目的:新型コロナウイルス感染症が世界中に蔓延し,本邦でも社会活動を制限する緊急事態宣言が発出された.本邦におけるコロナ禍の細胞診業務への影響を調査する.
方法:日本臨床細胞学会細胞検査士会会員に対し,ホームページを通じて業務実態影響調査アンケートを実施した.調査期間は,第 1 回:2020 年 5 月 1 日~2020 年 6 月 1 日,第 2 回:2021 年 5 月 13 日~2021 年 7 月 9 日であった.
成績:第 1 回は 293 名,第 2 回は 397 名からの回答を得た.初回緊急事態宣言の細胞診業務への影響は大きく,2021 年になっても多くの施設で業務への影響が続いていた.日常業務とは異なる病理細胞診以外の業務内容が増加していた.細胞診検体数が年間で 40%以上も減少がみられた施設が存在していた.がん検診受診数は自治体検診が最も減少していた.細胞診業務での感染対策に課題がある施設が存在した.
結論:細胞診検体処理のための安全キャビネットの配備や使用方法で十分な対策がなされていない施設があった.がん検診の実施方法にも工夫が必要である.感染症対策を含めた今後の細胞診業務のあり方についての問題が明らかになった.
背景:乳癌と心臓血管肉腫の同時重複がん患者の右血性胸水に対しセルブロック作製により診断確定に至った症例を経験したので報告する.
症例:患者は 40 歳代,女性で,呼吸困難と全身性浮腫を主訴に前医を受診した.精査で大動脈・右心房を取り囲む腫瘤,心囊液貯留,左乳房腫瘤が指摘された.心囊液の細胞診にて腺癌が疑われ,乳房腫瘤は生検組織診にて浸潤性乳管癌と診断されたため,心臓腫瘍の精査と治療目的に当院に転院となった.心臓腫瘍生検が施行され,血管肉腫と診断された.胸水貯留も認められ,細胞診にて悪性と判定し,異型細胞の由来特定のため胸水セルブロックを作製した.この胸水セルブロックを用いた免疫組織化学的検索により,胸水中の異型細胞は血管肉腫由来であると判断された.
結論:細胞形態学的診断に苦慮する症例において,セルブロックを用いることにより,同一の細胞塊から複数切片の作製および免疫染色による検討ができ,腫瘍細胞の特定,原発巣の推定が可能となる.今回,同時重複がん患者の胸水中に出現した異型細胞の由来特定に苦慮する症例を経験し,体腔液の診断におけるセルブロックの有用性を再認識した.
背景:超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)によって,膵神経内分泌腫瘍(NEN)の細胞診断や組織診断が可能になってきた.われわれは,NEN を疑って EUS-FNA を行い,インスリノーマと確定診断し,治療に結び付けた症例を経験した.
症例:患者は 47 歳,女性である.体重増加傾向が 5 年前よりみられ,発話に混乱が 1 年前よりみられた.某日,全身性強直性の痙攣を起こし,当院へ紹介された.初診時,血糖 58 mg/dl,Insulin 8.6 μU/l,Insulin/C-peptide ratio=0.34 であった.ソマトスタチン受容体シンチグラフィで弱く集積する膵頭充実性腫瘍を認めた.EUS-FNA を行った.細胞学的には,ごま塩状クロマチンを有する円形核と,ライトグリーン淡染で多角形細胞質の腫瘍細胞が充実性配列していた.免疫染色では chromogranin A,synaptophysin,CD56,NSE,insulin が陽性で,Ki-67 は 1%陽性であった.インスリノーマと診断し,他院へ紹介し,膵脾合併切除術が行われた.
結論:膵 NEN が疑われた腫瘍に対し,EUS-FNA が有用であった.
背景:粘表皮癌は代表的な唾液腺悪性腫瘍であり,60~70%の症例においてCRTC1/CRTC3-MAML2 融合遺伝子を有することが知られている.今回われわれは,液状化検体細胞診(LBC)の残余検体で FISH 解析を施行し,術前に粘表皮癌と診断しえた症例を経験したので報告する.
症例:10 歳代,男性は左耳下部の腫瘤を自覚した.超音波検査にて左耳下腺に多房性囊胞を伴う腫瘤が認められ,穿刺吸引細胞診が施行された.細胞像は粘液とリンパ球を背景に,異型に乏しい粘液細胞と中間細胞の混在した集塊がみられた.細胞形態より粘表皮癌が疑われたため,LBC 残余検体を用いたセルブロック標本による MAML2 FISH 検査が施行された.その結果,腫瘍細胞に split signal(48%)が確認され,術前報告は唾液腺細胞診ミラノシステムに従い,悪性(malignant),低悪性度粘表皮癌と診断した.切除検体でも低悪性粘表皮癌と診断した.
結論:若年者の低悪性粘表皮癌症例の多くは,細胞所見のみで正確な悪性腫瘍の診断は困難かもしれない.補助検査は唾液腺腫瘍の組織型推定をさらに進め,唾液腺ミラノシステムの精度を高めるのに役立つ.
背景:子宮頸部の大細胞神経内分泌癌(large cell neuroendocrine carcinoma:以下 LCNEC)は子宮頸部腫瘍の 0.5%程度とまれで,予後不良な腫瘍である.また,子宮頸癌における腹水細胞診陽性率は 2.7~15.0%と報告されている.今回子宮頸部から検体が採取できず,腹水中に神経内分泌腫瘍細胞が出現し,急激な転帰をとった子宮頸部 LCNEC の 1 例を経験したので報告する.
症例:41 歳,未妊女性.腹部膨満感と下肢浮腫のため当科を受診した.子宮体下部後壁から腫瘍が発生し,骨盤内を占拠,子宮頸部は恥骨側へ偏位していた.精神発達障害のため経腟的に組織検体が採取できなかった.審査腹腔鏡時の腹水細胞診では,明瞭な核小体,微細顆粒状のクロマチンを伴う重積性の強い腫瘍集塊が鋳型配列を呈していた.生検組織で Synaptophysin,Chromogranin A が陽性であり,LCNEC と診断された.
結論:子宮頸部から経腟的に検体採取ができなかったが,腹水細胞診および免疫組織化学染色を用いた組織診断が子宮頸部 LCNEC の診断に有用であった.