に縮小している。トキソプラズマ症は稀な感染症ではあるが,局所性のリンパ節腫脹を主訴に受診することもあり,皮膚科医も十分に認知しておくべきだと考える。
68 歳,女性。慢性腎不全,肝硬変あり。3 月頃より両側手背,右足背に皮下膿瘍が多発し,他科で加療されたが軽快せず 7 月に皮膚科に紹介された。病理組織で深在性真菌症あるいは非結核性抗酸菌症が疑われた。β-D グルカンの高値を認め膿から真菌が検出されたため,深在性真菌症による多発膿瘍と診断し抗真菌剤で加療したところ,β-D グルカンは正常化したが皮疹は緩徐に増悪した。細菌培養を反復した結果,一般細菌用培地と Sabouraud ブドウ糖寒天培地で手背の膿から Mycobacterium chelonae (M. chelonae) が検出された。このため臨床経過から自験例を深在性真菌症と M. chelonae による非結核性抗酸菌症の合併と診断した。クラリスロマイシンとクリンダマイシンによる治療を追加し,皮疹は 11月上旬に軽快したが,患者はその数日後に死亡した。自験例は,高 β-D グルカン血症により当初深在性真菌症として治療したが皮疹は軽快せず,反復して行った細菌培養でも原因菌が検出できなかった診断難渋例であった。しかし抗酸菌用以外の培地で M. chelonae が検出された。免疫抑制状態の患者に難治性多発性皮下膿瘍が生じた場合,非結核性抗酸菌症の可能性を常に考え,細菌培養を繰り返し行うことが重要と考えた。
Mycobacterium chelonae (M. chelonae) は自然界に広く存在しており,特に免疫抑制状態にある患者での感染が多く報告されている。皮膚に感染すると,特徴的で多彩な多発病変を形成する。自験例は長期間免疫抑制薬の内服をしており免疫抑制状態にある高齢患者で,初回感染の臨床的治癒から 8 カ月後に皮膚 M. chelonae 感染が再燃した。皮膚組織に感染した M. chelonae が抗菌薬の耐性化を獲得し潜伏していた可能性が考えられる。M. chelonae 感染症の治療のメインは抗菌薬治療であるが,皮膚科領域での抗菌薬加療は単剤加療が多く行われる傾向があった。治療の中心に位置付けられる clarithromycin に対する耐性化の報告もされており,耐性化を防ぐために多剤併用で加療することが推奨されているが薬剤の組み合わせなど確立されたものはない。M. chelonae 感染症の報告例は増加しており治療は難渋・長期化するため,併用する抗菌薬の選択や治療期間,治療のエンドポイントの確立に向けて今後も検討が必要である。
症例 1:5 歳,男児。右頰の白癬を抗真菌薬の外用で治療し,一旦軽快したが,再び同部に紅色丘疹がみられ,KOH 鏡検用に採取した生毛に毛外性小胞子性菌寄生の像がみられた。症例 2:7 歳,女児 (症例 1 の姉)。額部右側,右上眼瞼,右眉毛部に落屑性紅斑があり,眉毛の KOH 鏡検で,毛に纏絡する菌糸型菌要素を認めた。症例 1,2 ともに Microsporum canis (M. canis) を分離した。家族は屋外に猫 10 匹を飼っており,その 3 匹より M.canis を分離し,感染源と推測した。治療は両症例ともラノコナゾールクリームと塩酸テルビナフィンの内服併用により 4 週間後には軽快した。M.canis は毛に親和性が高く,外用薬のみの治療では難治で,再発の可能性があり,抗真菌薬の内服併用が必要な例も存在することを念頭におくべきである。