蚊の刺咬による皮膚反応の原因となる唾液内物質について概説をおこなつた。刺咬の際には, メス成虫は, まず吻を動物の皮膚に刺入し, 唾液腺物質を注入したのちに吸血をおこなう。この唾液腺は非常に小さく, 虫体の体積の1,000分の1以下しかない。そのため従来の研究のように, 全虫体をホモジネートして皮内反応アレルゲンを調製する方法は, 夾雑物の混入があまりにも多くて, 正確な解析が困難であり, このことが研究の進展が大きく遅れた原因となつている。刺咬による皮膚反応は, 即時反応(膨疹反応)と遅延反応(丘疹反応)があり, 個人差や加令による反応性の変化が大きい。ふつう乳児期には反応性がほとんどなく, 刺咬が重なるにつれて, 次第に遅延反応がおこるようになり, のちに即時反応がおこるようになる。さらに加令がすすむと, 遅延反応が減退·消失し, さらに遅れて即時反応も減退·消失して, 老年者は反応性がなくなつてくる。唾液腺物質は, 直接一次刺激をおこすという説と, アレルゲンとして作用するという説があり, 今日では, ほぼアレルギー説が採られているが, ヒスタミン様物質が含まれていて, 即時反応の形成に関与しているという可能性はある。唾液腺物質の従来の研究では, 非透析性の(分子量1万以上の)ペプチドが存在し, アレルゲンとして作用するらしいと考えられるが, それ以上の分析はおこなわれていない。一昨年, 本邦で, 唾液腺を一匹づつ分離してから分析するという研究が発表され, いくつか新しい知見が得られた。分子量6,000以下の低分子物質のほうが高い活性を示すとしており, 従来の研究とはややことなる結果で, さらに研究を要する。そのほかエステラーゼ, ポリアミンなども存在し, 唾液腺物質には, かなり多彩なものが含まれている。またヒスタミンの存在がみとめられて, アレルギーでない一次的反応も無視できないとしているが, いずれも今後の課題である。今後の研究には, このように唾液腺を分離してから分析する方法の採用が望まれる。
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